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第十一話 エルフ族と半獣人

 

「えらい目にあった……」


 冒険者ギルドから逃げるように出た俺は、思わず大きなため息をつく。


 イヴァンナさんのあの眼差しは、極上の獲物を前にした獣だった。

 強さ的にはそうでもない気がするのだが、何故か恐怖を覚える底知れなさがあり、改めてエルフは油断できないと再認識。


 モンスターテイマーとしてのエルフは、フェアリーとのコンビネーションが強かった。

 人間より親和性が高い魔法を駆使して、相手を惑わせていたのだ。

 しかし、俺が知っている限りだと、あのような恐ろしい雰囲気はなかったが。


「……いない? もう、あの野蛮人はいない?」

「野蛮人かどうかは知らないけど、近くにエルフはいないぞ」

「良かったぁ。って、あんた逃げるのが遅いのよっ!」

「だからって、いきなり出てくるな!」


 ポケットから飛び出て顔を蹴ってくるキティーを、慌てて掴んで人混みに紛れる。

 最近も注意したばかりなのだが、自分が目立つという事を忘れているのだろうか。


 人の流れに乗っていれば、ひとまずは大丈夫のはずだ。

 挙動不審な態度を取らないで、普通のように振る舞う。

 下手に気配を消して誤魔化すよりは、こちらの方が見つかりにくい。


「ちょ、離しなさいよ!」

「静かに。お前はただでさえうるさいんだから、少しは黙ってくれ。あまり騒いでいると、さっきのエルフに見つかるぞ?」

「わかったから。わかったから、あたしを隠しなさいよ!」


 裏声で懇願してくるキティーを見て、流石に不信感が募りはじめた。

 何故、妖精族がそこまで恐れているのか。エルフとの関係が、俺が知らない間にどれほど変わったのか。


 少し進んだ先には広場があり、中央の噴水の近くには手頃なベンチがあった。

 一度、キティーから詳しい話を聞くためにも、ここらで小休止するとしよう。


 適当なベンチを選んで座り、膝の上にキティーを乗せる。

 彼女はふんぞり返ってこちらを見つめ、鋭い視線で威嚇していた。

 外套を広げてキティーの姿を周囲から隠しながら、改めて目の前の妖精族に尋ねる。


「で? そこまでお前が怖がっていた理由は?」

「こ、怖がってなんかいないわ! あれは、戦略的撤退というやつよ!」

「……めちゃくちゃ震えていたじゃん」

「そ、そんなことないわ。あれは、そう、震えてみたい気分だったの!」

「…………怖くないのか。わかった。じゃあ、今からお前をあの人の元に──」


 いまだに意地を張るキティーが面倒になってきたので、そう告げて立ち上がろうとしたのだが。

 涙目のキティーが顔面に貼りついたため、慌てて外套のフードを深くかぶり込む。


「わああああ!? ごめんなさい! 怖いです、あの野蛮人はめちゃくちゃ怖いです! 正直チビりそうなほど怖いですー!」

「うぐっ……いきなり顔に来るなよ」

「うぅ……」


 右手で摘んで持つと、四肢を揺らしながら項垂れるキティー。

 心なしか、背中の羽もしょぼーんと萎えているような気がする。


 ある程度は予想していたが、彼女は予想以上に怖がっていた。

 まさか、チビるほど恐怖を感じていたとは。それほどの事が、彼女とエルフの間で起こったのか。


「話を戻すけど、お前が怖がっているわけを聞かせてもらえるか?」

「あたしっていうか、妖精族全員が共通していることなんだけど……」

「妖精族全員が?」

「うん。あのさ、あんたの時代ではあたし達と野蛮人の関係はどんな感じだったの?」


 改めて膝の上に座らせると、女の子座りをしたキティーが尋ねてきた。

 その疑問に俺は顎に手を当てながら、記憶を掘り返していく。


「んー、どんな感じって言われてもな。エルフ族にもモンスターテイマーはいて、彼等は主にフェアリーを好んで使役していた感じだな。両者の関係は良好で、その連携に驚かされたりしたよ」


 素直に言っただけなのだが、何故かキティーは愕然と目を見開く。


「あたし達と、野蛮人の関係が良好……? 嘘でしょ……嘘よね?」

「いや、こんなところで嘘を言っても仕方ないんだが」

「あんたの時代って、修羅の国かなんかなの?」

「なんでそうなる」


 呆れて嘆息した俺を見て、より深くため息をつき返したキティー。

 膝の上でうつ伏せに倒れ込み、指を俺の太ももに当ててくるくると回す。


「あのね、野蛮人って、あたし達のことが大好きなのよ」

「大好きなら別に問題なくないか?」

「大ありよ! ただ好きなだけならあたし達だって怖がらないわよ。野蛮人はね、酔狂なほど妖精族が大好きなの」


 憂鬱そうに目をそらすキティーを見ていると、なんだか嫌な予感がしてきた。

 自然と引き攣りそうになる頬を抑え、続きを促す。


「……それで?」

「ようやく察してきたみたいね。なにがどうしてそうなったか知らないけど、あいつらはあたし達の匂いを嗅いで恍惚とする変態なの。匂いフェチよ、匂いフェチ。他にも、あたし達を舐め回したがる野蛮人や、性的食料的問わず食べたがる野蛮人、逆に舐め回されたいとかいう変態もいたかしら」

「…………うわー。マジか」

「マジよ」


 思わず尋ねると、完全な無表情が返ってきた。

 意識して心を無にしているのだろう。現に、キティーの瞳からは微かに涙が滲んでいる。


 まさか、エルフ族がそこまで変態だったとは。俺の時代では思慮深い優れた種族だっただけに、どうしてこうなったとしか言わざるを得ない。

 いや、本当にどうしてそうなった。なにがどんな変化が起きれば、エルフ族が救いようのない変態になってしまうのだ。


「もしかして、キティーもその、餌食に?」

「ううん、あたしは幸運にもまだ。ただ、里には犠牲者が何人もね。その人達の話を聞いてると、自然と野蛮人が怖くなってきて」

「そりゃあ、そうなるわ。という事は、イヴァンナさんも?」

「今まで、エルフ族でまともだった前例はないから、その野蛮人も匂いフェチなんでしょうね」


 卑屈に頬を歪めて、身体の力を抜くキティー。

 全身から投げやりな雰囲気が漂いはじめ、今にも涎を垂らしそうな顔をしている。

 俗に言う、廃人の表情だ。


 いつもなら、しゃきっとしろと喝を入れるところではあるが。

 流石に今の話を聞いたあとだと、もはや同情心しか湧かない。

 俺が同じ立場だったら、泣いて寝込んでいる自信がある。


「と、とりあえず、宿を取らなきゃな。もうすぐ日も暮れるし」

「もう野宿でも良くない? あたしなんだか、どうでも良くなってきたわ。なんで、里の外に出ちゃったんだろアハハ」

「戻れ! 正気に戻れ! そっちにはなにもないぞ!」

「あ、おばば様。おばば様、ごめんなさい。おばば様の忠告を無視しなければ良かったです」


 レイプ目で危ない笑みを漏らすキティーに、俺は両手に持って優しく揺さぶる。

 ケタケタ笑いが様になっているというか、精神的に相当追い込まれているらしい。


 幻覚を見始めたキティーを宥めながら、急ぎ足で広場を出ていくのだった。



 ♦♦♦



「──ふぅ。なんとかなったか」


 無事に宿を取れた俺は、備え付けられている食堂奥の椅子に座ってため息をつく。

 被ったままだったフードを脱ぎ、ポケットにいるキティーの様子を窺う。


「町の人間ってなにを食べるのかしら。楽しみね」

「もう大丈夫なのか?」

「へ? なにが?」

「……いや、大丈夫ならいい」

「よくわかんないけと、あたしはいつも通り絶好調よ」


 胸を張って見上げてくるキティーを見て、俺はひっそりと安堵していた。

 どうやら、先ほどまでのやり取りは、記憶の彼方に飛んでいったらしい。都合の良い頭をしていると取るか、そうでもしなければ精神的にやられていたと考えるべきか。

 どちらにしても、この件を掘り返すのは止めておこう。


「今日の分でお金がなくなったから、明日から精力的に稼がなきゃな」

「飴ちょうだい……ありがと。じゃあ、あたしは外の散策でもしようかな」

「ん? 俺と一緒に依頼を見ないのか?」

「だって、野蛮人がいるし、それにあたしはあの森が気になっているしね」

「あー、あそこか。あそこは、俺も気になっているから、依頼ついでに調査すると思うけど?」

「そうなの? じゃあ、明日もあんたに付いていくわ」


 美味しそうに水飴を頬張るキティーは、幸せそうに目を細めた。

 仕方ないとはいえ、ポケットの中で食べられるとベタつきそうで困る。

 まあ、今更という話ではあるが。


「お待たせしましたー」

「お、料理が来たか。ありがと……う?」

「あの、なにか?」


 腹の音が鳴るような匂いに釣られて、食事を運んできた従業員に振り向いた俺は、思わず大きく目を見開く。

 そんな俺の凝視に、十歳頃の可愛らしい女性従業員は不安げに頭上の獣耳(・・)を揺らす。


 俺の視覚がおかしくなっていないのならば、目の前には半獣人がいる。

 モンスターと人の間に産まれる、タブー扱いされていた種族が。


「ちょっと、どうしたのよ?」

「っ……あ、ああ。なんでもありません。料理、ありがとうございます」

「い、いえ。では、ごゆっくりどうぞ」


 小声で聞いてきたキティーのおかげで、我に返ってなんとか微笑む。

 しかし、最初の視線で苦手意識を持たれてしまったのか、従業員はそそくさと去っていってしまった。


 失礼にならない程度にチラ見すると、獣尾もしっかりと生えている。

 これで、彼女が半獣人だという紛れもない事実なのがわかった。


「で? いきなり驚いてたけど」

「……いや、こんなところでも、時代の流れが変わったんだなって」

「ふーん。よくわかんないけど、良かったじゃん」

「なにが良かったって?」

「だって今のあんた、笑ってるわよ?」


 キティーに指摘されて頬に手を添えると、確かに口角が吊り上がっていた。

 自覚したら更に心が弾み、懐かしさから感嘆の息を零す。


 俺自身は特に気にしていなかったが、当時半獣人は忌み嫌われていた。

 人ではなく、モンスターですらない怪物……世界では、そんな認識を持たれていたのだ。


 それが、幾度の時を経て、人間と同じ地位を築くまでに至る。

 今までの迫害を知っているからか、一方的に喜びを感じてしまう。

 この想いが、半獣人……いや、あの人達にとって、上から目線の考えと理解しながら。


「まあ、俺の事はいいんだよ。気持ちを切り替えて、ご飯を食べよう」

「あたしにも一口ちょうだい。せっかくだし、人間の料理を食べてみたいわ」

「いいけど、零すなよ? よっと……ほらっ」

「ありがと──あつっ!」

「だから零すなって! ポケットが汚れるだろ!」

「熱いのがいけないのよ! 口でふーふーしなさいよ!」

「してやるから暴れるな!」


 そんな風にキティーとじゃれ合いつつ、俺は夕飯を堪能するのだった。






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