嫉妬
「かわいいね~」
みんながそう言って、赤ちゃんを囲んで見ている。
その子も笑って
「うん。」
と答えた。
ちっちゃいな~。
おままごとみたいだな~。
その子は恐る恐る手を伸ばして、赤ちゃんの手に触れてみた。
その瞬間、その子の人差し指をぎゅっと握った赤ちゃん。
「かわいい~」
「ママ、見て~。」
「わたしの指にぎってるよ。」
その子はキラキラした目ではっきりと言った。
「ほんとね。『これからよろしくね』って握手してきたのかな。」
「あくしゅ~?」
「そう。これからよろしくね。って」
「そっかぁ。」
その子は嬉しくなった。
赤ちゃんを大事にしよう。
ママみたいなお姉ちゃんになろう。
赤ちゃんを守れるお姉ちゃんになるんだ。
そう思った。
「よろしくだよ。」
赤ちゃんが握る人差し指を、軽く上下した。
お姉ちゃんたちは学校だ。
今おうちにいるのは私だけ。
私がママを手伝わないと。
赤ちゃんがぐずりはじめた。
ママがおっぱいをあげる。
ママに抱かれた赤ちゃんが、美味しそうにおっぱいを飲んでいる。
かわいいな~。
赤ちゃんを眺めながら、その子は一日に何度も思った。
「そこのおむつ一つとってくれる?」
「は~い」
「ありがとう。」
「助かるよ。」
ママは笑って頭を撫でた。
その笑顔が嬉しかった。
でも。
「ちょっと待ってね。」
「一人で遊んでいてね。」
その言葉も、少しずつ増えていった。
「はーい」
その子は画用紙を広げた。
「ママ、見て~」
ママは後ろを向いている。
「ちょっと待っててね」
そう言って、赤ちゃんを抱き上げた。
「うん。わかった。」
しばらく待っていたけれど、ママは忘れてしまったみたい。
自分が書いた絵をじーっと見てから、そっと画用紙を閉じた。
翌日。
お人形で一人遊びをした。
「ママ~、これね…」
隣の部屋から声が聞こえた。
「ごめんね。今赤ちゃん泣いているから」
「うん。いいよ」
その子は黙って人形を片付けた。
「ママ、赤ちゃんのミルク作ってくるから
ちょっとだけ、赤ちゃんを見ててくれる?」
「はい。」
その子はママに頼られたことが嬉しかった。
赤ちゃんの顔ののぞきこむと、目があった。
「ママ、今ねぇ…」
「今ママ忙しいの。
お姉ちゃんだから我慢してね。」
赤ちゃんと目があったよって、
ママに言いたかっただけなのに…
その子はじっとママを見ていた。
ママの歌が聞こえてきた。
♫ねんねんよ~おころりよ~
あかちゃんはいい子だ ねんねしな~♫
眠っている赤ちゃんをのぞきこんだ。
スースーと息が聞こえる。
トントンとお野菜を切る音が聞こえてきた。
その子は、赤ちゃんのとなりに横になって
赤ちゃんのお腹をポンポンしてみた。
ママがいつもそうしているように
歌を歌ってあげた。
♫ねんねんよ~おころりよ~
あかちゃんはいい子だ ねんねしな~♫
歌いながら、喉の奥が詰まるようになって
よくわからないけど、涙が出ていた。
ママは赤ちゃんを抱っこしながら
身体をゆらゆら揺らしていた。
とっても優しい顔をして、赤ちゃんを見ている。
「赤ちゃんばっかり」
そう思った瞬間。
胸の奥が、どくんと大きく鳴った。
「…え。」
今、自分、なんて思ったの。
赤ちゃん、かわいい。
ママも大好き。
なのに。
どうしてこんなことを思ったのだろう。
耳の後ろがぞわっと痺れた。
「ダメだ。」
「そんなこと思っちゃ。」
「お姉ちゃんなんだから。」
赤ちゃんばっかりって思った自分はいいこじゃない。
ママを見る目が、少しだけ潤んだ。
その日から、ママが赤ちゃんに笑いかけるたび。
胸の奥が、ちくりと痛くなった。
その痛みは、日を追うごとに少しずつ大きくなっていく。
それでも
「私はお姉ちゃんなんだから!!!」
何度も何度も自分に言い聞かせた。
お姉ちゃんだから泣かない。
お姉ちゃんだから。
お姉ちゃんだから。
お姉ちゃんだから。
お姉ちゃんだから。
ある日
「お姉ちゃんだから我慢してね。」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥で何かがぷつんとキレた。




