勇者がいた国 前編
勇者カイトが魔王討伐の旅に出てからの、サランバルト国視点の話です。
『勇者一行、夫婦星の下で結婚の誓いを立てる。魔王を倒したその時は』
各国に送り込んだ密偵の通信魔法による情報をもとに書かせた、大手出版社の新聞。
それは勇者の旅路、主に恋愛模様についての進展があるたびこうして一面に記事が書かれ、国王を始めとするサランバルトの上層部に販売前に献上されていた。
「ふむ、我が娘は順調に勇者を籠絡しているように見える」
ヘリオスはその見出しを指でなぞりつつ、満足げに頷く。
「流石は、社交界でも月の女神の如き美しさと讃えられるセレーネ姫です。彼女が居れば、勇者カイトも王都から離れる気など起きないでしょう」
同じ新聞記事を読んでいたザルガラがすかさず王女を褒め称える。
サランバルト国王都、サランバルト王城にて。武のリーザベルト侯爵家当主グレイヴと、叡智のルーン公爵家当主ザルガラ、そして国王ヘリオスがとある密約の為に一堂に会していた。
「いいや。どれだけ丈夫な鎖であっても、一本では心許ない。お前達の娘の献身があってこそだ」
「もったいなきお言葉です」
ザルガラの賛辞に満更でもないように応えつつも、ヘリオスは忠臣達へのフォローも忘れない。
サランバルト王家とここに当主の居る二家との間で結ばれた密約、それは三家の娘達を勇者と婚姻させ、魔王を倒したあとも国の中枢にガッチリ組み込むという計画であった。
「……そうですね。本当ならクロエの婿は、騎士団の中で腕っぷしの良い者から一人選べばいいと思っていました。クロエもそのつもりでいた」
「なっ、グレイヴ殿!無礼ですよ!」
しかしここで、その場にいつつじっと黙っていた熊のように屈強な大男、サランバルト国の騎士団長でありリーザベルト家当主のグレイヴが不満げに口を開いた。
その物言いをザルガラが瞬時に咎める。
「よい、よい。グレイヴがそう思うのもわかる。だからこそ感謝している」
しかし国王はそこまで気分を害した様子もなく、むしろザルガラの怒気を諌めた。
同じ父親として、娘の伴侶には娘だけを一途に愛する誠実な男をという願いは理解できる。同時に男としてそれが幻想であることも理解している。
より美しく、若く、優れた血をもつ女を、より多く伴侶としたい。
強ければ強いほど、雄として優れていればいるほどこの本能には抗えぬものであり、それが魔王をも打ち倒す勇者とくればなおのことと、国王はよーく理解していた。
間違いなく勇者を縛りつける褒美という名の鎖として一番強力で、勇者の血を引く子をより多く増やすことにも繋がる。
だから、選りすぐりの美姫を娘に持つこの二家を密約の相手に選んだ。
ただサランバルトで複数の妻を正式に持てるのは王族と公爵家に限られているため、今以上の地位を望んではいなかったグレイヴが娘を複数の妻のうちの一人とされることに納得がいかないのも仕方ないだろう。
「しかしですね、グレイヴ殿。他ならぬクロエ嬢自身がこの使命を喜んで実行しているのですよ?」
王に諌められては矛を納める他なく、しかし自身も二人の妻を持つザルガラが呆れ顔でそう言った。
事実、グレイヴの娘であるクロエ・リーザベルトは、初対面こそ勇者カイトに切り掛かるという暴挙に出たのだが、騎士団の男達とは比べものにならない実力で打ち負かされたことにより、真っ先に陥落したのだ。
「わかっている。だからこそ俺も受け入れるしかなかったんだ」
「グレイヴ殿!いい加減にっ!」
当時を思い出したのか苦々しさを声に滲ませながらグレイヴが吐き捨てる。
言外に本来なら命令に従うつもりなどなかったと仄めかす無礼さに、ザルガラが再び激昂した。
「ま、まぁよい。まぁよい。理由はどうあれ、今はここに集まっているのがグレイヴの答えなのだ。共に勇者の礎となる我が娘達を見守ろうぞ」
「しかし、陛下……」
「寛大なお言葉をありがとうございます、陛下。クロエが受け入れた以上は、俺も異存はありません」
若干顔を引き攣らせながらもヘリオスが取りなすと、グレイヴも殊勝な態度で頭を下げた。引き際を心得ているあたり騎士らしい潔さだと言える。
ザルガラはまたも振り上げかけた拳の行き先を失い、苦虫を噛み潰したように押し黙った。
「さて、前置きはこれくらいにして。今回お前たちを呼び出したのは、頼みがあるからだ。ルーン公爵家からは大型の転移魔法陣を、リーザベルト侯爵家からは腕の立つ20人ほどの騎士をそれぞれ貸して欲しい」
気を取り直して、ヘリオスは本題に入った。何も、ただ顔を突き合わせて新聞を読むためだけに二人を呼び出したのわけではない。
「軍を派遣するつもりですか。まさか、勇者一行に何か?」
「我がルーン公爵家の転移紋で騎士団を送るということでしょうか?しかし……」
命令であれば、王家からの文書で正式に下せばいいもの。わざわざこの密約の場で個人的に伝える意図がわからず、ザルガラもグレイヴも僅かに怪訝そうな表情を浮かべている。
「心配するでない。派遣したいのは、勇者の故郷の村だ。平和だけが取り柄の片田舎だが、魔物が凶暴化している昨今、万が一ということがあるだろう?勇者の故郷を無くしてしまうわけにはいかん。だが他国の干渉を防ぐために勇者の情報は秘匿している。こちらの動きは最小限にしたいのだ」
そんな二人を安心させるように、ヘリオスがなんてこともないように事情を説明した。
「ははぁ、なるほど。そういうことでしたか」
「ならば是非もありません。さっそく精鋭を厳選しましょう」
「ありがとう。これで話は一旦終わる。後はよろしく頼んだぞ」
したり顔で手を打つザルガラの横で、グレイヴは善は急げとばかりに席を立つ。ヘリオスはひと足先に部屋を後にする彼をにこやかに見送った。
「して、本当の目的は?」
そして扉が閉まると同時に、ザルガラが当然のように国王に訪ねた。此方はしっかりとソファに座り直し、部屋を出ていく様子は微塵もない。
「うむ。ここからが本題だ。勇者カイトの故郷の村に、婚約者がいることがわかった」
対するヘリオスも、当然のように話を再開した。
「なんと!平民にとっての婚約など、何の効力もない口約束だとは思いますが……」
「そうだ。別に、その娘が身の程をキチンと弁えているなら、最下位の妃として認めてやってもよかった。だが……」
平民の妻もひとりだけならいい。後ろ盾が無い故に政治への影響力はほぼなく、勇者も故郷の親しい者が一人でも側に居れば、親や親戚の居ない村に帰りたがる可能性が減る。それはそれで都合が良い。
ただし、それはあくまでその女が決して出しゃばらす、セレーネ達を立てるならばこそ。
「分不相応な夢をみる小娘であれば、躾が必要というわけですな」
「その通りだ」
今や王家に次ぐ(お飾りではあるが)公爵位を与えられると確定している勇者カイトが、平民の感覚のまま自分のところに戻ってくると思っているようでは困る。
ましてや昔の口約束を盾に、己こそが正妻だと主張し、勇者に疎まれたら?
捨てられるのは自業自得だが、それで女が勇者に裏切られた、弄ばれたなどと騒いだ場合、勇者を快く思わない勢力にとって恰好のスキャンダルになる。
勇者の威光は、サランバルトの未来に絶対に欠かせない宝で、防具で、武器なのだ。ほんの少しでもその光を鈍らせる可能性は排除しなくてはならない。
どんな手を使っても。
「では『話し合い』に長けた近衛兵を指揮官につけるとして、その娘が頷かない場合……もし『偶然』『田舎にはあり得ないような強大な魔物』が現れ、そこで騎士達がうまいこと力を見せつけることができれば……きっと感謝のあまり首を縦に振るしかなくなるでしょうな」
「世間話として、かつて闇の誘惑に負け『母国に害をなす存在』となった勇者が『やむを得ず討伐された』話をしてやるのもよかろう」
何も知らない騎士団長は、ただ崇高なる使命と信じ腕利きの精鋭を選んでいることだろう。ヘリオスが一度も例の村を『護衛する』とは言わなかった意味も察せずに。
だが二人に罪悪感は微塵も無い。これが勇者のため、ひいてはサランバルトの未来のためと確信しているからだ。国益という大義のためには、ときに清濁合わせ飲む度量も必要。
グレイヴ・リーザベルトは王国の剣として優秀であれど、使い手としての能力は足りない。ただそれはそれで使い勝手のいいところもあるので、今まで重宝してきた経緯はある。
「しかし、皮肉なものよの。平民の立場で勇者の婚約者の地位など、少しでも政治的な考えを持っていれば早々に放棄し、自ら身を引くだろうに。平民故にその必要性がわからぬとは」
「所詮は平民の女ですから。大方、自分が玉の輿に乗れるかどうかしか考えていないのしょう。まったく、嘆かわしいことです」
「うむ。ならばこちらから現実を見せ、わからせてやらねばなるまい。己がどれ程身の程知らずな勘違いをしているかを」
国を治めるには大局を見据えなければならない。たかだか田舎の小娘一人相手に残酷だと言うなかれ。その小娘一人のために勇者が、そして国が揺らぐというなら、排除するのもやむなきこと。それに何も命まで取ろうというわけではない。……大人しく従うようであれば。
「悪く思うな……愚かな平民の田舎娘よ」
ヘリオスとて、人としての情を全て捨て去ったわけではないのだ。不幸な事故という最悪の手段を喜んで取りに行く程ではない。
願わくばその田舎娘に、こちらの意図を察する最低限の賢さがあらんことを。ヘリオスはそう思った。




