第三十四話 未来を視る者
「五百年の歴史に幕を下ろす日が来たよ」
月明かりの中。
金色の髪が揺れる。
「さぁ、最後の時を楽しもうじゃないか」
姫巫女は静かに微笑んだ。
「そうですわね」
穏やかな声だった。
まるで来客を迎えるように。
女は肩を竦める。
「どこまで知っているのかな?」
姫巫女は窓の外へ視線を向けた。
静かな湖。
揺れる水面。
「さぁ」
「知っていることの方が少ないかと思いますわよ?」
女は声を上げて笑った。
「はは」
「相変わらずだなぁ」
その笑顔は楽しそうだった。
けれど。
瞳は笑っていない。
冷たい。
ただ冷たい。
「君は厄介な存在だよね」
女が一歩前へ出る。
「何を知っているのか」
「何を見ているのか」
「それが分からない」
姫巫女は答えない。
女はため息を吐いた。
「もう尽きかけの命だというのに」
「最後まで面倒をかけてくれる」
蒼の瞳が細められる。
「念の為」
「刈り取らせてもらうよ」
部屋の空気が変わる。
冷たい殺気。
重い神力。
窓ガラスが震えた。
けれど。
姫巫女は動かない。
ただ静かに微笑む。
「私が」
ゆっくりと立ち上がる。
「何も準備せず」
「今日を迎えたと?」
女の笑みが消えた。
姫巫女の右手に淡い光が集まる。
現れたのは。
一枚の手鏡。
水面のように透き通った鏡だった。
「それは……」
女の声が僅かに低くなる。
姫巫女は鏡を向けた。
月明かりが鏡面を照らす。
そこに映るはずだった。
金色の髪も。
美しい顔も。
何一つ映らない。
ただ。
静かな闇だけが広がっていた。
部屋から音が消える。
姫巫女は静かに目を閉じた。
「やはり、うつりませんのね」
小さな呟き。
女は黙った。
静寂。
やがて。
ふっと笑う。
先ほどまでの軽薄さはない。
蒼色の瞳が細められる。
そして。
自らの頬へ手を伸ばいた。
「冥土の土産に教えてあげようか?」
月明かりが金色の髪を照らす。
「私が――」
女はゆっくりと口角を上げた。
「誰なのかを」




