第三話 名前
朝。
目を覚ますと、桃色の鳥が私のお腹の上で丸くなっていた。
「ぴぃ」
起きたことに気付いたらしい。
小さく鳴く。
すると。
ぱたぱたと羽を動かして私の肩へ移動した。
少しくすぐったい。
思わず少しだけ口元が緩む。
その時。
部屋の扉が開いた。
「おはよう」
女将さんだった。
朝食の載った盆を持っている。
「今日は少し食べられそう?」
私は小さく頷く。
「よかった」
女将さんは嬉しそうに笑った。
その後ろから小さな男の子が顔を出す。
「こら」
「お話しちゃだめ?」
「まだ体調悪いんだから」
私は小さく手を振った。
男の子は嬉しそうに手を振り返した。
◇◇◇
昼頃。
男の子が再び部屋へやって来た。
「お姉ちゃん」
私を見る。
そして。
「名前は?」
私は固まった。
名前。
胸の奥が少しだけ痛む。
女将さんが慌てて部屋へ入ってきた。
「あっ、ごめんね」
そして紙とペンを差し出してくれる。
「書ける?」
私は頷いた。
白い紙。
ペン。
私はゆっくりとペンを握った。
ヒ
カ
リ
歪な文字。
それでも。
ようやく書けるようになった名前だった。
ぽたり。
紙の上に涙が落ちる。
次の雫も。
その次も。
止まらない。
ただ。
名前を書いた瞬間。
風の神国で過ごした日々を。
全部思い出してしまった。
私は俯く。
女将さんは何も聞かない。
ただ背中を優しく撫でてくれた。
その時。
ぴぃ。
桃色の鳥が紙の上へ降り立つ。
「…ヒ、カ、リ?」
男の子が文字を追う。
そして。
ぱっと顔を輝かせた。
「ヒカリお姉ちゃん!」
私は少しだけ目を見開く。
初めてだった。
この場所で。
誰かに名前を呼ばれたのは。
胸の奥が少しだけ温かくなる。
涙はまだ止まらない。
それでも。
さっきまでとは少しだけ違う気がした。
「……子どもみたいな字だね」
突然。
声がした。
顔を上げる。
いつの間にか。
部屋の入り口にレンが立っていた。
私は固まる。
女将さんも固まる。
レンは紙を見ていた。
ただそれだけだった。
私は思わずレンを睨む。
レンは少しだけ首を傾げた。
「?」
悪意はないらしい。
それが分かるから余計に腹が立った。




