第三十八話 優しい人
目の前に。
消えゆく命があった。
姫巫女の身体を包む光は弱い。
今にも消えてしまいそうだった。
「姫巫女様……!」
私は駆け寄る。
嫌だった。
こんなの。
嫌に決まっている。
姫巫女は優しく微笑んだ。
けれど。
その顔色は青白い。
私は震える手を伸ばした。
神力を流し込む。
必死に。
とにかく必死に。
「治れ」
光が溢れる。
「治れ」
もっと。
もっと。
「治れ!」
神力が零れる。
「治れ……!」
「治れ、治れ、治れ……!」
止まらない。
止めたくない。
まだ話したいことがある。
まだ聞きたいことがある。
だから。
お願いだから。
姫巫女は困ったように笑った。
「優しい子ですね」
私は首を振る。
そんなのどうでもいい。
治ってほしい。
それだけだった。
「いいのです」
穏やかな声。
「これは怪我ではありません」
私は息を呑む。
姫巫女はゆっくりと続けた。
「寿命、なのです」
神力を注いでも。
注いでも。
穴の開いた器のように零れていく。
認めたくなかった。
「私は」
姫巫女は空を見上げる。
「最後まで戦いました」
その瞳に後悔はない。
ただ穏やかだった。
「ですから」
小さく笑う。
「褒めてくださって、いいのですよ?」
誰も答えられない。
ヴェルは目を閉じた。
レンも黙っている。
そして。
アズルが俯いていた。
ぽたり。
雫が落ちる。
姫巫女は目を丸くした。
「……あらあら」
楽しそうな声。
「すっかり大人になったというのに」
優しい笑み。
「まだ泣き虫さんでしたか」
アズルの肩が大きく震える。
「姫巫女様……」
絞り出すような声。
けれど。
続きは出てこない。
姫巫女はそっと手を伸ばした。
震える指で。
アズルの頬に触れる。
「覚えていますか?」
小さな声だった。
「眠れない夜に」
「よく歌ってあげましたね」
アズルは目を閉じる。
忘れるはずがなかった。
怖い夢を見た夜も。
熱を出した夜も。
両親を失って泣いた夜も。
いつも。
この人がそばにいた。
姫巫女は静かに目を閉じる。
そして。
歌い始めた。
優しい歌だった。
幼い頃。
何度も聞いた歌。
変わらない歌。
懐かしい歌。
その歌声だけが。
静かな夜に響いていた。




