第六話 暮らしの音
宿へ荷物を置くと、ヴァスキさんが静かに口を開いた。
「ヴェル、私たちは風の神国への報告を済ませておきましょう。」
「ああ。」
ヴェル様も頷く。
「地の神国に滞在する以上、必要な対応は済ませておきたい。」
どうやら二人は、この後しばらく別行動になるらしい。
「すまない、ヒカリ。」
ヴェル様が少し申し訳なさそうに笑う。
「気にしないでください。」
「お仕事ですもんね。」
「よし!」
その様子を見ていたカグツさんが、ぱんっと手を叩いた。
「それじゃあ、その間は私が案内してあげよう!」
「何度かこの街には来てるからね。」
「きっと楽しめると思うよ。」
「本当ですか?」
「もちろん!」
カグツさんはにっと笑う。
「さぁ、行こうか。」
こうして私は、カグツさんとレンと一緒に、地の神国の街を歩くことになった。
◇
街を歩いているだけで、新しい発見が次々と目に飛び込んでくる。
見慣れない道具。
神力を使わずに動く仕掛け。
店先では職人さんたちが慣れた手つきで道具を手入れしていた。
けれど、誰もそれを特別なものとは思っていない。
それが、この国では当たり前なのだ。
「それにしても……。」
私は辺りを見回した。
「他の国より、多種族の人が多い気がします。」
「よく気付いたね。」
カグツさんが嬉しそうに笑う。
「昔からいろんな種族が集まる土地だったからね。」
「神族も、人族も、それ以外の種族も。」
「この国じゃ、あんまり珍しいことじゃないんだ。」
言われてみれば。
背丈も肌や髪の色も、本当にさまざまだ。
みんな自然に笑い合い、同じ街で暮らしている。
「おや。」
露店のおばあさんが、私を見て目を丸くした。
「お嬢ちゃん。」
「綺麗な髪だねぇ。」
「癖のない黒髪なんて、この辺りでもなかなか見ないよ。」
「え?」
思わず自分の髪に触れる。
「それに、その髪飾りもよく似合ってる。」
「良かったら、うちの商品も見ていきなよ。」
露店には色とりどりの髪飾りが並んでいた。
花を模したもの。
小さな宝石があしらわれたもの。
どれも繊細で、とても綺麗だ。
「ほぉ。」
カグツさんが商品を覗き込みながら笑う。
「ヒカリちゃん、気に入ったものがあれば買ってあげるから言ってね。」
「う〜〜ん……。」
どれも可愛い。
少しだけ心が揺れる。
でも。
私はそっと今つけている髪飾りに触れた。
「いえ。」
「これ、気に入ってるんです。」
「可愛いものばかりですけど、遠慮しておきますね。」
レンにもらった髪飾り。
なんだかこれがしっくりきて、他のものを選ぶ気にはなれなかった。
「そうかぁ。」
カグツさんは優しく微笑む。
「大事なものなんだね。」
私は少し照れくさくなって、小さく頷いた。
その時だった。
「きゃっ!」
近くで女性の声が響く。
籠が手から滑り落ち、中に入っていた野菜が石畳の上をころころと転がっていった。
「あっ!」
私は慌てて駆け寄り、転がった野菜を拾い集める。
すると、その隣へレンもしゃがみ込み、何も言わずに野菜を拾い始めた。
二人で手分けをすると、あっという間に籠はいっぱいになる。
「ありがとうございます!」
女性は何度も頭を下げた。
その視線が、ふとレンへ向く。
「わぁ……かっこいい!」
女性はぱっと顔を輝かせる。
「お兄さん、良かったらこのあと一緒にお茶でもいかがですか?」
「……。」
レンは首を横にふるふると振る。
「せめて名前だけでも!」
「宿泊先でも!」
女性は諦めない。
困ったように立ち尽くすレン。
……なんだろう。
胸の奥が少しだけもやもやした。
「……カグツさん。」
「ん?」
「出番ですよ。」
私はカグツさんの背中をぐいっと押した。
「お姉さん!」
カグツさんが二人の間へひょいっと割って入る。
「こちら、保護者付きなので失礼しますね!」
「えっ?」
女性が目を丸くする。
すると今度はカグツさんを見て頬を赤くした。
「わっ……こっちも素敵!」
「えぇ?」
カグツさんは苦笑しながら頭をかく。
「ごめんね。」
「今日は家族で街を回ってるところなんだ。」
「またどこかで会ったら、その時はよろしく。」
女性は名残惜しそうに手を振り、その場を後にした。
しばらく歩く。
すると隣から視線を感じた。
「……何か怒ってる?」
レンが不思議そうに私の顔を覗き込む。
「……別に。」
自分でも驚くくらい、ぶっきらぼうな返事になってしまった。
「ふぅん……。」
レンは首を傾げる。
カグツさんは何も言わず、小さく笑っていた。




