第三十一話 離れない
生まれてすぐ、母は亡くなった。
臨月に襲撃され。
僕を庇い。
僕を産み。
そして力尽きた。
だからだろうか。
みんな。
どこか悲しそうな目で僕を見る。
実の父でさえ。
時折、そんな瞳を向けてくる。
幼い頃は特にそうだった。
一つの場所に長く留まらず。
気付けば移動ばかりしていた。
僕はそれが普通だと思っていた。
だから。
気にならなかった。
ヒカリに会うまでは。
ヒカリは違った。
僕の行動に目を丸くして。
怒ったり。
笑ったり。
呆れたり。
時々褒めたりもする。
可哀想だとは言わなかった。
悲しそうな顔もしなかった。
ただ。
気付けば。
いつも隣にいた。
◇◇◇
だからだろうか。
昨日の女を見てから。
落ち着かない。
神殿の部屋。
窓の外には湖が広がっている。
静かな景色だった。
けれど。
胸の奥がざわついていた。
「暇」
ヒカリが机に突っ伏す。
「うん」
「暇だよね?」
「うん」
頷く。
暇なのは事実だった。
神殿から出るなと言われている。
やることもない。
「散歩したい」
「駄目」
「何で!?」
「危ないから」
ヒカリが頬を膨らませた。
その様子に少しだけ笑う。
けれど。
胸の奥のざわつきは消えない。
ぐいっ。
気付けば。
ヒカリの服を掴んでいた。
「?」
ヒカリが振り返る。
「どうしたの?」
僕は少し考えた。
上手く説明できない。
理由が分からない。
でも。
離したくなかった。
「……昨日の人?」
ヒカリが聞く。
小さく頷く。
「金髪の?」
もう一度頷く。
「何かされたの?」
首を横に振る。
「じゃあ何?」
「……わからない」
「分からないの?」
「うん」
ヒカリが苦笑した。
いつもの顔だった。
少し安心する。
それでも。
嫌な予感だけは消えなかった。
「でも」
服を握る力が強くなる。
「離れないで」
ヒカリが目を丸くした。
「え?」
僕は真っ直ぐヒカリを見る。
「危ない」
その一言に。
ヒカリは黙り込んだ。
「何が?」
首を横に振る。
分からない。
説明できない。
ただ。
昨日の女を思い出すと。
胸の奥がざわつく。
「アレ、普通じゃなかった」
それしか言えなかった。
ヒカリは窓の外を見る。
僕も同じ方向を見る。
穏やかな湖。
青い空。
何も変わらない景色。
なのに。
嫌な予感だけが消えなかった。
だから。
もう一度だけ。
服を握る。
ヒカリは何も言わなかった。
それが少しだけ安心した。




