第三十七話 来訪者
轟音が響く。
神力と神力が激突する度に。
神殿が悲鳴を上げていた。
瓦礫の上。
姫巫女は鏡を構える。
呼吸は荒い。
鏡を持つ手も震えていた。
それでも。
微笑みは崩れない。
女は小さく息を吐いた。
「お互い、ボロボロだね」
蒼色の瞳が細められる。
「私も」
「あの子たちまで相手にする余力はないかな……」
姫巫女は微笑む。
「年寄りを虐めるからでは?」
「はは」
女が笑った。
「消えかけの灯火に、随分苦しめられてしまったよ」
その時だった。
遠くから咆哮が響く。
空気が震える。
夜空を巨大な影が横切った。
女が顔を上げる。
そして。
楽しそうに笑った。
「あぁ」
「邪魔者がきてしまったかな」
次の瞬間。
凄まじい風圧が吹き荒れた。
瓦礫が舞う。
湖面が大きく揺れる。
巨大な竜が神殿上空へ降り立つ。
漆黒の鱗。
黄金の瞳。
ゆっくりと翼が閉じられた。
その背から。
一人の青年が飛び降りる。
風が舞う。
白金の髪が揺れた。
ヴェルだった。
「姫巫女!」
焦った声。
その姿に。
姫巫女は優しく微笑む。
「間に合いましたね」
けれど。
ヴェルの視線は別の場所で止まった。
蒼い瞳。
金色の髪。
忘れられるはずのない顔。
呼吸が止まる。
信じられないものを見るように。
ただ立ち尽くした。
「……アストリッド」
掠れた声だった。
女は笑う。
どこか懐かしそうに。
「久しぶりだね」
ヴェルが息を呑む。
その反応を楽しむように。
女は目を細めた。
そして。
ゆっくりと後ろへ下がる。
「今日はここまでかぁ」
蒼色の瞳が細められる。
足元から闇が広がる。
夜そのものが溢れ出すように。
「待て!」
ヴェルが叫ぶ。
けれど。
届かない。
女は一度だけ。
ヴェルへ微笑んだ。
「また、ね」
金色の髪が闇へ溶ける。
蒼い瞳が消える。
次の瞬間。
そこには誰もいなかった。
静寂。
そして。
かしゃん。
小さな音が響く。
全員の視線が動く。
姫巫女だった。
鏡が手から零れ落ちる。
「姫巫女様!」
アズルが駆け寄る。
姫巫女の身体がゆっくりと傾く。
ヴェルも。
ヒカリも。
息を呑んだ。
姫巫女は小さく笑う。
「少し」
かすれた声。
「張り切りすぎましたかね」
アズルが言葉を失う。
その腕の中で。
姫巫女の身体は驚くほど軽かった。
誰の目にも分かった。
その身体を包む光は。
今にも消えてしまいそうだった。
けれど。
姫巫女は最後まで微笑んでいた。




