第一話 話さなければ、わからないこと
街道から外れた道。
そこは危険しかなかった。
サファリパークなんて目じゃない。
まず、サイズがおかしい。
体長三メートルはありそうな巨大なカマキリのような魔物。
同じくらいの大きさの熊。
牙を剥く狼。
次から次へと現れる魔物たち。
「虫、嫌いなのに……」
大きいというだけで、よりアウト。
巨大ともなると論外だ。
「ギギギギッ!」
巨大なカマキリが鎌を振り上げる。
その瞬間。
レンが一歩踏み出した。
掌から炎がほとばしる。
魔物が怯んだ隙に、投げ放った短刀が一直線に飛ぶ。
硬い外殻を貫き、そのまま巨体は崩れ落ちた。
横から飛び出した熊型の魔物へ、ヴァスキが踏み込む。
風を纏った蹴り。
一撃。
それだけで巨体が吹き飛ぶ。
さらに放たれた風の刃が、次々と魔物を切り裂いていく。
「……驚きの切れ味」
思わず通販番組のセリフのようなものが出てしまう。
二人の狭間で、じっと体育座り。
やがて。
最後の魔物が地面へ崩れ落ちる。
「ふぅ……」
思わず息を吐いた。
「……なんですか、その座り方は」
ヴァスキが呆れたように言う。
「え?」
私は体育座りのまま首を傾げた。
「邪魔にならないようにです」
「……」
「私が動き回ったら、二人とも戦いにくいかなって」
ヴァスキは小さくため息をつく。
「……もういいです」
「えっ」
思わず固まる。
ヴァスキは再び息をつくと、私の隣へ腰を下ろした。
珍しく、言い淀む。
「……ヒカリさん」
「はい?」
「すみませんでした」
「……へ?」
私はきょとんと目を丸くする。
「……」
「すみません、ですか?」
少し考える。
「あの……私、何かされました?」
足元には、つい先ほど倒した魔物の死骸が横たわっている。
(どうしよう)
(なに?)
(なんなの?)
「……ヒカリさんが消えた日のことです」
「あっ」
思わず声が漏れた。
「突然いなくなってしまってすみませんでした」
ぺこりと頭を下げる。
「あの後……気づいたら知らない場所にいて」
「違います」
静かに遮られる。
顔を上げる。
ヴァスキさんは真っ直ぐ私を見ていた。
「あの時、私は『あなたを消さなければならなくなるかもしれない』と口にしました」
胸が小さくざわつく。
……ああ。
あの時のことが鮮明によみがえる。
「過剰……違いますね」
ヴァスキさんは自嘲するように笑う。
少しだけ視線を落とした。
「私は、恐れていました」
「恐れ……?」
「ええ」
短く頷く。
「私たちは、一度……王をこの手で討っています」
静かな声だった。
けれど、その一言の重みは胸に深く沈んだ。
「守るために選んだ道でした」
「ですが、あの選択が正しかったのか、今でも分かりません」
拳が静かに握られる。
「だからこそ」
一度言葉を切る。
「もし、あなたが王と同じように変わってしまったら」
苦しそうに息を吐く。
「また、同じ選択を迫られるのではないか」
「そう考えた時……冷静ではいられませんでした」
静寂が落ちる。
「あなたを疑っていたわけではないのです」
一拍置き。
ヴァスキさんはゆっくりと言った。
「あれは、私の、恐怖でした」
「……すみませんでした」
深く頭が下げられる。
私は慌てて首を横に振った。
「そんな風に言わないでください」
右も左も分からない世界。
誰も知り合いはいない。
不安でいっぱいだった。
「私、一人になって、気付いたことがあったんです」
ヴァスキさんが静かに顔を上げる。
「風の神国で助けられて」
「レンに助けられて」
隣を見る。
「二人で旅をして」
「ぴいっ!」
「あっ」
思わず笑みが零れた。
「二人と一匹で旅をして」
ピンクちゃんは嬉しそうに羽を広げる。
「自分でやらなきゃいけないことも、たくさんありました」
今まで誰かが当たり前にしてくれていたこと。
全部、自分で考えなければならなかった。
「その時に気付いたんです」
私はヴァスキさんを見る。
「私、風の神国で、本当に大切にされていたんだって」
「ヴァスキさん、小言は多いですけど」
一拍置いて笑う。
「ちゃんと見ていてくれました」
「感謝してるんです」
真っ直ぐヴァスキさんを見つめる。
「また会えて、嬉しいです」
しばらく、誰も何も言わなかった。
風が静かに吹き抜ける。
ヴァスキさんは小さく息を吐く。
そして、どこか吹っ切れたように微笑んだ。
「……私も、『そんな未来、来させない』と言わないとダメですね」
夏の虫って大きいヤツらが多すぎて、憂鬱ですよね…




