勇者がいた国 中編
勇者と三人娘の結婚式である竜の月7日まであと半月に迫ったある日。
王城の執務室にて、国王ヘリオスは、側近からここ数日変わらない報告を聞いていた。
「今日も、勇者に通信魔法は繋がらんかったか……」
「も、申し訳ありません!」
優柔不断な勇者がようやくセレーネを正妻に、クロエとルナリアをそれぞれ第二第三と定めたのは帰還パレード当日のこと。
妃の順位に関する部分がずっと宙ぶらりんだった結婚式の準備も同時に再開し、順調そのものだったのだが、今度は式の日がここまで近づいても花婿である勇者が帰ってこないのだ。
事前にお互いのことを考えていなければ繋がらない通常の通信魔法と違い、意識さえあれば呼びかけることのできる家宝の魔法機を使っても一向に繋がらない。
「ほ、本日は時間帯を変え2回、最大魔力を5分も流し続けたのですが……1秒たりとも……」
「まったく、魔力も魔石もタダではないのだがな」
別に、式の準備に必ず勇者が必要なわけではない。
この結婚式は、勇者を所有するサランバルトと、各国のこれからの力関係を示す方がメイン。花嫁達の衣装、装飾や出す料理や催し、細部に至るまで政治的意味や守らねばならない慣習などが山ほどある。
主役とはいえ貴族社会や外交に疎い勇者にやれ花嫁のドレスをもっとセクシーにしろだの、あの国で食べたこの料理を出せだの口を出されたらたまったものではないため、ギリギリまで留守にしてくれることはむしろ都合が良いとさえ思っていたのだが。
「流石に、連絡くらいは寄越すべきであろう」
「も、申し訳ありません!」
青褪めて頭を下げる側近を眺め、ヘリオスはため息をついた。繋がらないのは彼らが怠けているせいではないので、ここで責めても仕方がない。
「明日は朝昼と夕の三度、通信魔法機の使用を最長10分ずつ許可する。流石にどこかで繋がるはずだ」
「は、はい!宮廷魔術師にそのように伝えます!」
側近は弾けるように頭を上げると、魔術師に伝言するため、というよりこの場から逃げるために出口へと急いだ。
パタリとドアの閉まる音のあと、沈黙が降りる。
「勇者カイトめ。何処でなにをしているやら」
1人きりとなったヘリオスが呆れ顔で呟く。
セレーネ含む3人娘達は、きっとカイトが自分達へのお土産を選んでいるのだろうと呑気にはしゃいでいると聞いた。
愛娘の夢を壊すのは忍びなく訂正しないでやっていたが、式を控えた男が女に隠れてやることなどヘリオスには容易に予想できる。
結婚した後に、妻以外の女性に手を出すことは正妻たるセレーネ達はもちろん、サランバルトが許さない。公爵であり既婚者という立場にありながら無責任に種をバラ撒くことはお家騒動に繋がるし、妃の順位による政治バランスも崩れてしまうからだ。
元平民の田舎者が自身の政治的影響力をどれほど理解しているかは怪しいが、『結婚したら浮気はダメ』という一般常識くらいは有してるだろう。それならば、貴族も平民も男が結婚前にやることは一つ。
ズバリ、独身最後の火遊びだ。
通信魔法が繋がらないのも、どこぞの現地妻や娼館などでよろしくやって、昼夜問わず惰眠を貪っているからだろう。
「まったく、勇者にも困ったものだな。英雄色を好むとはよく言うが」
国王とて、いや、国王だからこそ楽観主義ではない。通常国の要人に魔法機を使った通信魔法が通じない場合は最悪の事態を想定するが、勇者カイトにその必要はないだけだ。
旅立ち前、王家が所有する魔水晶で鑑定したカイトの力は、歴代最強だった。
だからこそ勇者一行が魔王を倒すことは確定事項としてあらゆる政治を進めていたし、歴史書によると魔王を倒した後の勇者はその経験値なるものによって更にパワーアップするらしい。
勇者の手綱を今後もサランバルトが握り続けられるよう、調子に乗らせないため敢えてその事実は伝えていないが、もしも今のカイトを『討伐』するとしたら、王国の剣であるリーザベルト騎士団全軍を持ってしても厳しいだろう。
サランバルトより軍事力で劣る他国の刺客が、勇者を無理矢理通信魔法も通じない事態に追い込めるわけがない
そしてあらゆる調査を尽くしても、サランバルト以上の褒美を用意できる国は見当たらない以上、勇者は必ず帰ってくる。
「遊びに夢中になり過ぎて、日付を忘れなければいいが……」
勇者が望むもの、そのすべてを用意してやっている。国王ヘリオスは心からそう信じていた。
◆◆◆
竜の月の1日。つまり勇者とセレーネ達との結婚式まで残り一週間を切ったある日。
「ヘリオス!おい、ヘリオス!どういうことだ!」
「グレイヴ殿!だからその無礼な口を慎みなさいと……いだっ!」
サランバルト王城の廊下で、二人の男の怒鳴り声が響く。ヘリオスが振り向くと、リーザベルト家当主にして騎士団長、グレイヴ・リーザベルトが、ルーン家当主であるザルガラ・ルーンの首根っこを掴んで引き摺りながら迫ってくるところだった。
「勇者の結婚の約束をしていたという少女に、脅しをかけただろう!甥がすべて話してくれた!勇者の故郷を守るのだと意気揚々と旅立ったのに、帰還してずっと塞ぎ込んでいると聞いておかしいと思っていたのだ!」
実は、ヘリオスとグレイヴ、ザルガラの三人は同い年であり、かつてサランバルトの王侯貴族が通う学園の同級生。
学園で学ぶもの同士、卒業するまでは皆平等という建前……校風があった頃の癖で、グレイヴは今でも本気で怒りを顕にするときは国王となったヘリオスに対してもこうしてタメ口が出てしまう。
「声を抑えろ。ここは廊下だぞ?誰が聞いているかわからん」
「否定しないのだな!?」
こうなるから、ヘリオス達はグレイヴに村でのことは黙っていた。侯爵家でありながら地位や身分より実力を重視し、本人の性格も裏表の無いグレイヴは、昔からこのような裏工作や絡め手のようなものを受け入れない。
「……勇者が言いにくいことを代わりに伝えたまで。彼に生涯サランバルトの勇者でいさせるためにも、望む環境を用意してやるのは当然のこと」
「その勇者は本当に帰ってくるのか?連絡すらつかないのに?」
相変わらず堅物の学友に政治のなんたるかを言い聞かせてやろうとしたものの、痛いところを突かれヘリオスは一瞬言葉に詰まった。
だがこれも大した問題ではない。他国ではサランバルト以上の待遇が望めない以上、勇者の帰還は揺るがない。
「タイミングが合わないだけだ!通信魔法機は長時間動かせるものではない。だが、今日か明日にでも……」
「ザルガラ、お前がここに来た理由を話してやるといい」
しかし、気を取り直したヘリオスが強く言い切ろうとした瞬間、グレイヴが先程から引きずっていたザルガラを目の前に押し出した。
「ううっ……」
「な、なんだ?お前まで何かあるのか?」
「そ、その……勇者カイトの帰還が遅れていることで陛下が気を揉んでいるかと思い……我がルーン家では、場所ではなく人を目掛けて飛ぶ転移紋をかねてより研究しておりまして……その、先日ようやく実用化を」
しどろもどろ、目を泳がせるザルガラの報告を聞き、ヘリオスはパッと顔を輝かせた。
「おお!ならば、すぐにでも勇者を連れ戻せるではないか!さっそく……」
何故かタイミングの合わない通信魔法機に大量の魔石を注ぎ込まずとも、その転移紋を使えば簡単に勇者の居場所を把握できる。
知らず知らずのうちに追い込まれていたヘリオスは、そんな素晴らしい知らせであればザルガラがこのように怯えた態度になるわけがないことに気づくのが遅れてしまった。
「いっ、いえ、陛下に献上する前に、まず我が家の護衛に、一旦勇者の様子を報告させようと思い使用させたところ……すぐずぶ濡れとなって戻って来て……護衛曰く転移した瞬間、見渡す限りの海に投げ出され、慌てて帰りの紋を使用したと……」
「なっ……!」
ザルガラが震える声を絞り出し、ヘリオスの顔面に浮かんでいた嬉色も消え失せる。
「そんな、馬鹿な、そんなことはあり得ん!歴代最強の勇者だぞ?軍も動かさず、四方を更地にするような戦闘もせず、勇者をそのような場所に追いやるなど……」
ヘリオスは必死に声を張り上げた。
魔王を倒した歴代最強の勇者を始末するには、大国の軍隊を総動員しても足りない。ましてや何の痕跡も残さず秘密裏に葬れる者など、存在するはずがない。
「それが可能な人物がひとりだけいる」
そのとき、ずっと黙っていたグレイヴが、先程までの怒気が嘘かのように静かに口を開いた。
「勇者本人だ」




