お姉ちゃんになる
玄関が開き、大きな銅製の鈴がカランと鳴った。
今日の相談者がやってきた。
その子は、オーナーの姿をみつけると
にこっと笑った。
「こんにちは。」
元気よく挨拶した。
「こんにちは。」
オーナーも優しく微笑んだ。
「ちゃんとご挨拶が出来て、いい子ですね。」
「うん。だって私、お姉ちゃんだから!!」
その子は胸を張った。
けれど。
握り締めた両手は、白くなるほど力んでいた。
オーナーはその子の隣を見つめた。
けれど、いつものような映像は現れない。
この子自身も、まだ何が苦しいのか、わからないのかもしれなかった。
「今日は、どうしましたか?」
「わからない。」
「わからないのですか。」
「うん。」
その子は胸を押さえた。
「私…なんか変なのかな。」
そう言って、その子は胸のあたりをぎゅっと押さえた。
「赤ちゃんのこと、かわいいって思っているのに。」
「赤ちゃんとママを見てると、ここがぎゅってなるの。」
その瞬間、天井に映像が浮かんだ。
ママと赤ちゃんが見つめ合って笑っている。
その横で画用紙を抱えてたっているその子。
「見て~」
と何度もママに話かけている。
その都度
「ちょっと待っててね。」
「お姉ちゃんだから我慢してね。」
そう言われて片付けた画用紙。
お人形。
一緒に歌った子守歌。
「ママを見ると苦しくなるのですね?」
「…うん。」
「それは、ママが嫌いだからですか?」
「違う!!!」
「では、赤ちゃんが嫌いだからですか?」
「…違うってば。」
その子は、じーっと下を向いていた。
た両手は、まだ真っ白く握り締められていた。
「…ママに、見てほしかったの。」
「…私のことも、抱っこして欲しかったの。」
「ママに、絵を見て欲しかったの。」
「大好きだよって、ぎゅっとして欲しかったの。」
絞り出すように、言葉にしながら
その子の目には、涙がいっぱいたまっていた。
「言わないようにしていたのですね。」
その子は涙を落としながら、顔をあげた。
「…だって。」
「だって?」
「私はお姉ちゃんだから。」
小さな消えそうな声だった。
「だから、我慢しなくちゃいけないの。」
「そうしないと、どうなってしまうのですか?」
「ママが困るから。」
「赤ちゃんがかわいそうだから。」
「いい子じゃなくなっちゃうから。」
「お姉ちゃんにならなくちゃいけないから。」
「だから、お姉ちゃんしようってがんばっていたのですね。」
「うん。」
「…だけどね。」
その子は意を決したように、大きなため息をついた。
俯いたまま、モゴモゴと話はじめた。
「がまんばっかりはいやだぁ」
「ママに大好きって言われたい」
「ママにぎゅうっとして欲しい」
「ママともっとお話がしたい」
「ママに絵を見てもらいたい」
「ママにいい子だよ。って頭をなでてもらいたい」
「お姉ちゃん」を頑張っていた小さな身体が、今にも折れてしまいそうだった。
オーナーはその子の側にいた。
ただそこにいた。
その子の目から涙が零れ落ちた。
「…わたし、お姉ちゃんなのに」
「…お姉ちゃんなのに」
「…ごめんなさい。」
そう言うと、大きな声で泣き出した。
部屋の中が、その子の声であふれていた。
オーナーは、その子の近くに蜂蜜色のランプを置いた。
「謝らなくていいのですよ。」
「…いいの?」
その子は顔を上げた。
「…ごめんなさいしなくてもいいの?」
「はい。」
「お姉ちゃんなのに、泣いてもいいの?」
「はい。」
「赤ちゃんとママの邪魔をしてもいいの?」
「それは邪魔ではありませんよ。」
「ほんと?」
「はい。抱っこして欲しいと伝えることは、悪いことではありませんよ。」
「赤ちゃんばっかりって思ってもいいの?」
「はい。」
「ほんと?」
「はい。」
「ほんとにほんと?」
「ちゃんと話をしてくれて、ありがとうございます。」
「…うん。」
「抱っこしてほしかったのですね。」
「うん。」
「たくさん我慢してきたのですね。」
「うん。」
「お姉ちゃんを頑張っていたのですね。」
「…うん。」
「でも、本当はまだ、甘えたかったのですね。」
「…。」
その子は涙をぬぐいながら、小さく頷いた。
「…ママのおひざ、大好きなんだもん。」
「ぎゅうってして欲しかった。」
「絵も見てほしかった。」
「そうなのですね。」
オーナーは静かに微笑んだ。
「お姉ちゃんになったからといって、急に大人になるわけではありません。」
「あなたも、まだ小さなこどもなのですから。」
その子は、一瞬だけきょとんとして顔を見せた。
「…そっか。」
「私、お姉ちゃんだけど、まだ子供だった。」
その子はそう言うと、その子は肩をすとんと落とした。
蜂蜜色のランプがふわりと揺れた。
その子の身体が少しずつ淡く光りはじめる。
「…ね。ママに抱っこしてって言ってもいい?」
「はい。」
「ママ、困らないかな。」
「きっと、嬉しいと思いますよ。」
「…そっか。」
その子は少し照れたように笑った。
握り締めていた手は、緩んでいた。
「私、お姉ちゃんだけど。」
「だっこしてもらおうかな。」
蜂蜜色の光が、くすぐったそうに揺れた。
「はい。」
「それでも、あなたはお姉ちゃんですよ。」
その子の身体が光りに包まれた後、
すーっとオーナーの胸の中へと吸い込まれていった。
翌日。
オーナーは窓辺のランプを磨いていた。
ふと、その手が止まる。
昨日、誰かが訪ねてきたような気がする。
胸の奥に、何かが残っている。
けれど、それが誰のものだったのかはわからない。
「…誰かに。」
そう呟きかけて、首を傾けた。
「誰かに、褒めてもらいたい…?」
綺麗に磨かれたランプを見つめながら、言葉を続ける。
「守られたい。」
「抱きしめてもらいたい。」
「…これは、なんというものでしょう…。」
蜂蜜色のランプが、ぽうっと明るくなった。
「これが、甘えるということなのでしょうか。」
オーナーが一瞬クスッと笑った。
「甘えたいと思うことも。」
「抱っこしてほしいと思うことも。」
「それも、お姉ちゃんですよ。」




