表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キロナビ案内所  作者: Ari
PR
5/6

強がり

大きな銅製の鈴は鳴らなかった。


オーナーが顔をあげると、扉の向こうに人影が見えた。

小学3、4年生くらいの子供だろうか。


見ていると、その影は入ろうとして、やめる。


入ろうとして、また立ち止まる。


「…。」


オーナーは静かに扉を見つめた。


扉が静かに開きはじめた。


驚いたその子は、恐る恐る扉に近づき、中を覗いた。


「いらっしゃいませ」


オーナーが静かに笑った。


「あ…。えっと。ちょっと様子を見にきただけです。」


「入りませんか?」


「別に入らなくてもいいんだけど、どうしようかな。」


その子は落ちつかない様子で、周りをキョロキョロ見回していた。


「どちらでも。あなたのお好きなようにしてくださいね。」


「…ん、じゃあ、入ろっかな。」


慎重に、ゆっくりと。


その子はキロナビ案内所に入ってきた。



入ってくると、その子は部屋の真ん中に立ち、くるりと一回転した。


まるで警戒するかのように見回している。



オーナーが静かに声をかけた。


「何かお困りですか?」


「別に…」


「そうですか。」


「…。」


沈黙が続く。




「あ、やっぱり、ちょっとだけ困っているかも。」

「いや、『困っている』っていうのとも違うんだけど、何て言えばいいのかわかんない…」


その子が独り言のように、オーナーに背を向けたまま話はじめた。


「上手に話をしようとしなくても、大丈夫ですよ。」


小さな背中を見つめながら、オーナーが声をかけた。



その子の背中に、映像が浮かび上がる。



テーブルとテレビが置かれた部屋。

その子が一人、テレビを見ていた。


しばらくすると、その子の姉らしき二人の女の子が、その子に近づいてきた。

二人とも、それほど歳が変らないように見える。



「ねぇ~! 違うのみたいんだけど、どいてよ!」


一人の女の子がその子にきつい口調で言った。


きつく言われることが、予想外だったようで、

その子はびっくりした様子で、ただ固まっていた。


「ねぇ、聞いてる?! 他のテレビを見るからどいて!」


再び声をかけられた。


「でも…今みているところなのに。」


自信のなさそうな声で、その子が応えた。



次の瞬間、


先ほどの女の子が、その子の頭をぶった。


ビシッ!!!!


軽くよろけるその子。


痛いと思ったけれど、あえて平気な顔をして

同じ姿勢で座っている。


「もう!そうやって平気な顔してる。ずるいよね~」


もう一人の女の子が言った。


「ね~」


「ふん! もういいよ! あっち行って遊ぼっ」


そう言って、二人は腕を組みながら

別の部屋に行った。


残されたその子は一人、

どこか呆然とテレビの前に座っていた。


さっきまで楽しくみていたテレビが

今はもう目にも耳にも入ってこない。

目に涙がたまっていた。


それでも、まるで何事もなかったかのように

同じ姿勢を保っていた。



場面が変った。


その子が知り合いのおばさんと外で話をしている。


「おばさん、またね~」


そう言って家に入ろうとしている。


家に近づくと、窓から先ほどの姉二人がのぞいていた。


ニヤニヤ笑ってその子を見ている。


「ただいま~」


家に入ると、姉二人がやってきた。


「い~っつもああやって、大人に交じって話しをするんだから」


「ね~」


「ね~」


二人は顔を見合わせて笑っていた。


その子は、何も感じていないように

無表情のまま部屋に戻った。


部屋に入ると、大きなため息をついた。


先ほどまで、おばさんと話して楽しかったはずなのに

なんだかとてもつまらなかった。


その子は、悲しかったのか、悔しかったのか、

この気持ちはなんなのか、自分でもよくわからなかった。



映像はそこまでだった。



「泣かなかったのですね。」


「だって、あのくらい全然平気だし。」


「平気だったのですか?」


「…。」


「それとも、平気でいようと頑張っていたのですか?」


「…わかんない。」


その子は首を振りながら、しゃがみ混んだ。



「あぁ、もう。わからない。わからない。」

「わからないけど、泣きたくなるんだよ。」


先ほどより大きな声でその子が話し始めた。


「だって、お姉ちゃんたち、いっつも二人で。」

「わたしはいっつも一人なんだもん。」

「遊びたいのに。」

「仲良くしたいのに。」

「出来ない。」

「出来ないんだもん。」


そう言いながら、彼女の目から涙が溢れだした。


「仲良くしたかったのですね。」


「…。」


「お姉ちゃんたちと仲良くしたかったのに、うまくいかなかったのですね。」


「わかんない。わかんないけど、つまんないの!」


オーナーは、しばらく黙ってその子の言葉を受け止めた。


「そうでしたか。」

「つまらなかったのですね。」


「…。」


「そうだったのですね。」


この子が欲しかったのは、戦いではなく

強くなることでもなく

お姉ちゃんたちと、一緒に笑うことだった。


「つまらない…。」


オーナーは、静かにその言葉を繰り返した。


「その『つまらない』の奥には、たくさんの気持ちが隠れていたようですね。」


「…そうなの?」


「遊びたかった。」

「仲良くしたかった。」

「一緒に笑いたかった。」

「それが叶わなかったから、つまらなかったのかもしれません。」



その子は、黙って膝を抱えていた。


「泣くほど嫌だったのに、平気なふりをしていたのですね。」


「…。」


「よく頑張りましたね。」


その瞬間、その子の肩が小さく震えた。


「頑張りたくなんてない。」


その子の目にいっぱい涙がたまっている。



「そうですね。」


オーナーは、いつもよりゆっくりと、穏やかな声で続けた。


「でも、あなたは今日、ここで『仲良くしたかった』と言葉にすることができました。」


「…うん。」


「それは、とても勇気のいることですよ。」


「え?」という顔をしながら、その子は顔を少しだけ上げた。


「別に勇気なんて出してないのに。」


少しふくれたように、その子が答えた。


「ふふ。」

「そういうことにしておきましょう。」


オーナーは優しく微笑んだ。



案内所を出て行く頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。


その子は扉の前で立ち止まった。


「ねぇ。」


「はい。」


「また、ここに来てもいい?」


オーナーは微笑みながら、静かに頷いた。


「…別に、来たいってわけじゃないんだけど。」


そう言って、少しだけ照れたようにその子は笑った。



大きな銅製の鈴が、今度は小さく鳴った。


カラン。


オーナーは扉をみつけたまま、ぽつりと呟いた。


「…仲良くしたかった。」


胸の奥が、少しだけ痛んだ。


「これは…。」


蜂蜜色のランプが静かに揺れる。


「寂しい、ということなのでしょうか。」





強がりは、長い時間をかけて身についたもの。


だから、一度ついてしまうと、すぐに手放せるものではないかもしれない。


それでも。


「つまらない」の奥にあった本当の気持ちに気づけたなら。


その子は、以前より少しだけ、自分に優しくなれるのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ