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02 崖下と少女


***


 アルバス・サングイスが狂鳴の森に住み始めて十年が経っていた。


「さて、今日は何処に行こうか」


 三角帽子を深く被って白い髪を隠し、認知阻害の魔法がかけられた木組みの家から出て、アルバスは伸びをする。

 アルバスはまだ年若い少年だったが、この狂鳴の森にたった一人で暮らしていた。


「……ねむ」


 三角帽子で隠した白髪を軽く弄りながら、アルバスの口から大きなあくびが出た。

 背後の木組みの家をアルバスは見る。十年も暮らしてきた家には色々な所に襤褸が出てきている。例えば、昨晩などは隙間風があまりに寒く、中途半端な時間に目を覚ましてしまった。


「僕の腕じゃ修理にもそろそろ限界だなぁ」


 家に出来てしまった穴や隙間をどうにか塞ごうと手や頭を動かした事もあったけれど、素人のアルバスでは根本的な解決には至っていなかった。


「そう言えば昨日はやたらとうるさかったな」


 アルバスは思い出す。隙間風をどうにか塞げないか、家の中をあさっていた時、遠くの方で魔物達の狂った鳴き声がしばらく響いていたのだ。

 夜にわざわざ鳴き声を出す様な魔物は狂鳴の森には居ない。であれば、何か理由があったのだろう。まるで何かと争うかのような激しい鳴き声だった。


「大きめの縄張り争いでもあったのかな?」


 もしそうならば、魔物の死体と一緒に魔石が落ちているかもしれない。

 収入源に乏しいアルバスにとって金策の機会は見逃せない。


「なら、今日は魔石探しだね」


 本日の方針を決め、アルバスはボロボロのリュックと弓を揺らし、狂鳴の森へと足を進める。

 昼間だけれど薄暗い森だった。

 絡み合うように複雑に生えた木々が光を遮り、曲がりくねった木々を通った風は捻れ、遠くからの魔物の声を歪に反響させる。

 慣れていなければ方向感覚が狂い、二度と外には出られない魔の森と呼ばれる理由だった。


「ま、十年も暮らしてれば慣れるもんだけど」


 自嘲気味にアルバスは笑い、三角帽子を撫でた。


「確か、あっちの方」


 森が騒がしかった方向を思い出しながらアルバスは進む。


「帰ったら、魔法学基礎入門を読んで、初等魔法学入門の魔弾の出し方を試して、あ、あとアレだ、薬草も煎じなきゃ」


 アルバスは一人で暮らしていてやることも多い。そして、一人だったから独り言だけが話し相手だった。


「……やっぱり、魔物が少ないな?」


 昨夜だけではない。ここ数日、森の様子がおかしかった。

 いつもなら四方から聞こえてくる魔物達の声の圧が薄まっていた。


「冬ごもりの時期にはまだ遠い筈だよね?」


 この様な狂鳴の森は初めてで、少し不気味だった。

 疑問は尽きなかったが、今日の目的は魔石取りだ。アルバスは昨夜声がした方向へ足を進めていく。


「お」


 そして、その途中で一つの魔物の死体を見つけた。魔狼が腹を噛み裂かれて死んでいる。その表面にはビッシリとできたばかりの魔石が生えていた。


「良い感じに魔素を溜め込んでるじゃん」


 ほぼ全ての生命は魔素を取り込み、体内で循環させ魔力とする。その魔力が様々な理由で結晶化し、析出した物が魔石である。


「しかも死んですぐっぽいね。素晴らしい。全然溶けてないじゃん」


 運が良かった。魔狼に生えた魔石は新鮮だった。死体に生えた魔石は大気の魔素と反応し、時間が経てば溶け消えてしまうのだ。


「良いね良いね。高値で売れそうだ」


 アルバスは懐から黒石のナイフを取り出し、魔狼に生えた魔石を根元からグジュリグジュリとえぐり取る。


「大量大量。素晴らしいね」


 額の汗を拭いながらアルバスは採った魔石を溶け消えない様に魔素遮断紙に包みながら、リュックへと詰めていく。


「ま、こんな物か──」


 そして、リュックの半分程が魔石で埋まり、目ぼしい物は採り尽くせたかと立ち上がった時、アルバスの耳に複数の魔物の鳴き声が届いた。

 耳を澄ます。聞こえるのは衝突音と興奮した魔物達の鳴き声だ。


「あっちは確か、牙の崖か」


 鋭い岩が乱立した崖から声は来ていた。

 地形の所為なのか、そこでは魔素が対流し、魔力探索が効かないとされている。

 魔物達はいずれも優秀な魔力感知機関を持ち、これに頼って生きている。故に、どの魔物もわざわざ牙の崖には集まらないはずだった。

 しかし、牙の崖からは勘違いできない程多くの魔物達の声が響いている。


「……行ってみるか」


 牙の崖までは遠くない。黒石のナイフをしまい、アルバスは牙の崖へと向かった。




「――! ――――!」


 近づく程に魔物達の声は大きくなっていく。

 異常だ。アルバスは息を潜め、獣道から木々の中に体を移し、ゆっくりと牙の崖を見た。

 そこでは多数の魔物達が集まり、殺し合っていた。

 主に集まっているのは鷹と狼の魔物だ。空を飛ぶ鷹、地を駆ける狼。種族を問わず魔物達が牙と爪と嘴を刺し合っている。

 岩肌は魔物達の血で染まり、踏み砕かれた魔石が散逸していた。


「こんな縄張り争い見たことないぞ」


 もはや縄張り争いではない。魔物達の目は血走り、不可逆的な傷を負いながら互いを殺しあっている。野生たる生き物が取りうる行為ではなかった。

 どういうことだ? 何があった? 数日前からの森の異常に関係しているのか?

 アルバスの視線が空と地を行きかい、岩肌の中に一つの黒い塊を見付けた。


「……何だ?」


 血で染まった崖の中の小さな黒い塊。

 初め、アルバスにはそれが何なのか良く分からなかった。だが、目を凝らし、一拍遅れて正体に気付く。

 少女が居た。

 牙の様な岩肌に黒髪で二本の白い角を生やした鬼が倒れていた。

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