第二十三話 本祭
本祭当日
神官たちは慌ただしく行き交い。
神族たちも正装に身を包んでいる。
どこか張り詰めた空気。
自然と背筋が伸びる。
「本祭、はじまりますね」
振り返る。
シュルティが柔らかく微笑む。
ヒカリはふと疑問を口にした。
「そういえば」
「何でしょう?」
「神王って、王様の子供がなるんじゃないんですか?」
シュルティが少し目を丸くした。
「違います」
即答だった。
「神王は神に選ばれます」
「選ばれる?」
穏やかな声が続く。
「王が亡くなる時、新たな王が誕生します」
「同時に神具も生まれます。
ヴェル様は首飾りですね」
新緑の宝玉のついた首飾りを思い出す。
「じゃあ……」
「王様がいなくなることはないんですか?」
シュルティは少しだけ空を見上げた。
「民にとって神王とは、必ず存在し続ける存在」
「世界が続く限り」
ヒカリは黙り込む。
それは王というより。
……願いにも近い気がした。
◇◇◇
「じゃあ、みんな神王様が好きなんですね」
素直な感想だった。
シュルティは少しだけ表情を曇らせた。
「そうとも限りません」
「え?」
予想外の返答。
「前王の時代は違いました」
静かな声。
けれど。
どこか重い。
「前王は晩年、変わってしまわれたのです」
ヒカリは息を呑む。
「神を敬わぬ者を滅びの象徴と呼び……」
風が吹く。
シュルティの淡い栗色の髪が揺れた。
ヒカリは言葉を失った。
「多くの民が苦しみました」
神に選ばれた王。
そのはずなのに。
「どうして……」
思わず零れる。
シュルティは少しだけ目を伏せた。
「神に選ばれたからといって」
「常に正しいとは限りません」
その言葉は。
どこか悲しそうだった。
◇◇◇
やがて。
神殿最上部へ辿り着く。
そこには白い石で造られた露台があった。
空へ向かって開かれた場所。
風が絶えず吹き抜ける。
「祈りの露台です」
シュルティが告げる。
ヒカリは思わず下を覗き込んだ。
どこまでも続く人の波。
「うわ……」
思わず後退る。
とても高い。
その時だった。
ざわり。
下の広場が揺れる。
人々の視線が一斉に一方向へ向いた。
ヒカリも振り返る。
白銀の祭礼装束。
風に揺れる白金の髪。
静かな威厳。
そこにいたのは。
風の神国を統べる王。
神に選ばれし者。
◇◇◇
首飾りの宝玉が光を帯びる。
最初は淡く。
けれど次第に眩いほどの輝きへ変わっていく。
ざわり。
集まった人々が息を呑んだ。
宝玉はゆっくりと王の手を離れる。
高く。
空へ。
そして。
ぱちん、と光が弾けた。
無数の光の粒子が空いっぱいに広がる。
淡く。
きらきらと輝きながら。
人々の上へ降り注いだ。
歓声が上がる。
子供たちが手を伸ばし。
大人たちは祈るように目を閉じる。
風が吹いた。
白金の髪が揺れる。
王は静かに空を見上げる。
「この地に生きるすべてのものに安寧と豊穣を」
穏やかな声だった。
けれど。
その言葉は不思議なほど遠くまで届いた。
ヒカリは、言葉を失ったまま見上げていた。
――風の神王……
思わずそう思った。
◇◇◇
本祭は大盛況のまま続いた。
神官たちは慌ただしく動き回り。
神族たちは来賓への対応に追われている。
ヴェルもまた。
次々と声を掛けられていた。
シュルティの姿も見えない。
ヴァスキも忙しそうだ。
みんな。
それぞれの役目がある。
「……」
ヒカリは少しだけ視線を落とした。
邪魔をするつもりはない。
だから少しだけ。
息抜きをしたかった。
◇◇◇
祭りの喧騒が遠くなる。
神殿の庭園。
風に揺れる木々を眺めながら、ヒカリは小さく息を吐いた。
「やっぱり違う、んだよね……」
思わず呟く。
神族。
神官。
王。
この国で大切な役割を持つ人たち。
対して自分は。
どこから来たかも分からない。
普通の十五歳の普通の少女。
遠くから祭りの歓声が聞こえた。
その時だった。
「そこの方」
不意に声を掛けられる。
振り返る。
神官服を着た男が立っていた。
見覚えはない。
「あの……?」
「シュルティ神官がお呼びです」
穏やかな口調だった。
「シュルティさんが?」
「はい」
男は頷く。
「お急ぎとのことです」
ヒカリは首を傾げた。
誰だろう。
見たことがない。
けれど。
本祭で神殿は忙しい。
知らない神官がいても不思議ではなかった。
それに。
シュルティの名前が出ている。
違和感はあった。
けれど。
「分かりました」
ヒカリは素直に頷いた。
男の後を追う。
庭園を抜ける。
神殿の奥へ。
祭りの音が少しずつ遠ざかっていった。




