第二十六話 後祭
後祭の日。
風の神国の夜空には無数の光が浮かんでいた。
風玉。
願いを書いた紙を入れて空へ飛ばす祭りだ。
すると紙は光の玉となり。
夜空へ昇っていく。
正直。
どういう仕組みなのかは分からない。
神様の力なのか。
けれど。
光の玉が夜空へ昇っていく光景は息を呑むほど綺麗だった。
「ヒカリさんは書かれましたか?」
神官にそう聞かれた。
私は首を横に振る。
願い。
願いか。
少し前までなら。
家族に会いたいとか。
元の世界へ帰りたいとか。
そう書いたかもしれない。
けれど。
今は違う。
私は誰なのか。
星の欠片とは何なのか。
あの声は何なのか。
分からないことばかりだった。
何を願えばいいのかも。
よく分からなかった。
結局。
白い紙は何も書かないまま。
そっと懐へしまった。
◇◇◇
夜風が吹く。
人混みから少し離れた場所。
神殿の高台からは。
無数の風玉がよく見えた。
「綺麗ですね」
そう呟く。
隣にはヴェルがいた。
「そうだな」
夜空を見上げたまま。
静かな返事が返ってくる。
しばらく。
二人で風玉を眺めていた。
夜空へ昇っていく無数の光。
昨日のことは話さなかった。
話そうと思えば話せた。
星の欠片。
あの声。
聞きたいことも。
聞かなければならないことも。
たくさんある。
けれど。
今日は後祭だ。
そんな物騒なことは考えたくなかった。
ただ、綺麗なものを綺麗だと思っていたかった。
私は夜空を見上げた。
「ヴェル様」
「なんだ」
風玉の向こう。
瞬く星を見つめる。
「私の世界では」
少しだけ笑う。
「星をヒカリとも読むんですよ」
ヴェルがこちらを見る。
「私の名前も」
「星って書いて、ヒカリなんです」
夜風が髪を揺らした。
珍しく目を丸くして驚いている。
あれ?
なんか変な話だったかな?
ヴェルはしばらく黙っていた。
やがて。
静かに口を開く。
「……マナを他人に教えてはいけない」
「え?」
思わず振り返る。
「マナって、もしかして名前のことだったんですか!?
名前って教えちゃダメなんですか?」
「この世界では、それが常識なのだよ」
初耳だった。
「そうなんですか……」
驚く。
そんな大事なことなら。
もっと早く教えてほしかった。
「……でも」
少し考える。
「うん、ヴェル様にならいいな」
自分でも不思議だった。
けれど。
本当にそう思った。
「違うか」
小さく首を振る。
「知っていてほしい、かな」
「ここでは誰も知らないから」
私はヒカリという名前なんだと。
この世界で。
誰も知らない私を。
◇◇◇
風玉が一つ。
夜空へ昇っていく。
ヴェルはそれを見上げた。
そして。
ぽつりと呟く。
「……ノル」
「?」
聞き慣れない言葉だった。
「私のマナだ」
「!?」
思わず飛び上がる。
「お、お教えちゃダメです!!」
慌てる私を見て。
ヴェルが少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
けれど。
見間違えるはずがなかった。
「本当か」
「嘘か」
風玉の灯りが横顔を照らす。
「どちらにしても」
ヴェルは悪戯っぽく目を細めた。
「内緒にしていてくれ」
思わず言葉を失う。
胸の奥が少しだけ苦しい。
どうしてだろう。
ずっと前から知っていた気がする。
気付かないふりをしていただけで。
私は。
ヴェル様が好きなんだ。
夜空を見上げる。
願いを乗せた無数の風玉が。
静かに空へ昇っていく。
私の願いだけは。
まだ胸の奥にしまったまま。




