第三十三話 遠ざかる声
気が付くと。
私は森の中にいた。
見たことのない景色だった。
風の神国ではない。
それだけは分かる。
起き上がろうとして。
やめた。
体が重い。
土の冷たさが背中に伝わる。
少し湿っていて。
ひんやりとしていた。
それなのに。
不思議と嫌じゃなかった。
このまま。
ずっと寝転がっていたい。
そんなことを思った。
木々の隙間から光が差し込んでいる。
風が葉を揺らす。
遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。
綺麗な景色だった。
なのに。
何も感じない。
何も考えたくなかった。
ただ。
ぼんやりと空を見上げる。
なんで。
私。
ここにいるんだろう。
なんで。
帰れないんだろう。
帰りたい。
お母さん。
もう一度会いたい。
帰りたいなぁ。
ぽろり。
涙が零れる。
止めようとも思わなかった。
疲れた。
もう。
疲れたなぁ。
「ねぇ」
突然。
声がした。
「生きてる?」
顔を上げる。
知らない男の子だった。
濃紺の髪。
毛先にかけて赤くなってる。
切れ長の瞳。
整った顔立ち。
けれど。
ヴェル様みたいな綺麗さじゃない。
もっと人間らしい。
そんな印象だった。
私は返事をしようとして。
気付く。
声が出ない。
男の子は少しだけ私を見た。
そして。
「……まぁ、いいや」
それだけだった。
何も聞かない。
何も言わない。
ただ。
ぽん。
頭に手が乗る。
犬とか。
猫とか。
そういうものを撫でるみたいに。
少し雑で。
でも。
あたたかかった。
その温もりに。
張り詰めていたものが少しだけ緩む。
もういいや。
そう思った。
考えるのも。
泣くのも。
全部。
疲れた。
眠ろう。
ゆっくりと目を閉じる。
遠ざかる意識の中。
最後に浮かんだのは。
風の神国で過ごした日々だった。
焼き菓子を作ったこと。
図書館のみんな。
フワモちゃんたち。
優しいシュルティさん。
小言ばかりのヴァスキさん。
そして。
ヴェル様。
――ヒカリっ!!!
あの声だけが。
いつまでも耳に残っていた。
私は再び意識を手放した。




