第六話 温泉の街
街道を外れて数日。
「見えてきましたよ」
ヴァスキさんが前方を指差す。
山々に囲まれた街。
あちこちから白い湯気が立ち上っていた。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
街へ近付くにつれ。
ふわりと硫黄のような香りが鼻をくすぐった。
「温泉だ……」
思わず呟く。
何より。
街道を外れて旅をしてきたのだ。
基礎練習という名の苦行。
毎日の筋肉痛。
凝り固まった疲れ。
全部まとめて解放したい。
そして。
あわよくば。
ご当地グルメでしょう!
「なんだか楽しそうですね」
ヴァスキさんが苦笑する。
「久しぶりの街ですからね!」
思わず即答した。
◇◇◇
街へ入る。
道行く人たちは。
浴衣によく似た衣を身に纏っていた。
石畳の脇を流れる湯。
あちこちから立ち上る湯気。
露店から漂う香ばしい匂い。
「いいなぁ……」
温泉街って感じ。
こういう雰囲気、大好き。
「牛乳、あるかなぁ」
ぽつりと呟く。
「ぎゅうにゅう?」
レンが首を傾げた。
「牛のお乳だよ」
「湯上がりに飲む冷えた牛乳は最高なんだから」
レンは少し考える。
「そういう飲み方は知らない」
「そうなの?」
私は腕を組む。
「でも、この世界ってバターはあったよね?」
「ということは」
「牛乳もありそうなんだけどなぁ」
「あるかもしれませんね」
ヴァスキさんが頷く。
「火の神国は牧畜も盛んです」
「ほほぅ」
これは期待できそうだ。
思わず頬が緩む。
◇◇◇
「数日は、この街で休みます」
ヴァスキさんが地図を畳む。
「ヴェルと火の神王へ報告を送ります」
「返事が来るまで数日は掛かるでしょう」
「その間は、一人にならなければ、ある程度は自由にしていてください」
「本当ですか!?」
思わず身を乗り出す。
「温泉入り放題ですか!?」
「ええ」
「節度は守ってくださいね」
「やったぁ……!」
思わず小さくガッツポーズをする。
毎日温泉。
幸せすぎる。
「……ただ」
ヴァスキさんが真面目な表情になる。
「くれぐれも目立つ行動はしないでください」
「はい」
「ヒカリさんは基本的に、私と一緒に行動ですよ」
「……」
「なんですか?」
私は少し考える。
そして。
「……温泉は別ですよ?」
ヴァスキさんは無言だった。
すっと。
どこからともなく。
見慣れた木の枝を取り出す。
「やだ!」
思わず叫ぶ。
「そんなの街中に持ち込まないでください!」
「では、一人で行動しませんか?」
「しません!」
「温泉以外は!」
「一緒に入るわけないでしょう」
ぺしん。
「……ですよね」
木の枝は。
今日もよくしなっていた。
「……あと」
ヴァスキさんがこちらを見る。
「ヒカリさん、お願いがあるのですが」
「?」
珍しい。
ヴァスキさんがお願いだなんて。
「この鳥、どうにかしてください」
「え?」
振り向く。
「あ!」
「ピンクちゃん!」
いつの間にか。
ヴァスキさんの背中へ張り付いたピンクちゃんが。
こつ。
こつ。
こつこつこつ。
一心不乱につついていた。
「ぴいっ!」
「ダメだよ」
「焼き鳥にされちゃうよ?」
「ぴ……」
ピンクちゃんは小さく首を傾げた。
ヴァスキさんは静かにため息をつく。
「なぜか暇があればつついてくるんですよ」
「え? なんででしょう?」
「こんなにお利口さんなのに……」
二人で首を傾げる。
レンがぼそりと呟く。
「虐めてると思ったんじゃない?」
「ピィ!」
「ぴ、ピンクちゃん!」
思わず感動した。
この子は、私を守ろうとしてくれていたらしい。
ヴァスキさんに焼き鳥にされないよう。
絶対に守ろうと固く誓った。




