第二十八話 罠
夜。
街は静まり返っていた。
昼間の賑わいが嘘のように。
郊外にある安置施設。
そこには。
一人の遺体が眠っている。
――そういうことになっている。
優秀で。
将来を期待されていた神官の死。
その知らせは、あっという間に街中へ広がった。
人々の声は低く沈み。
街全体が喪に服しているようだった。
もちろん。
本当の遺体ではない。
施設の中で白い布に包まれているのは。
レンだ。
施設の外。
物陰には。
ヴァスキさん。
ヴェル様。
カグツさん。
そして私。
皆が息を潜めていた。
私は思わず小さく呟く。
「……大丈夫かな。」
隣にいたヴァスキさんが静かに視線を向けた。
「何が、ですか?」
「レンです。」
「遺体のふりをするなんて……。」
昼間。
カグツさんが作戦を説明した時も。
私は思わず声を上げた。
『危なくないの!?』
けれど。
レンはいつも通りだった。
『みんなが囲んでる。』
たったそれだけ。
まるで。
昼寝でもするみたいな顔で頷いていた。
……そういう問題じゃないんだけど。
「無茶しそうだから。」
私の本音だった。
ヴァスキさんは小さく息を吐く。
「大丈夫ですよ。」
迷いのない声だった。
「レンくんに勝てる相手は、そうはいません。」
「私も、ヴェルも、カグツ様もいます。」
「必ず守ります。」
その言葉に。
少しだけ胸が軽くなる。
それでも。
不安は消えなかった。
施設の中へ視線を向ける。
白い布に包まれたレンは。
呼吸一つ感じさせない。
本当に。
眠っているようだった。
静寂。
風だけが静かに吹き抜ける。
時間だけが。
ゆっくりと流れていく。
どれほど待っただろう。
その時だった。
「……来たみたいだね。」
カグツさんが小さく笑う。
いつもの穏やかな笑顔。
だけど。
その瞳だけは鋭かった。
空気が。
ふっと変わる。
風が止む。
辺りの温度だけが。
わずかに下がった気がした。
「……来ます。」
ヴァスキさんの声が低くなる。
私は思わず息を呑んだ。
人の気配。
一人ではない。
けれど。
先頭を歩く一人だけが。
ひどく重く。
ねっとりとした嫌な気配を纏っていた。
安置施設の入り口へ。
ゆっくりと影が落ちる。
黒に近い紫色の髪。
深く被ったフード。
その後ろには。
数人の従者らしき影が続いていた。
男は。
祭壇を見つめる。
そして。
薄く笑った。
「いいね。」
「強い神力だ。」
「……器としても、申し分ない。」
背筋がぞくりと震えた。
男の視線は。
私たちには向かない。
最初から。
興味などないと言わんばかりだった。
「わざわざ、罠にかかってあげたんだ。」
「出てきてもいいんだよ?」
その言葉に。
カグツさんが静かに姿を現す。
「……キミ。」
「あの日に会った時と。」
「随分違うね。」
「もしかして。」
「そっくりさんかい?」
男はゆっくりと視線を向けた。
「火の神王。」
低く。
冷たい声だった。
「やはり。」
「邪魔な男だな。」
空気が張り詰める。
私は拳をぎゅっと握り締めた。
レン。
お願い。
このまま。
何事もなく――。
その時だった。
男の視線が。
祭壇の奥へ向く。
「……へぇ。」
細い笑みが浮かぶ。
「やっぱり。」
「いるんだね。」
私は。
息を止めた。




