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魔王を倒して故郷の村に帰ったら、幼馴染の婚約者が第四夫人になると言って聞かない  作者: 鶏冠 勇真


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彼女の覚悟 後編

 次の日。トルカ村は十年に一度あるかないかの大騒ぎだった。

 誰もが普段の仕事も遊びも放り出して村のすぐ外に集まり、巨大な肉の塊の解体を手伝ったり、毛皮についた脂をナイフで落としたりなど、大忙しだ。

 何故このようなことになったのか、村の入り口近くの端に住んでいた住民アランの話によると。

 早朝に畑を耕そうと家の外に出たところ、いつもそこから見える村の外の、町からトルカ村に続く唯一の道の向こうで禍々しい黒いモヤが集まっていくのが見えたらしい。

 瘴気が集まる場所には魔物が発生するという話を思い出し身構えたところ、そのモヤはみるみるうちにツノの生えた猪のような形となり、トルカ村の方角へ猛スピードで迫ってきた。そして近づくほどに、それが家よりも巨大な魔物であることがわかり、アランは逃げることもできず腰を抜かしてしまった。

 しかし、その魔物がついに村の柵を飛び越える直前、何処からともなく同じ制服に身を包んだ二十人ほどの集団が現れ、あっという間に魔物を倒してくれたという。

 アランは歓声を上げ、近所を走り回ってこの大事件を伝えていった。当然小一時間も経たずに村中の知るところとなり、全住民が集まった。もちろん、コレットの家にもはしゃいだ子ども達が迎えにきたので、参加しないわけにはいかない。


「えー、ウォッホン。勇者カイトの故郷、トルカ村の住民達よ。魔王が復活して暫く、このような片田舎でもここまで危険な魔物が発生するようになってしまった。だが安心して欲しい。見ての通り、貴方達に降りかかろうとしていた災害は我が王家の剣、リーザベルト騎士団が殲滅した。なに、礼はいらない。魔物の残骸も欲しければ好きに拾うと良い。我らが主君、ヘリオス陛下は公平なお方だ。平民といえど我がサランバルトの勇者を今まで育てた功績のある者達には相応の褒美をと考えていらっしゃる」


 昨日コレット達の家を訪ねてきたあの騎士のような風貌の男が演説している。騎士のようなではなく、本当に騎士だったらしい。それも、王都という都会中の都会から来た。


「このリーザベルト騎士団は、王国最強の剣である。魔王を倒すことだけに特化した勇者の聖剣すら、彼らの剣には敵わぬだろう!かつては、闇の誘惑に負け魔に堕ちた元勇者を討伐した記録さえあるくらいだ」

 

 巨大な魔物は、真っ黒い毛並みと赤い瞳が特徴の、ブラックホーンボアというらしい。

 その毛皮は見た目よりずっと柔らかで、これで村人全員分の毛布やコートを作れる、赤い瞳と魔石はとても綺麗だが数が少ないから金に変えて冬支度の足しにしよう、とにかく肉を焼いて食おう、カイトにも食べさせてやりたかったな、などと誰もが振って沸いた幸運に大はしゃぎだ。善良であるが故に、基本的に人を疑うことを知らない。

 魔物が倒された後に騎士団の後ろからふんぞり返って現れた、慇懃無礼な男の演説はおそらく誰も碌に聞いていない。

 男の方も別に村人に聞かせる必要性は感じていないのであろう。唯一その意味を察せる、コレット以外には。


「……そういうこと」


 村長の娘として、昔から読み書き計算はもちろん、広く浅くではあれど村を守るため魔物や魔法の知識も学んでいたコレットには、この不自然さがよくわかった。

 大抵の魔物は特定の生息区域から出てこないが、稀にそこから逸れて発生した魔物は、人間が放つ微量な魔力に惹かれて人里に向かうことがある。

 人が集まるほど発する魔力量も増えるため、大きな街や都市ほど引力は高まり、人の密度が少ない田舎ほど危険性は低くなるのだ。

 魔物は、町とトルカ村を繋ぐ唯一の道の上で発生した。なのに人口の多い町の方角には目もくれず村へと突進するなど、本来ならあるわけがない。

 そもそも、『偶然』『田舎にはあり得ないような強大な魔物』が発生したのと同じタイミングで奇跡的に王都から派遣された騎士団が現れて退治してくれるなど、話ができすぎている。

 これは見せしめなのだ。王家にとって利益がないと、どころか害があると見做された場合の。

 魔物は村の入り口ギリギリまで引きつけられた。たまたま誰も被害を受けずに済んだが、もし山菜取りなどのために出かけた村人が周辺にいた場合は尊い犠牲ということにされていたのだろう。それくらい、王侯貴族にとって平民の命は軽いということだ。

 

「世界に害をなす魔王を討伐するのが勇者の使命。しかし、国に害をなす存在を粛正するのは我々の使命だ。それを肝に銘じ、常に正しい選択を心がけるように」


 最後の言葉を言う瞬間、男の顔は明確にコレットがいる場所に向けられていた。全住人が揃っていてもこれだけ人口の少ない村だ、つい昨日見たばかりの人物を探すのは容易であっただろう。

 コレットは、今度は何も言い返さなかった。


 ◆◆◆


『勇者カイト一行帰還。聖女セレーネ、剣姫クロエ、賢者ルナリアとの結婚式の日取りも決定!しかし噂では他にもお相手がいるようで……!?』


 いつもの通り王家にとって都合の良い、デタラメだらけのゴシップに塗れた新聞を、コレットは自室のベッドに腰掛け、少しも表情を崩すことなく読んでいた。


「……やっと、終わったのね」


 どんなにデタラメだらけの内容だろうと、幼馴染の無事と帰還だけは真実。今だけは、コレットは心から安堵の溜め息を吐く。

 そして今日に至るまで、彼を信じる気持ちはほんの少しも変わっていない。

 いくら勇者とお姫様達との恋が王家にとって都合が良かろうと、世間に、もしかしたらお姫様自身に後押しされていようと、カイトの心は自分から揺らがないと。

 だがそれだけでは甘かったと、もう知ってしまっている。世界を救った勇者であろうと、貴族にとって都合が良くない、ただそれだけで処分されてしまうのだ。あの日散々利用され、見せしめのために殺された黒い毛と赤い目を持つ魔物のように。


『君が賢い判断をしてくれることを願うよ』


 平民をまるで人に益が有れば生かし、なければ殺す家畜を見るような目で見てきた男の言葉を思い出す。

 あの男は、正妻の座からは身を引くようにとしか言わなかった。出しゃばらず、他の妃達より常に後ろに控えているのであれば、これからもカイトの側にいること自体は許されるはず。


「いたっ……」


 不意に鋭い痛みが走り、コレットは顔を顰めた。知らず知らずのうちに強く握りしめていた紙の端で指を切ってしまったらしい。

 傷の具合を確認しようと痛みを感じた方の手をかざすと、薬指に一筋の赤い線が滲んでいた。

 世界一の指輪を贈ってくれると約束した、左手の薬指。

 この約束が破られることなんてないと、あの頃は純粋に信じていた。


「カイト……」


 ここにはいない幼馴染の名前をそっと呟く。カイトは必ずこの村に、己のもとへ一目散に帰ってくる。

 そんなカイトに、コレットはセレーネを筆頭とする高貴なる女性達との結婚を受け入れさせなければならない。身の程を弁えた理解のある女として、カイトが他の女の手を取らされるのを、笑顔で祝福しなくてはならない。

 本当はそんなことまっぴらごめんだ。考えただけで心臓が無数の針で刺されたように痛くてたまらない。

 それでもカイトが、世界で一番大切な、あの泣き虫の男の子が。世界に散々利用され、あげく魔物のように処分されてしまう未来を防ぐためなら。


「私に、こわいものなんてないわ」

 

 まだ何も知らないカイトは、旅に出る前に宣言した魔王の魔石で作った指輪を携えて、意気揚々とこの家の扉を叩くだろう。

 せめて彼が好きだった、強気でちょっとワガママな自分のまま、第四夫人に収まるための演技をしよう。コレットは心に決めた。

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― 新着の感想 ―
面白い…突然の続きに歓喜して狂喜乱舞しながら何度も読みました。 叶うならば、勘違い女達のその後を見てみたいですね( ˙꒳˙ )
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