第二十九話 黒い靄
白い布が。
ゆっくりと持ち上がる。
レンが。
静かに身体を起こした。
その瞳は。
鋭く男を見据えていた。
男は。
嬉しそうに笑う。
「やっぱり。」
「君だった。」
レンは無言で立ち上がる。
その瞬間。
ヴァスキさんが動いた。
「動かないでください!」
退路を塞ぐ。
男は周囲を見回し。
肩を竦めた。
「火と風の神王。」
「それに。」
「四神国最強と名高いヴァスキ。」
「随分と。」
「歓迎されてしまったな。」
楽しそうだった。
まるで。
この瞬間を。
待ち望んでいたかのように。
カグツさんが静かに問い掛ける。
「……キミは、誰だい?」
男は。
一瞬だけ目を丸くした。
そして。
くすりと笑う。
「火の神王。」
「勘がいい。」
その笑みは。
どこか懐かしむようでもあった。
「でも。」
「もう。」
「どうでもいいかな。」
男は。
ゆっくりとレンを見る。
「まさか。」
「こんな器に出会えるなんて。」
「今日は。」
「本当に良い日だ。」
レンが眉をひそめる。
「器?」
「まだ死んでないんだけど?」
男は答えない。
ただ。
嬉しそうに微笑んだ。
「君は。」
「知らないんだね。」
「何も。」
次の瞬間だった。
男の身体から。
黒い靄がゆっくりと溢れ出す。
それは。
生き物のように揺れながら。
真っ直ぐレンへ伸びていく。
「レン君!」
ヴァスキさんが叫ぶ。
レンは咄嗟に剣を構える。
だが。
黒い靄は。
剣をすり抜けた。
「なっ……。」
そのまま。
レンの胸へ吸い込まれていく。
レンの身体が。
大きく震えた。
男は静かに笑う。
「あぁ。」
「違和感は。」
「これか。」
ゆっくりと。
カグツさんへ視線を向ける。
「……教えなかったんだね。」
「マナを。」
その言葉に。
カグツさんの表情が。
初めて揺らいだ。




