第十話 冒険者ギルド
あれから、前方の馬車と合わないように進んだ俺達。ゆっくり歩いたおかげもあり、無事に町にたどり着く事に成功した。
現在は町に入るために列に並び、待機している状態だ。
「へー。人間の町ってこんな風にできているのね。おっきい石壁もあるし、あたし達の里と違って、中々興味深いわ」
「そういや、妖精族の里は世界中に点在しているんだっけか。俺の記憶では、あれは里というより巨大な一つの国だったけど」
「よく知ってるわね。あんたの言う通り、幻霧世界にあるあたし達の里は厳密には一つよ。で、その里にある霞の門がこの世界各地と繋がっているというわけ」
「ああ。この世界と幻霧世界を繋ぐやつか。あれは便利だよな」
俺も封印前には、幻霧世界──主に妖精族が暮らしている、この世界と密接に繋がっている別世界──にお邪魔して移動手段に使わせてもらった。
幻霧世界はこの世界とは位相が半分ほどズレているので、ロコと静かに動きたい時は物凄く重宝したのだ。
それからキティーと声を潜めて雑談していると、俺達の番が回ってきた。
笑顔で身分証の提示を求めてくる門番に、マリーさんから貰った推薦状を見せる。
キティーはもちろん、俺もこの時代の身分証を持っているわけがない。
初めは素直にその事を町で言おうかと思っていたが、そんな俺の考えを察しでもしたのか、マリーさんがこれを持たせてくれたのだ。
なんでも、これを使えば少しは役立ちます、との事だったが──
「こ、これは……!」
「あの?」
「あ、ああ。すみません。竜巫女様の遣いの方でしたか。どうぞ、お通りください」
「ありがとうございます」
いやに恐縮してくる門番を見て、内心で苦笑いを零す。
マリーさんの口振りからは想像もつかない、敬われた対応だ。どうやら、この町でも彼女の影響力はとても大きいらしい。
これは、またマリーさんへの借りが増えた。
色々と貰いっぱなしはバツが悪いので、生活基盤が整ったらお礼をしに行こう。
流石に追い返されるような事はないと思うが、最後が微妙に気まずかったからな。
そんな事を考えながら門を潜ると、俺達は賑やかな生活音に迎えられる。
活気がある、とでも言えばいいだろうか。道の真ん中を通る馬車の音や、脇に建っている旅人目当てであろう屋台の群れ。
他にも様々な人達が動く足音に、風に乗って運ばれるお腹に響く匂い。
今、俺は五感を介して、この町の喜怒哀楽を感じていた。
「うひょー! ついに、人間の町よ!」
「これは、凄いな」
封印前は多種多様なモンスターが町にいたため、全体的に建物の感覚が広かった。
しかし、俺の視界に映るこの町は、詰められて建てられている。
もちろん、建物は規律良く建造されているので、窮屈といった印象は受けない。
どちらかと言えば、祭りのような開放感すらあると言えるだろう。
「ねえねえねえ! 早速屋台を物色しましょ!」
「その前に、この手紙を……って、言いたいところだけど」
外套のポケットから、宝石のような瞳で見上げてくるキティー。
物理的光線すら伴いそうな視線に、思わず苦笑いしながら頷く。
よっしゃー、と満面の笑みを浮かべたキティーは、よほど待ちきれなかったのか。
ポケットの中から、何度も俺に蹴りを入れてくる。
「とろいわよ! さっさとあっちに行きなさい!」
「わかった、わかったから、落ち着け」
「遅い! ダサい! キモい!」
「後半はただの悪口じゃねーか!」
そんな風にじゃれ合いつつも、俺達はお上りさんさながらに屋台を堪能するのだった。
♦♦♦
「ふぉほね」
「食べながら喋るなよ」
「ふぁーい」
棒付き水飴を舐めていたキティーに注意すると、気の抜けた返事がきた。
ポケットから腕を出しながら、完全にだらけ切った姿勢を披露している。
ぐーたら亭主さながらのオヤジ臭さに、俺は肩をすくめて苦笑い。
屋台を楽しんだ俺達は、住人に聞いた冒険者ギルド前まで来ていた。
途中で買った水飴をキティーに分け与え、残りは袋に包んで鞄に仕舞ってある。
流石妖精族と言うべきか。キティーも例に漏れず、甘い物が大好物だった。
好きな物を買う権利をこれに使ったのが、それの証左だ。
水飴はなんとか手持ちのお金で買えたので、内心で安堵していた俺だった。
気を取り直して中に入る冒険者のあとを追い、俺も冒険者ギルドの中に入る。
無骨な石造りな建造物だったが、内装は外観から想像していたより、ずっと暖かさがあった。
というのも、原因は奥にある酒場だろう。
恐らく後付で設置されたのであろう、左手奥の大きな広間に設けられている。
そこでは冒険者らしき人物達が、酒を片手に談笑していた。
入口手前の右手側には、受付がある。
建物内が非常に広いため、近くにあっても邪魔だとは感じない。
そこで並ぶ人がいる事から、ここで依頼の受注をするのだろう。
「となると、俺はこっちから……か……」
「どしたの? いきなり固まって」
「……あのさ。なんか、俺。めちゃくちゃ見られてない?」
扉の前で突っ立っているのわけにもいかないので、早速受付に向かおうとしたのだが。
列に並ぶ人を捌いている受付のうち、一人の受付嬢がこちらをガン見していた。
高速で手元を動かしているため、業務に支障は出ていなさそうだ。
見ないで受付をしている手腕に感心すればいいのか、瞬きもしないで俺を見据える姿に戦慄すればいいのか。
「あら、ほんとね……げっ!?」
首を伸ばして受付の方を見たキティーは、女の子が出してはいけない濁音混じりの声を上げると、驚くべき速さでポケットに顔を引っ込めた。
同時に、受付嬢の長耳がピンと伸び、こちらを見つめる視線が強くなっていく。
「おい、知り合いか?」
「そんな恐ろしいことを言うんじゃないわよっ! あ、あたしがあんな野蛮人と知り合いだなんて……うぇっ」
「ちょっと、吐くなよ!? 外套を汚すなよ!?」
震え声で叫ぶキティーの嗚咽音に、思わず外套を揺さぶる。
「やめ、やめて!? 揺らさないで!? 吐いちゃうから、出ちゃいけないものが出ちゃうからぁ!?」
「──どうされましたか?」
不思議と、小さいのにその声は耳に響いた。
聴き心地の良い高音だったのだが、何故かその声色にねっとりさを感じる。
その声を聞き、ぴくりと震えて黙り込むキティー。
俺も首をもたげる不安感を抱いたまま、振り向いて声の主を確認する。
例の長耳……というより、エルフの受付嬢が、小首を傾げてこちらを手招きしていた。
「なあ、呼ばれてんだけど」
「行かないでお願い絶対に行かないで」
「そう言われてもな……」
既に俺は注目の的になっており、冒険者が気を利かせて列を退いてくれている。
そのため、俺とエルフ受付嬢の視線を遮るものはなく、報告するためには自然と彼女になるという事になるだろう。
「新規登録者の方ですね。手続きをいたしますので、ぜひこちらへ」
アクセントを付けて、絶対に逃がさないと暗に伝えてくる受付嬢。
これは諦めるしかない。素直に彼女に担当して貰おう。
ため息をついた俺は、何故か驚きの表情を浮かべている冒険者に見られつつも、受付に近寄っていく。
そんな俺の足音でも耳に入れたのか、ポケットの中からキティーが小声で叫ぶ。
「ちょ、行くなって言ってんでしょ!」
「いや、もう流れ的に行かざるを得ないし」
「バカ! やっぱり、人間ってどいつもこいつも愚鈍だわ!」
「ようこそ、冒険者ギルドへ。我々は新規冒険者を歓迎いたします」
「ひっ!」
ここまで怯えられると、釣られてこちらまで恐怖を抱きそうだ。
無表情で頭を下げてきた受付嬢に、思わず乾いた笑いを返してしまう。
「か、歓迎ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ、当ギルドを選んでくださり、本当にありがとうございます」
「は、はは……あの、なにをしていらっしゃるので?」
よくよく観察してみなくとも、受付嬢は鼻をひくつかせていた。
……もしかして、俺の臭いを嗅いでいるのだろうか。
たしかに昨日は水で身体を拭いたぐらいだが、一日でそんなに悪臭が出るほどではないはずだ。
「失礼いたしました。少々、素晴らしい香りを堪能しておりました」
「は、はあ?」
「では、冒険者登録をいたしますが、推薦状をお持ちでしょうか?」
「あ、あります。これですけど、使えますか?」
鞄から取り出したマリーさんの推薦状を渡すと、エルフ受付嬢は無言で片眉を上げた。
それから紙になにやら文字を書き、鼻をひくつかせてから口を開く。
「確認いたしました。貴方様の身分は保証され、冒険者ギルドへの登録は可能となります」
「あれ? 冒険者ギルドは、誰でも登録できるんじやないですか?」
「それは違います。普段ならば、こちらにある魔道具で犯罪歴の確認をしており、その結果次第ではお帰りを願っております。なお、推薦状を持つ方はその手順を飛ばしております」
「……わざわざ飛ばす必要はなくないですか?」
「推薦状があるのに、自分の身分が信用できないとは何事だ!」
突然叫んだエルフ受付嬢に、思わず肩を震わせてしまう。
そんな俺の姿を見て、彼女は荒らげた息を整えて咳払い。
「はぁはぁ……こほん。失礼いたしました。と、このように声高に唱えるやんごとなきお方がいますので、このような形を取らせていただいております」
「な、なるほど。あの、今叫んだ意味は?」
「ありませんが、なにか?」
「そ、そうですか」
なんというか、物凄くやりづらい。今までのやり取りでも、彼女は表情を全く変えていないので、シュールな光景になっていた。
その冷たい顔つきがエルフ受付嬢の美人度を上げてはいるのだが、ちょっと危ない人に見えてしまう。
しかし、彼女がそんなにはっちゃけるのは初めてだったのか。周囲にいる受付嬢や冒険者が、目を見開いて驚愕を露わにしていた。
先ほどからキティーも黙っているし、どことなく気まずい雰囲気が漂っている。
「では、こちらの装置に手を置いてください」
「あ、はい。こうですか?」
「そのままお待ちください……はい、結構です」
エルフ受付嬢の言葉に従って手を離すと、装置に備えられていた水晶玉が青く輝く。
中では魔力が渦巻いており、魔道具に詳しくない俺が見ても、これがとてつもない技術でできている事が理解できる。
俺達の時代では、モンスターテイマーを国が管理していた。
国のとある場所に戸籍が集められ、俺達はそれが発行したカードを持つ形だ。
そのため、冒険者ギルドでも同じような感じだと思っていたが、どうやらこちらの方面は文明度が上がったらしい。
「それで、次はなにをすれば?」
「手続きはこれで完了です。ギルドで貴方様の情報が登録されましたので」
「え? ギルドカードみたいなのはないんですか?」
「ありますが、それはある程度の階級になった冒険者が持つものです。近場でしか依頼を受けられないルーキー冒険者は、カードを作る必要はありません」
「そうなんですか。あ、そうだ。マリーさんからこれを渡してほしいと」
レックスについて書かれた報告書を渡すと、エルフ受付嬢は初めて笑顔になる。
と言っても、可愛らしい満面の笑みではなく、見る者を震えがらせる、薄い冷笑だったが。
「竜巫女の村での事ですね。先ほどの手紙で経緯を理解いたしました。処遇の沙汰は、ギルドで議論させていただきます。迅速な対応、代表してお礼を述べさせていただきます」
「ああ、いえいえ。たまたまいただけですから」
手を振ってそう返すと、今度は綺麗な微笑みを見せてくれた。
無表情からのギャップに、内心でドキッとした俺はおかしくないはずだ。
しかし、敏感に感じ取ったキティーは許せなかったようで、無言で早く帰れとプレッシャーを放ってくる。
「ところで……」
「はい?」
無事にやる事も終わったので、ギルドをあとにしようとした。
そんな俺の心境を察したのか、ただの偶然か。言葉を滑らせたエルフ受付嬢は、慎重に獲物を狙う猛獣のような目で口を開く。
「見たところ、この町は初めてのようですが」
「……そうですけど、よくわかりましたね」
「それだけ目立つ要素を兼ね揃えていますので、直ぐに気がつきました」
「え? 自分って、そんな目立っていますか?」
「はい、それはもう。とは言っても、ほとんどの人はわからないと思いますが」
「はあ、それならいいんですけど。……あの、帰っても?」
「ダメです」
「えっ?」
目を丸くした俺を見て、エルフ受付嬢は我に返ったらしい。
徐々に近づけていた顔を戻し、鼻を動かしながら頷く。
「失礼いたしました。構いません」
「そ、そうですか。じゃあ──」
「お名前を、伺っても?」
さっさと踵を返した俺の背後から、強い口調で尋ねられた。
なんだか泥沼化しているような気がしつつ、振り向き直して口を開く。
「アレンです」
「アレン様ですね。私は、イヴァンナと申します」
「イヴァンナさんですね。覚えました。手続きありがとうございました」
頭を下げてから、入口へ早足で向かう。
「またのご利用、お待ちしております」
強調されたエルフ受付嬢──イヴァンナさんの言葉に、肩が跳ね上がった。
今もめちゃくちゃ見られてるし、なんだか厄介な人に目をつけられた気がする。
精神的な疲労感を抱えた俺は、イヴァンナさんにガン見されながらギルドを出るのだった。




