第七話 ここにいる
温泉街へ滞在して数日。
朝は街を歩いて。
訓練をして。
昼は美味しいものを食べて。
また訓練をして。
夜は温泉へ浸かる。
どこからか。
ぺしん、ぺしんと枝を打つ幻聴が聞こえる気もするが。
穏やかな時間が流れていた。
ようやく。
少しだけ心にも余裕ができた。
◇◇◇
宿の縁側。
湯けむりが夜風に揺れている。
隣にはレン。
二人でぼんやりと景色を眺めていた。
「……ねぇ」
ぽつりと呟く。
「?」
「巻き込んじゃってる、ね」
レンが首を傾げる。
「誰を?」
「みんな」
「ヴェル様も」
「姫巫女様も」
「ヴァスキさんも」
「……レンも」
言葉にすると。
胸の奥が少し痛んだ。
「私」
ゆっくり息を吸う。
「元の世界に帰りたくて」
「その方法を探していたはずなのに」
「手掛かりは見つからないし」
「私が何なのかも」
「分からなくなってきちゃった」
拳をぎゅっと握る。
「神力も」
「本当は私の世界にはない力なの」
「なのに使えて……」
「私……」
「帰れるのかな」
前にも。
同じようなことがあった。
資料館で。
レンは静かに言った。
――ここにヒカリがいる。
――分かっている事実は、それだけだよ。
あの時は。
少しだけ心が軽くなった。
それでも。
また同じところで立ち止まってしまう。
涙がぽろりと零れた。
「姫巫女様も」
「私のせいなのかなって」
「思っちゃう時があって」
一度溢れた涙は止まらなかった。
「……ヒカリ」
レンが静かに名前を呼ぶ。
少し困ったように私を見る。
どうすればいいのか。
考えているのが分かった。
しばらく黙ったあと。
レンは自分の袖へ視線を落とす。
そして。
そっと。
袖が頬へ触れた。
ちょん。
ちょん。
涙を一つずつ拭っていく。
その手つきは。
少しぎこちなかった。
「ヒカリは」
「ヒカリだよ」
私はレンを見る。
「ヒカリがいた場所から来て」
「今、ここにいる」
一呼吸置いて。
レンは真っ直ぐ私を見た。
「ここに、いる」
それだけだった。
でも。
資料館で聞いた言葉とは。
少しだけ違って聞こえた。
心から。
ここにいていいんだと。
そう言ってくれている気がした。
「……うん」
自然と笑みが零れる。
「ふふ」
「うん」
「ここにいる、よね」
レンは何も言わない。
私の涙が止まったことを確かめるように。
小さく息を吐いた。
二人で並んで。
立ち上る湯けむりを。
しばらく眺めていた。




