第三十五話 鏡の神具
「誰なのかを」
静かな声だった。
女は頬へ添えていた手を下ろす。
そして。
楽しそうに笑った。
蒼色の瞳が細められる。
「君も、よく知る人物だよ」
姫巫女は何も言わない。
ただ静かに鏡を構えていた。
女は肩を竦める。
「死にゆく者に隠す必要もないからね」
その瞬間。
部屋の空気が重くなる。
神力。
それも。
異常なほど濃い神力だった。
女はその神力を纏ったまま。
どこか懐かしむように笑う。
「一度死んだんだ」
穏やかな声。
けれど。
その言葉に宿る重みは異様だった。
「全てを奪われてね」
女は自嘲するように微笑む。
「だから取り戻しに来たよ」
姫巫女は静かに目を閉じた。
「……そう」
小さな呟き。
「そういうことでしたか」
女の笑みが深くなる。
指先がゆっくりと持ち上がる。
「さて」
「どこまで見えているのかな」
次の瞬間。
女の指先がわずかに動く。
轟音。
神力の奔流が解き放たれた。
湖が割れたかと思うほどの衝撃。
部屋が揺れる。
壁が砕ける。
けれど。
姫巫女は動かない。
ただ。
鏡を掲げた。
光。
鏡面が揺れる。
水面のように。
そして。
放たれた神力が反転した。
轟音。
今度は女の背後で爆発が起こる。
「……すごいね」
女の目が細められた。
初めて。
興味を持ったように。
「神力反射かな」
姫巫女は微笑む。
「お褒めいただき光栄ですわ」
女が笑う。
「面白い」
次の瞬間。
神力が溢れ出した。
先ほどとは比べ物にならないほどの圧力。
床が軋む。
窓ガラスが砕ける。
神殿全体が震え始めた。
女が一歩踏み出す。
神力がさらに膨れ上がる。
まるで世界そのものを押し潰すような圧力だった。
「なるほど」
蒼色の瞳が細められる。
「なら――」
姫巫女も鏡を構える。
青白い光が周囲を包む。
静かな湖のような神力だった。
二人の視線が交差する。
次の瞬間。
世界が白く染まった。




