第二十三話 しばらく呼んであげない
ゴンドラは静かに湖を進む。
祭りのためだろうか。
街の灯りが一つずつ落とされていく。
最初は不思議だった。
けれど。
理由はすぐに分かった。
見上げた空には。
無数の星が広がっていた。
灯りが消えたことで。
夜空がはっきりと姿を現したのだ。
思わず息を呑む。
湖面にも星が映っている。
空と湖。
どちらが本物なのか分からなくなるほどだった。
「すごい……」
思わず呟く。
レンも空を見上げた。
「綺麗だね」
「うん」
短い返事。
けれど。
どこか満足そうだった。
小鳥は船首に止まっていた。
夜風を受けながら。
気持ち良さそうに羽を揺らしている。
私はその姿を見ながら。
ふと思い出した。
「そういえばさ」
「もう名前付けてあげたら?」
小鳥が振り返る。
「ぴぃ!」
どこか同意するような鳴き声だった。
レンは首を傾げる。
「なんで?」
「なんでって」
思わず笑う。
「ずっと一緒にいるじゃん」
小鳥も。
「ぴぃぴぃ!」
と主張している。
レンは少しだけ考えた。
それから。
小鳥を見る。
「名前は」
「相手を縛るから」
私は瞬きをする。
レンは夜空へ視線を向けた。
「自由じゃないと」
小鳥が首を傾げる。
意味は分かっていなさそうだった。
けれど。
次の瞬間。
船首から飛び立った。
夜空を一周して。
再び戻ってくる。
「……そっか」
「でも、これからもずっと一緒ならつけてあげてもいいんじゃない?」
レンは答えなかった。
代わりに。
小鳥が。
「ぴぃ」
と鳴いた。
その時だった。
一つ目の花火が夜空へ昇る。
大きな音と共に。
夜空へ光が広がった。
花火が夜空に咲く。
湖面にも光が映る。
まるで。
星が降ってきたみたいだった。
その光景を見ていると。
ふと。
風の神国の後祭を思い出した。
夜空へ昇っていく風玉。
隣にいたヴェル。
胸の奥が少しだけ痛む。
気付けば。
視界が滲んでいた。
「あれ……」
慌てて目元を擦る。
けれど。
涙は止まらなかった。
「……どうしたの?」
隣から声がする。
私は少しだけ笑う。
「うん」
「綺麗だなって」
自分でもよく分からない言い訳だった。
レンはしばらく花火を見上げていた。
「そうだね」
静かな返事。
次の瞬間。
布が頬に触れた。
「え?」
驚いて顔を向ける。
レンが自分の袖で。
私の涙をちょんちょんと拭いていた。
思わず笑ってしまう。
「ふふ」
「ありがとう」
レンは少しだけ困った顔をした。
「……ヒカリが泣いてると」
「どうしたらいいか、分からない」
私は固まる。
「ん?」
レンは首を傾げる。
「んんん?」
何か。
大事なことを聞いた気がする。
「今」
私はゆっくり確認する。
「なんて言った?」
「……どうしたらいいか分からない」
「その前!」
思わず身を乗り出した。
レンが少しだけ後ろへ下がる。
私は目を見開く。
「名前!」
「名前呼んだよね!?」
レンは瞬きをした。
「……呼んだね」
「やっと!」
「やっと呼んだ!」
レンは少し考える。
そして。
「じゃあ」
嫌な予感がした。
「しばらく呼んであげない」
「なんで!?」
思わず叫ぶ。
だって。
ずっと呼んでくれなかったのだ。
レンは少しだけ目を細める。
どこか満足そうだった。
私はじとっと睨む。
絶対面白がっている。
そんな気がした。
けれど。
もう涙は止まっていた。
見上げれば。
夜空には無数の花火が咲いている。
湖面にも光が揺れていた。
さっきまでの悲しさは。
少しだけ遠くなっていた。




