それぞれの景色
カラン。
銅製の鈴が大きく鳴った。
勢いよく扉が開いた。
「聞いてください!」
12~13歳くらいのその子は、部屋に入ってくるなり話始めた。
「私がいけないんですか?!」
オーナーは黙ってお茶を置いた。
「私は何も悪いことしていないと思うんです。」
オーナーはお茶を運んできたトレイをテーブル脇に置いて
その子の前に座った。
「だって、最初にひどいことしたのは向こうなんです。」
「そうなのですね。」
「だってね。」
「今クラスで気になっている男の子を教え合おうって、あの子が言ってきたの。」
「内緒だよって、お互いに教えあったの。」
オーナーはその子の先にある壁を見つめた。
壁に映像が浮かびはじめた。
学校の教室。
トイレから戻ったその子は、自分の席に座る。
その子に気づいた女の子が一人、その子の前に立った。
「ごめ~ん。好きな人の話、他の人にバレちゃった。」
「え?!」
その子は一瞬呼吸が止まった。
「内緒にするつもりだったんだけど、他の子とも話ししていたら
別の人たちにも聞かれてしまったの。」
「悪気はないんだよ。ごめ~ん。許して~。」
女の子は笑顔だった。
「え?なんで?!」
その子の視線の先に、「気になる男子」が見えた。
その男子は、照れくさそうに、けれども平静を装っているように見えた。
その子の顔が真っ赤になっていく。
「やだ~照れないでよ。ほんとにごめ~ん。」
女の子は再び謝った。
「え、ひどい」
「えっ、だからごめ~ん。て」
「え、ひどいよ。信じられない。無理」
その子が言葉を絞り出すと、女の子は急に真顔になった。
「そっか。ごめんなさいでした。」
どこか投げやりにそう言って、他の女子グループのところに言って
こそこそ、その子を見ながら話をしている。
その日まで、その子と女の子は仲良くしていた。
まだ出会ったばかりだったが、新しいクラスで、新しい出会い。
仲良くなれたらいいなと思っていた。
その矢先の出来事だった。
思っていたことを言葉にしてしまった。
その日から、女の子とその仲良くグループは、その子の事を遠巻きに眺めるようになった。
出来るだけ近づかない。
明らかな無視ではないが、明らかに距離をとった。
周囲の子供たちも、その異変には気づいている。
誰もが、その子の様子を観察しているようだ。
椅子に座ると、教室の中で一人だけ孤立しているように気になった。
オーナーが静かに言った。
「あなたは、その時どう感じましたか?」
「どう感じたかって…」
その子はうつむいた。
「恥ずかしかったに決まってるじゃない。」
「裏切られたんだよ。」
「内緒にするって言ったから話したのに。」
「本人にまでばらされて。」
「嘘つかれたんだよ。」
「馬鹿にされたみたいでしょう?」
「そうでしたか。」
オーナーが立ち上がった。
「少しお待ちくださいね。」
「え?」
オーナーが案内所を出ていく。
数分後。
カラン。
扉が鳴った。
そこに入ってきたのは---
あの女の子。
「あっ。」
「えっ!?」
二人はお互いに気づいて、数秒間固まったかのようだった。
「どうしてここにいるの?」
その子が立ち上がる。
女の子も混乱しているように見える。
「いや…。私も分からない。」
「…。」
その子は何か言いたそうにしながらも、黙って俯いた。
二人とも、どこか怒っているように見える。
オーナーがお茶を置く。
「二人とも、まずは座りましょう。」
オーナーが静かに女の子に聞いた。
「あなたは、その時、どう感じましたか?」
女の子の後ろに、映像が浮かんだ。
学校の廊下で、その子と女の子が立ち話をしている。
その子が自分に好きな人の話をしてくれたことが
女の子は嬉しかった。
仲良くなれる。
だから自分も好きな人の秘密を打ち明けた。
その後、別の場面に映り、別の友達と話しをしている。
話の流れで、うっかりとその子の好きな人の話をしてしまった。
やばい。しまった。バラしてしまった。
慌ててその子に謝りに行った。
すると、
「信じられない」
「ひどい」
「無理」
と言われた。
どう謝ったらいいのかわからなくなり
「そっか。ごめんなさいでした。」としょんぼり答えた。
その後、その子の前から離れたら
異変を感じた別の友達が数人近寄ってきた。
「どうしたの?」
「うん…なんか怒らせちゃったみたいで…。」
「なんで?怒られたの?」
「うん。怒らせちゃった。」
「大丈夫だよ。あんなに怒ることないのにね。」
友達がその子を悪いように言った。
訂正しようと思ったが、何も言わずにいた。
気づいたら、その子を遠巻きに見るクラスメイトが数名いた。
もしかしたら、自分がその子を悪者にしてしまったのかな…
胃が熱くなるような感覚に襲われながらも
再びその子に話をする勇気がなかった。
何をいっても、言い訳になりそうだし、受け入れてもらえる自信もなかったからだ。
それから、一人でいることが増えたその子。
大勢の中にいる女の子。
ふたりはいつも離れて過ごし、会話する機会もなくなっていった。
映像はここで消えた。
「あなたは裏切られた景色を見ていましたね。」
オーナーがその子に言った。
「あなたは拒絶された景色を見ていましたね。」
オーナーが女の子に言った。
「でも、起きた出来事は『同じ出来事』だったのですよ。」
「さて、どちらが正しくて、どちらが間違っているのでしょうね。」
二人は答えなかった。
しばらくして、オーナーが言った。
「難しいですね。」
「お二人とも、違う景色を見ていましたから。」
「…あの時は、ごめんね。」
女の子がぼそっとその子に言った。
「私も…ごめん。」
その子が答えた。
わだかまりが完全に消えたようには見えないけれど、
その子の顔に安堵が見えた。
二人は顔を見合わせた。
少しだけ気まずそうに笑った。
蜂蜜色のランプが、少しだけ揺れた。




