第十六話 眩しい日
その時だった。
ふわりと香ばしい匂いが漂ってくる。
ヒカリの足が止まった。
「焼き鳥……」
「やきとり?」
ヴェルが首を傾げる。
「外で食べる時って、フォークとかだと邪魔になるじゃないですか」
「そうか?」
「そうなんです」
ヒカリは力強く頷いた。
「ちょこっと食べたい」
「そして歩きたい」
「そんな時は串に刺した食べ物が便利なんですよ」
なるほど、とヴェルが頷く。
「果物も良いですけど」
「私はお肉が好きですね〜」
「肉?」
「香ばしく焼いて」
「甘辛いソースに絡めたやつです」
思い出しただけで食べたくなる。
「美味しいんですよ」
「なるほど」
ヴェルは感心したように頷いた。
その時。
「…………」
なんだろう。
視線を感じる。
ちらりと振り返る。
屋台の主人がこちらを見ていた。
とても真剣な顔で。
「…………」
「…………」
目が合った。
嫌な予感がした。
とても。
『気軽に知識を提供するのはやめてくださいね』
脳裏にヴァスキの声が蘇る。
「……気を付けよう」
「どうした」
「いえ、何でもありません」
未遂でありますように。
◇◇◇
しばらく歩く。
風は心地良い。
空は青い。
そして。
「眩しい……」
ヒカリは目を細めた。
浮遊都市なので空が近いからか、日差しが強く感じられる。
「そうか?」
隣から返ってきた声に視線を向ける。
変装のため髪色は変えている。
いつもの白金ではない薄茶の髪。
それでも。
さらさらで綺麗なお髪である。
今日とて美しい王様だ。
「…眩しい」
主に隣が。
◇◇◇
通りの端に並ぶ店が目に入った。
「あ、傘だ」
「?傘だな」
二人で見上げる。
様々な傘が並んでいた。
雨避け用だろう。
傘以外にも布やカバンなども売られている。
その中で。
ヒカリの視線が止まる。
「……あ」
風に揺れる布。
白いレース生地だった。
「ヴェル様」
「どうした」
「ちょっと寄っても良いですか?」
その笑顔を見て。
ヴェルは少しだけ嫌な予感がした。
◇◇◇
「日差し避け?」
傘屋の主人が首を傾げる。
「はい」
ヒカリは勢いよく頷いた。
「雨の日じゃなくて」
「晴れの日に使うんです」
「ほう」
主人は興味深そうに聞いている。
嫌な予感しかしない。
「ここにレースを付けたら可愛いと思いません?」
ヒカリが傘を掲げる。
主人は黙った。
しばらく黙った。
そして。
「……なるほど」
職人の目になった。
やばい。
これはまずい。
◇◇◇
完成した。
白いレースの日傘。
「かわい〜!」
ヒカリは満面の笑みを浮かべた。
大満足である。
「どうです?」
くるりと回る。
主人は頷いた。
深く。
何度も。
「……これはすごいぞ、お嬢ちゃん!」
嫌な予感。
「雨の日しか売れなかったんだ!」
「晴れの日も売れる!」
「毎日売れるじゃねぇか!」
この覚えのある熱量。
本当に。
やめてほしい。
「これは流行るぞ!」
「いや」
ヒカリは真顔になった。
「流行らなくていいです…」
「何言ってんだ!?」
「お願いがあります」
傘屋の主人は首を傾げた。
ヒカリはそっと両手を合わせる。
「絶対に」
真剣だった。
とても真剣だった。
「絶対に私が関わったと言わないでください」
「は?」
「お願いします」
「なんでだ?」
ヒカリの脳裏に浮かぶ。
『数日後には店になります』
『数週間後には流行になります』
『数ヶ月後には文化になります』
そして。
『気軽に知識を提供するのはやめてくださいね』
「怒られるんです」
「じわじわと相手を追い詰めることに喜びを感じる人に…」
主人はしばらく黙った。
そして。
「よく分からんが分かった!」
「ありがとうございます!」
ヒカリは深々と頭を下げた。
隣で。
ヴェルは静かに言った。
「もう手遅れではないか?」
「言わないでください」




