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キロナビ案内所  作者: Ari
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7/7

作り笑顔

オーナーが不意に顔を上げた。


誰かいる…?


扉の向こうで、入るかどうか迷っている気配がした。


窓からのぞくと、その人と目が合った。



見つかったことに驚いたように、慌てて向きを変えて歩き出した。


オーナーが外に出て、その人に声をかけた。


「お茶でもいかがですか?」


その人が足を止めて売り向いた。


「いや…。いいです。」


「何かお話したくていらしたのではありませんか?」


「いえいえ、特に話をすることもないので。」


「そうでしたか。よろしかったら、お茶だけでもいかがですか?」


「えっと…。じぁあ、お茶だけ。」


そう言って、オーナーの後についてキロナビ案内所に入ってきた。



その人は、案内所に入ってくると、部屋の中を見回して言った。


「素敵なところですね。」

「とっても落ち着く雰囲気。」

「こういう雰囲気、憧れなんです。」

「いいなぁ。こういうの」

「へぇ、こういう風に飾るといいのか。」

「今度私もやってみようかな。」


息つく暇もないほど、その人は言葉を続けていた。


「どうぞ。」


オーナーがお茶を置いた。


「わぁ、ありがとうございます。」

「このカップ、すごく可愛い。」

「ああ、いい匂い。」

「美味しそう。」


言葉を途切れさせないようにしながら

その人は席についた。


カップを手に取り、一口飲む。


ふぅ~。


ため息のような、深呼吸のような息をその人が吐いた。



急に部屋の中の静かさが目立った。



「落ち着きますね。」


先ほどまでとは違い、声のトーンを少し落としてその人が言った。

視線はカップを見つめていた。


「そうですね。」


オーナーが答えた。


「こういう場所が近くにあったら、毎日きちゃいそう。」


「そうかもしれませんね。」


「…。」


再び静けさに包まれる。


その人が顔を上げて、笑顔を見せた。


「私ね。」


そう言って、視線を下に下ろしたその人は

打ち消すように言った。


「あ、やっぱりなんでもないです。」


「お話があるわけではないのですよね?」


オーナーが微笑みながら言った。


「はい。何もないです。」


「それでも、ここまで来てくださり、ありがとうございます。」



「…。」


「お茶のおかわりもありますから、どうぞごゆっくりお過ごしくださいね。」


「ありがとうございます。」


とっても静かな、落ち着いたトーンでその人は答えた。


その人の後ろに、映像が映し出された。



母親と思われる女性とその人が向き合って話しをしている。


母親は優しそうな笑みを浮かべた。


「似たもの同士だから気が合うんでしょうよ。」


「…。」


「お互いに惹かれ合うのかもね。」


「…。」


「●●さんと気が合っていいね。」


「…。」



その人はその場の空気を悪くしないように、穏やかに笑って聞いている。


その後ろに、別の映像が流れはじめた。



「ママね、●●さん、本当に苦手。大嫌い。」

「表面は笑顔だけど、あれは何考えているかわからないよ。」


母親が彼女に愚痴をこぼしていた。




「お母様の話を聞いている時、あなたは笑顔でしたね?」

「その笑顔は、どなたのための笑顔だったのでしょう。」


「私は傷ついていない笑顔だよ。」


今みた映像の中と同じような笑顔を、その人は見せた。。


「そうですか。」


「うん。私が傷つくハズがないもん。」


「あなたは傷つかないのですか?」


「そう。私は傷つかないし、傷ついてもいない。」


「そうなのですね。」


「そう。私はいつだって大丈夫。」

「大丈夫じゃないといけないの。」


「いけないのですか?」


「だって親が子供を傷つけようとするはずがないと思わない?」

「私は恵まれているの。」

「とっても恵まれた、暖かい家庭で育ったの。」

「私はしあわせなの」


その人はまるで呪文のように繰り返した。


「私は大丈夫。うん。ぜーんぜん、大丈夫。」


その人は再び笑顔を見せた。


「そうですか。」


「…。」


「もし、本当に大丈夫でしたら、今日ここに来ることもなかったかもしれませんね。」


その人は返事が出来ないでいた。




静かな時間が流れる。


彼女がぼつりと呟いた。


「…なんで来たんだろう。」


「今日は、何も決めなくていいですよ。」


オーナーが静かに、優しい口調で言った。


その人は真顔になって顔を上げた。


「わからないままでも、大丈夫です。」


「…。」


その人は、黙って深くゆっくりと頷いた。




「今日はありがとうございました。」


最初の作り笑いではなく、少し力の抜けた笑顔でその人が立ち上がった。


「いえいえ。またお待ちしておりますね。」



カラン。



扉の鈴が鳴った。


「いってらっしゃい。」


オーナーが送り出すと、その人はかすかに笑った。



オーナーが部屋に戻ると、蜂蜜色のランプが

一瞬、強く光ったように見えた。

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