第三十話 来たるべき時
ヒカリたちが部屋を出た後。
静寂が訪れた。
アズルは扉が閉まる音を確認してから口を開く。
「先ほどの件ですが」
姫巫女は静かに頷いた。
「ええ」
「動きはじめたようですね」
アズルの表情が険しくなる。
窓の外では湖面が揺れている。
いつもと変わらない景色。
それなのに。
まるで嵐の前の静けさのようだった。
「思ったより早かったですね……」
アズルが呟く。
姫巫女は微笑んだ。
「遅かったくらいですわ」
穏やかな声。
けれど。
どこか達観していた。
アズルは拳を握る。
「警備を強化します」
「神殿内も再確認を」
「えぇ」
姫巫女は頷く。
そして。
ふと窓の外へ視線を向けた。
「ですが……」
小さな呟き。
「彼は間に合わないかもしれませんね」
アズルは目を瞬く。
「彼……ですか?」
姫巫女は小さく笑った。
「独り言です」
それ以上は語らない。
アズルも追及しなかった。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
姫巫女が静かに口を開いた。
「もっと一緒に、いてあげたかったですわね」
アズルが顔を上げる。
「姫巫女様?」
「どうやら」
「そこまでの時間は残されていないようです」
アズルの表情が強張った。
「私は神託を受ける者です」
「終わりが近いことくらい分かります」
「そのようなことを言わないでください」
思わず声が強くなる。
姫巫女は優しく微笑んだ。
「幼い頃から」
「ずっと一緒でしたね」
アズルは言葉を失う。
神殿の庭で遊んだ日。
勉強を教わった日。
叱られた日。
褒められた日。
思い出はいくらでもあった。
「貴方は」
「私の妹の血を引く子ですもの」
「いわば私の孫のようなものですわ」
アズルは目を見開く。
知っていた。
けれど。
改めて言葉にされると重い。
姫巫女は優しく微笑む。
「ここまで立派に」
「優しく育ってくれて嬉しいわ」
アズルは俯いた。
そんな言葉は聞きたくなかった。
まるで。
別れを告げられているようで。
「姫巫女様」
絞り出すような声。
けれど。
続く言葉は見つからない。
姫巫女は窓の外を見る。
湖面の向こう。
遠い未来を見るように。
「貴方なら大丈夫」
小さな声だった。
「自慢の孫ですもの」
風が吹く。
水色の髪が揺れた。
アズルは拳を握る。
何も言えない。
何を言っても。
この人の覚悟は変わらない気がした。
だから。
ただ一つだけ。
胸の奥で誓う。
必ず。
その未来を繋いでみせると。




