第三十二話 終わりは突然に
神聖樹。
星。
終焉。
頭の中には、さっき読んだ本のことが残っていた。
命は星より生まれ。
星へ還る。
そんなことを考えながら神殿の廊下を歩く。
その時だった。
聞き覚えのある声が耳に届く。
ヴァスキさん。
そして。
ヴェル様。
二人とも真剣な声だった。
思わず足を止める。
聞くつもりはなかった。
けれど。
次の言葉が耳に入った。
「先王派の件ですが」
ヴァスキさんの声。
「神官たちは末端です」
「背後に誰かいる可能性は否定できません」
「……分かっている」
ヴェル様の声。
低く短い返事。
少しだけ胸を撫で下ろす。
あの話だ。
襲撃事件のことだ。
けれど。
ヴァスキさんは続けた。
「それだけではありません」
空気が変わった。
「ヒカリさんに、近づきすぎです」
私は少し首を傾げた。
近づきすぎ?
私に?
「……分かっている」
ヴェル様の声。
けれど。
「いいえ」
「分かっていません」
静かな声だった。
怒っているわけではない。
けれど。
いつものヴァスキさんとは違った。
「本当に"選択の時"が来たら」
一拍。
「どうするつもりですか」
返事は聞こえない。
私はその場から動けなかった。
そして。
次の言葉を聞く。
「ヒカリさんを」
心臓が跳ねる。
「私たちの手で」
嫌な予感がした。
聞きたくない。
なのに。
耳が離れない。
「消さなければならなくなるかもしれないのに」
沈黙。
何を。
言っているの。
呼吸が浅くなる。
聞き間違いだ。
そうに違いない。
だって。
ヴェル様は。
助けてくれた。
守ってくれた。
優しかった。
私の話を聞いてくれた。
……マナも教えてくれた。
違うよね。
そう言って。
お願いだから。
胸が苦しい。
息が吸えない。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
ぱりっ。
小さな音がした。
私は反射的に手を見る。
指先で。
黒い雷のようなものが弾けていた。
「え……」
ぱりっ。
また弾ける。
白くない。
いつもの光じゃない。
黒い。
ぱりぱりっ。
増えていく。
「なに……」
怖い。
ぱりぱりぱりっ。
黒い雷が腕を這う。
「やだ……」
答えなんて。
聞きたくない。
もし本当だったら。
私は。
どうしたらいいの。
ぱりっ。
大きな音が響く。
怖い。
「こわいよ……」
思わず漏れた声は。
自分でも驚くほど弱かった。
しまった。
そう思った時には遅かった。
ぱりっ!!
今までで一番大きな音が響く。
黒い雷が弾ける。
顔を上げると。
もう二人はすぐそこにいた。
ヴァスキさんが息を呑む。
そして。
ヴェル様。
目が合う。
私は動けなかった。
黒い雷だけが。
ぱりぱりと弾け続ける。
その時だった。
ふわりと。
白い光が舞った。
優しい光。
黒い雷とは正反対の。
穏やかな光。
その中から。
一人の少年が姿を現す。
見覚えのある姿。
夢で何度も会った。
あの少年だった。
「……行こう」
少年は静かに言った。
「大丈夫、今は何も考えなくていい」
そっと手を差し出す。
私はその手を見つめた。
頭の中はまだぐちゃぐちゃだった。
何も考えられない。
ただ。
ここにいたくなかった。
「ヒカリっ!!!」
叫び声が響く。
初めて聞く声だった。
振り返る。
ヴェル様がいた。
少年は静かに視線を向ける。
「風の王」
静かな声。
けれど。
なぜか空気が震えた気がした。
「選択は」
「キミたちのものじゃない」
私は息を呑む。
少年はそれ以上何も言わなかった。
ただ。
私へ手を差し出したまま。
私に微笑みながら。
待っていた。
私は震える手を伸ばす。
最後に。
もう一度だけ振り返る。
最後に見たヴェル様の顔は。
焦りと。
後悔と。
悲しみが混ざったような表情に見えた。
それが本当だったのかは。
分からない。
もう。
確かめることもできなかった。
白い光が溢れる。
そして。
世界が消えた。




