第十話 死者は生き返らない
宿の廊下。
皆と別れたあと。
レンは歩みを止めた。
「父上。」
カグツが振り返る。
「ん?」
「僕を呼んだ理由。」
「事件、じゃないよね。」
一瞬だけ。
カグツさんは目を細めた。
「まぁ。」
「そうだね。」
「君に会いたかった。」
「……。」
「それだけ?」
「半分はね。」
カグツさんは小さく笑う。
「もう半分は。」
「事件とは関係ない。」
「何で今なの。」
「タイミングかな。」
レンは小さく首を傾げる。
「?」
「まぁ、とりあえず。」
「私も火の神国を治める者として。」
「この事件を調べないといけないんだよ。」
「その話は。」
「終わってからにしよう。」
レンは少しだけ考えたあと。
「……分かった。」
それ以上は聞かなかった。
カグツさんも、それ以上は話さなかった。
◇◇◇
翌朝。
私たちは、死者が消えたという祭壇へ向かっていた。
街を歩く。
昨日と同じ道。
同じ景色。
なのに。
「……何だか。」
「街全体が、悲しそう。」
思わず呟く。
行き交う人たちの表情は暗い。
笑い声も少ない。
静かに俯いて歩く人が多かった。
カグツさんが小さく頷く。
「住民もそこまで多くないからね。」
「顔見知りを弔うことも多い。」
「だから。」
「誰かが亡くなると。」
「街全体が少し静かになるんだ。」
祭壇へ近づくにつれ。
ほのかに甘い香りが風に乗る。
色とりどりの花。
香りをまとった蝋燭が静かに灯っていた。
揺れる炎を見つめながら。
人々は静かに祈りを捧げている。
◇◇◇
「こちらです。」
案内役の男性が立ち止まる。
祭壇の中央。
そこだけがぽっかりと空いていた。
「昨日まで。」
「確かにここにおられました。」
「病で亡くなられた若い方です。」
「朝、様子を見に来た時には。」
「もう……。」
男性は俯いた。
「目的が分からないんです。」
「金品には手をつけられた形跡もありません。」
「供え物も。」
「祭壇も。」
「何一つ変わっていない。」
静かな風だけが吹き抜ける。
「……身体が。」
レンが祭壇を見つめたまま呟く。
「目的なのかな。」
「ど、どういうこと?」
思わず聞き返す。
レンは少しだけ考えるように祭壇へ視線を向ける。
死者の体が目的?
胸の奥で何かが引っかかった。
「……ぁ、いや。」
「違う、かな。」
「何ですか?」
ヴァスキさんが私を見る。
「水の神国にいた。」
「あの金髪の人。」
「亡くなった人に似てるって。」
「……アストリッド。」
ヴァスキさんが静かに名前を口にした。
「……まさか。」
嫌な想像を振り払うように。
私は小さく首を振る。
そんなこと。
あるわけない。
「死者の器に。」
カグツさんがぽつりと呟く。
「魂を降ろす。」
「昔。」
「そんな文献を読んだ気がするな。」
「まぁ。」
「神話みたいな話だけど。」
それ以上は続けなかった。
「とりあえず。」
「もう一件、見に行こうか。」
◇◇◇
祭壇を離れようとした。
その時だった。
「た、大変だ!」
広場の方から慌ただしい声が響く。
「誰か!」
「誰か来てくれ!」
私たちは顔を見合わせる。
「行こう。」
カグツさんが駆け出した。
私たちも後を追う。
人だかりをかき分ける。
その先で。
一人の青年が。
ふらりと歩いていた。
生気のない瞳。
ぎこちない足取り。
その姿を見た瞬間。
案内役の男性が目を見開く。
「そんな……。」
「祭壇から消えたはずなのに……。」
ざわめきが広がる。
「生きて……!」
「生き返ったの……!?」
一人の女性が青年へ駆け寄ろうとする。
「だめだ!」
カグツさんの鋭い声が響いた。
女性の足が止まる。
「近付いてはいけない。」
「死者は生き返らないのだよ。」
いつもの穏やかな笑顔はなかった。
火の神王としての鋭い眼差しが。
青年を静かに見据えていた。




