第三十三話 侵入者
隣を見る。
レンが起きていた。
「レン?」
返事はない。
じっと息を潜めるように。
空気の流れを探るように。
真剣な顔で扉を見つめている。
「どうしたの?」
レンがゆっくり立ち上がる。
「……来た」
その一言に。
背筋が冷えた。
次の瞬間。
遠くで鐘の音が響く。
ガン――
重い音。
神殿中に響き渡る。
そして。
二度。
三度。
「な、何!?」
私は飛び起きた。
レンが私の手を掴む。
「行くよ」
「え?」
「アズルに会う」
短い言葉。
けれど。
何かが起きた。
神殿の外では。
慌ただしい足音が響いている。
人の叫び声も聞こえた。
私は急いで部屋を飛び出す。
廊下には神官たちが走っていた。
誰もが緊張した顔をしている。
「何が起きたんですか!?」
近くの神官へ声を掛ける。
けれど。
返事はない。
それどころではないらしい。
「姫巫女様を!」
誰かの叫び声。
胸が嫌な音を立てた。
「姫巫女様……?」
レンが手を引く。
強く。
迷いなく。
そして。
二人は神殿の奥へ向かって走り出した。
◇◇◇
その頃。
神殿最上階。
月明かりが差し込む部屋で。
姫巫女は静かに目を開いた。
鐘の音は聞こえていた。
慌ただしい足音も。
けれど。
驚きはない。
恐れもない。
ただ。
少しだけ寂しそうに微笑む。
「来ましたか」
小さな呟き。
姫巫女は窓の外へ視線を向けた。
湖面が静かに揺れている。
「存外、落ち着いていられるものですね」
誰に聞かせるでもなく呟く。
五百年。
長い時を生きてきた。
終わりを前にしても。
心は不思議なほど穏やかだった。
そして。
部屋の扉が開く。
月明かりの中。
金色の髪が揺れた。
「五百年の歴史に幕を下ろす日が来たよ」
穏やかな声だった。
けれど。
その瞳は冷たい。
「さぁ、最後の時を楽しもうじゃないか」
姫巫女は真っ直ぐ相手を見つめる。
女は微笑んだ。
けれど。
そこに温度はなかった。
静かな部屋に。
月明かりだけが差し込んでいた。




