・The latter part
9.Confirmation
俺……、来栖雪にとって七瀬宙は、はっきり言ってしまえば異様な存在だった。
平凡で優しくて素敵な彼女がいて……でもどこか浮いていて。 彼のような人間は何人も見てきたというのに言いようのない気持ち悪さがしていたのだ。
さらにその気持ち悪さは彼自身からくるものではないのだ。 彼には何の非もない。
問題なのは……、彼を守ろうとしているナニカだ。
そのナニカは、七瀬を人々の中に埋もれさせようとしている。 隠そうとしているのだ。 誰にも見つからないように……、まるで自慢の恋人を誰の目にも触れさせたくないかのごとく。
きっと俺はそのナニカを暴きたくなったんだと思う。 早速、彼と話をしようと思ったまではいいのだが……。事はそう うまく運ばない。
聞いていた話だとコミニュケーション障害、所謂コミュ障という分類に入ると予測していた七瀬 宙は案外友人も多くクラスの中心に立つ存在ではないものの交友関係が広い。
つまり、話しかけづらい。
放課後、よく花の面倒を見ているからその時にでも話しかけようか? でも、バイトがあるしあまり時間はないからな……。
なんて事を考えていると携帯から着信音が鳴る。
相方の雪からの伝言だった。
それは、今日のバイトが無くなったということ。
「今日しかない……」
小さな決意をした俺は、時が来るのを待つ事にした。
さて、放課後になり案の定一人で花の世話をしている七瀬に一言挨拶する。
「こんにちは、七瀬 宙くん」
「……?」
こちらを振り向き、誰だこいつと言わんばかりの顔で様子を伺う七瀬。
しばらくすると小さく「お前、そんな奴だったけ?」と呟く。
「そんな奴だよ」
心の中でしまったと感じながらも表に出すようなことはしない。
七瀬はため息をつくと「なに?」と要件を聞いてきた。
「最近さ、誰かに守られている気がしない?」
「さぁ……、守られてるって花純とか?」
花純……、藤咲花純か。
七瀬 宙の彼女だ。
冗談っぽく笑う七瀬に苦笑しながら「冗談抜きで」と付け加える。
「……、ストーカーってことか?」
「どうしてそうなったのかは分からないけれど まぁそう考えて差し支えない」
悩む七瀬。
なかなか答えがでないところに藤咲 花純が教室に入ってくる。
「あっ、宙……お話中?」
「あぁ、いや……僕ってさ 最近ストーカーとかにあってたりしないよね?」
その瞬間、教室の空気が変わる。
七瀬は気づいていないのかいたって真顔で聞いているがストーカーという単語が出た段階で藤咲 花純から
殺気が漏れかかっている。その目も据わっていて本当に怖い。
「いないと思うよ……? いたら許さないし」
「だよなぁ……」と呟く七瀬はまだ藤咲の変化に気づいていないようだ。
早くこの場から消えたい衝動に駆られるが堪えもう一つだけ質問する。
「ところで、七瀬 宙くん……君って何か昔からの癖とかあったりしない?」
「癖……、ってあの笑っちゃうやつ?」
「あの笑う?」
「なんだよ、からかってるの? 何か楽しいこと嬉しいことがあったりすると笑っちゃうやつ」
それだけで知りたいことは全部知れた。
収穫はあったようだ。
ナニカの正体もほぼ当たっているだろう。
「いや、くだらないことを聞いて悪かったね 俺は帰るよ」
「えっ、あぁ……なんかお前 本当に変わってない?」
「そんなことないよ」
そう、そんなことないんだよ。
学校を出て私服に着替えた俺は公園のベンチに座る。
「この時からすでにあの癖はあった……世界から好かれているんだ、あいつは」
それにしても、一回だけやらかしたな。
と僕は少し反省する。
てっきり、僕は七瀬 宙と話したことがないものだと思っていたけれどすでに友人関係まで発達していたとは……。
「どこの並行世界でも根本的には同じだな、俺もお前も……」
さて、そろそろ未来に帰らないとみんなに怒られる。
この時代の俺にも迷惑をかけてしまうことになるし。
「時間移動」
短く呟くと俺の身体は青い光に包まれる。
この時代の七瀬 宙が無事に生き残れることを祈っている。
そんなことを考えながら俺は帰還を果たすのだった。
10.Escape
自分の撃った弾が刀を破壊した。
そんな光景に思わず目を疑う。
自分でやっといて何だが……やはり異様だ。
自分が自分でない気がして銃を落としそうになるのを必死に堪える。
とりあえず、花純を瞳夏のところに移動させよう。
「花純、先行ってて」
この場にいるよりはマシだろう。
花純は頷くとその場から逃げる。
逃げ終わるのを確認したその時、視界が酷く歪む。
目の焦点が合わずに視界の端から端まで全てが緑色に染まる。
頭がぐちゃぐちゃになる感覚に泣きそうになる。
それでも……、何をやれば良いのかだけは分かる。
体制を整えて少女の攻撃を避けていく。
何故なら……。
「ほら、次は右から攻撃来るよぉ!」
「ほら、後ろから来るって! 避けて!!」
自分の隣で黄緑色のショートヘアの少女がこちらを応援しながら的確な助言をしてくれるからだ。
「マジで、君は何なの!? どこからやって来てどんな理由で僕の側にいるのさ!」
僕の全力のツッコミに少女はケラケラ笑う。
この少女が現れ始めたのはこの屋上に何故か雪が戻ってきた時くらいだ。
日本刀での斬りつけに一瞬恐怖し身体が止まったところを助けてもらったのだ。
そして、彼女が銃をある場所に焦点を合わせ僕は何故か引き金を引いた。
その弾が刀を破壊したのだから困惑が勝ってしまったのだ。
「あぁ……、やっぱり知りたい? いいよ、その代わり絶対に守って欲しいことがあるんだけど」
しばらく笑っていた少女が呟く。
「守る?」
「うんっ」
僕が聞くと少女は可愛らしく笑う。
可愛いと思うこと以外を許されない強制されたかのような感覚に引っかかりを覚える。
「あなたが今付き合っている人いるでしょ? 絶対に……幸せにしてあげて!!」
叫ぶように答えた少女は刀が消えても果敢に立ち向かってきた少女を止めてそのまま地面に叩き落とした。
一瞬のことで最初は事態の把握が遅れたけどだんだんこの少女がやったことを理解し始める。
空中に浮遊していた彼女は、殴りかかってきた瞳夏のコピーである人口AIの拳を捻り回した後頭を掴んでそのまま地面に……。
「ちょ……、死んでないよな!?」
「AIは死なないよ」
少女は苦笑するもすぐに表情を戻し再び問う。
「それで、お願い聞いてくれる?」
「……君が誰なのか分かんないけどさ、ずっと前からもう決めていたよ、僕を花純が選んでくれる限り僕はそれに応える」
「それでこそ、私と同じ主人公だね……! いいよ、お兄さんに協力してあげる!」
「まずは、忠告!」と少女はゆっくり空を指差す。
その方向を見ると何機かのヘリコプターが飛んでいる。
「あれは、君の命を狙っている組織……えっと、帝国政府だっけ? そいつらのヘリコプターなんだけど多分、色々してくるよ」
「色々って何さ……」
「例えば……」
少女は俯くとゆっくりこう呟く。
「砲撃……とかね?」
瞬間、学校に向けて何人かの男が飛び降りてくる。
手に持っているのは自動小銃。
「君の目ならこの後起きる惨劇が分かるはずだよ」
目って、この緑色に染まってる視界のこと?
少女は僕の考えていることを読み取っているかのように頷くばかり。
「……」
試しに男たちを凝視してみる。
すると、確かに男たちの足元から矢印のようなものが伸びておりその示す方向には僕や、花純 雪に伸びている。
逆に僕からは男たち全員を貫通して通る道が描いてある。
そこまで見た段階で強烈な吐き気に襲われ僕は視界を閉じる。
「最初にしちゃ良い出来だね」
「これは……、一体?」
再び目を開けて辺りを見渡すと男たち花純たちはいなくなっている。
屋上に僕と少女がただ二人でしゃがみこんでいる。
「私や、君に宿っている力……世間一般では主人公補正って言われてるらしいよ?」
「主人公補正……?」
物語の作者がその物語の都合上、主人公に様々な恩恵を与えること。
それが僕に宿ってる……?
第一、それじゃあこの世界は……。
そんな非現実的なことあるわけないじゃないか……。
だが、僕がその疑問を出す前に少女は喋り出す。
「別にこの世界が誰かによって書かれている物語だなんて言わないよ、そんなこと言われたって現実味がわかないだろうし」
「今すでに起きていることが現実味ないんだけどね……」
「ともかく、その力を使って君はこれから大切な人を守って 約束だよ?」
「……、いやその力ってどうやって使えば良いのかすら分からないんだけど……」
「それは、世界が教えてくれるよ 今は目の前のことに集中しよ」
「目の前……?」
僕が前方を振り向くと先程までの光景が蘇る。
男たちがゆっくりとこちらに向かって来ている。
「ッ!!」
僕は慌てて花純と瞳夏の元に行く。
「逃げよう、アイツらにまで構ってられないよ!」
花純はまだ呆然としていたが、すぐに我を取り戻し瞳夏を立たせて出口に向かって走り出す。
逃走に今更気がついたのか銃をこちらに向ける男たち。
だが、次々と男たちは倒れていく。
先程の少女がこちらが攻撃されないように抵抗してくれているのだ。
そこに雪も加わる。
「宙! あの地図の元に向かえ!」
今は詳しいことを聞いている暇はない。
短く頷いた僕は、その場を去ろうとする。
「行こう、あとで雪と遥に合流する」
「遥って誰……? ……さっきから誰と話してたの?」
花純の疑問に僕は我にかえる。
そうだ、遥って誰だ……?
思わず振り返ると少女は、ただ笑っていた。
「えっと、あの黄緑色の髪の毛の……」
「そんな人……いないよね?」
「えっ……」
あの子が見えてない……?
立ち止まってる僕に少女は早く行ってとジェスチャーしながら男たちの増援をなぎ倒していく。
「ありがとう、」
僕の呟きに少女は口を動かした。
「どういたしまして」
そんなことを言われたような気がした。
少女が存在していること そして無事でいることを祈りながら僕は屋上を後にした。
11.Encounter
彼と初めて話したのは、放課後だった。
新学期が始まって早々に行われた席替え。学生にとって席替えは一大イベントで、自然とクラス内は沸き立つ。学級委員がクジを作って、順番に引いていく。前後の席になって喜ぶ女子達や、一番後ろの席をゲットしてガッツポーズをする男子。教卓の真ん前の席になってしまって絶望の表情を浮かべる人もいて、その反応は多種多様で見ていて飽きない。
しばらく待っていると学級委員が回って来て、クジを引いて黒板に書かれた番号と席を確認する。
「ねぇ花純、花純の席どこだった?」
窓際の一番後ろという誰もが羨む特等席を引き当てた千鶴は、上機嫌で私の席まで来た。
「窓際から二番目の、一番前だよ」
「なんだー、花純と前後になりたかったなぁ」
心底残念そうな千鶴。休み時間になったら千鶴の席に行くよ、と伝えれば、絶対ね!と笑顔になった。
全員クジを引き終えて、席の移動が始まる。机を動かす音、椅子を引きずる音が重なって、あっという間に教室内は騒音に包まれる。なんとか席を移動し終えると、既に窓際のお隣さんは着席して、窓からボーッと外を眺めていた。
七瀬宙君。よく来栖君と話している所を見るけれど、直接話したことは無い。クラスの中心にいる方ではない彼は、千鶴曰く「話すと面白いけど元来の人見知りが邪魔してその魅力に気付かれないタイプ」らしい。確かに人見知りとは無縁の千鶴が話しかけた時、戸惑いながらも時間が経つと楽しそうに会話をしていた。私も会話に混ざりたくて近付いたらチャイムが鳴ってしまって、少し残念に思ったのは千鶴には内緒。
席に着いて、そっと隣の様子を伺う。彼はずっと窓の外を見ていて、一向に目が合う気配は無い。せっかく隣に立ったのだから仲良くなりたいけれど、いきなり話しかけても不自然だよね……なんて一人で考えていると、教卓に立った先生の話が始まってしまった。
ホームルームが終わって、下校の時間になる。
「花純、帰ろ!」
「ごめん、今日環境委員の仕事があるの 先帰ってて」
「えーっマジかぁ…… じゃあまた明日ね!」
千鶴とバイバイをして、花壇の水やりをする為にじょうろを持って中庭に向かう。環境委員の仕事はゴミの分別が主な仕事だけれど、担当の先生の意向で今年から花壇の管理も仕事になった。係決めの際、誰もが面倒臭がってやりたがらない中で、元々花が好きだったこともあって自ら立候補した。私の積極的な態度に先生はとても喜んで、今では私の好きな花を学校の花壇に植えさせてくれたりする。
「わ、こないだ植えたの綺麗に咲いてる…… 応えてくれてありがとう 美人さんだね」
花壇の様子を眺めて、一つ一つの花をよく観察する。
昔から花だったりぬいぐるみだったりに話し掛けてしまうのは、癖だ。傍から見たらただただ不気味だろうけれど、話し掛けたらその分応えてくれるような気がして、つい言葉を紡いでしまう。
グラウンドでサッカー部が練習している音、音楽室で軽音部が奏でる音を聞きながら、花に丁寧に水をやって行く。友達と話す時間も好きだけれど、こうして誰もいない場所で静かに花と向き合う時間もとても好きだ。一通り水をやり終えて、花弁に付いた水滴がキラキラと輝く様子を眺める。目の前に咲いている花に手をかざした時、後ろから足音が聞こえた。
「それ、パンジー……?」
小さな呟きが聞こえて、思わず振り向く。するとそこには、今日お隣さんになった七瀬君が居た。
いつもは自分以外誰もいない場所に突然現れた彼に驚いてしまって、一瞬言葉に詰まった。私のその様子に彼もまた驚いて、沈黙が辺りを包む。お互い目が合ったまま一言も発しない中で、話した事の無い女子にいきなり声を掛けてしまった事実に気が付いた七瀬君の顔が、みるみる内に赤く染まっていく。
「ご、ごめん!その花、前に読んだ本に載ってて、すごく綺麗に咲いてたからつい…… まさか学校の花壇にあると思わなくて、って言うか花壇の世話してたの藤咲さんだったんだね…… って何言ってんの僕……!?」
テンパリまくっている七瀬君。支離滅裂な言葉を並べて一人で焦っている彼の姿はとても新鮮で、初めは驚いて固まってしまった私も、段々となんだか笑えて来てしまった。堪えようとして失敗して思わず吹き出した私を見て「えぇ!?」と驚く七瀬君がまたツボで、つい声を上げて笑ってしまう。
テンパっていた七瀬君もしばらくツボにハマっていた私もようやく落ち着いて、花壇の向かい側にあるベンチに二人で腰掛けた。
「いきなり後ろから声掛けられて、びっくりしたよ
まさか七瀬君だと思わなくて」
私がクスクス笑いながら言うと、七瀬君は決まり悪そうに頬を掻きながら苦笑いをした。
「ごめん、何も考えてなくてつい…… 僕もびっくりした、花壇の世話してたのが藤咲さんだったなんて」
委員会の仕事?と七瀬君に聞かれて、半分そうで半分は自分の趣味と答える。七瀬君も妹さんの影響で花には興味があるらしく、私は嬉しくなってつい花について熱く語ってしまった。私が話している間も七瀬君は真剣に聞いてくれて、時間を忘れてベンチで二人で話し込んだ。
いよいよ生徒は帰らなければいけない時刻になって、二人で校門を出る。
「今日はありがとう 楽しかった」
私が言うと、七瀬君も「僕も、楽しかった」と小さな声で言ってくれた。バイバイを言って駅に向かおうとする。するとその時、後ろから「ふ、藤咲さん!」と声が聞こえた。振り向くと、どことなく緊張している様子の七瀬君の姿。どうしたのかと思って首を傾げると、存分に溜めた後、七瀬君は言った。
「また……花の話、しませんか!?」
話している間も目を逸らしがちだった彼が、真っ直ぐ私の目を見ているのが遠目にも分かった。彼の瞳の奥に映る私が見えた気がして、不意に胸が高鳴る。
心臓の鼓動が一瞬にして早くなって、顔だけでなく身体全体が熱くなった。頭の中に、昼間見た無表情の七瀬君や、話していた時の七瀬君の不器用な笑顔が駆け巡って、フリーズしてしまう。言葉を返さない私の様子をどう捉えたのか、七瀬君が何か発しようとしたところに被せて私も叫んだ。
「もちろんだよ! また、明日ね!」
自分に出来る精一杯の笑顔を添えて、七瀬君に手を振る。恥ずかしくなる前に七瀬君から顔を逸らして、駅に向かって走った。後々聞いた話によると、彼はこの時「落ちた」らしい。「何に?」と聞く私に彼は「その鈍さが天然って、ある意味タチ悪いよね」と呆れたような顔をした。
次の日から私と七瀬君は、隣の席同士で花以外の他愛も無い話もするようになって、いつの間にか仲良くなっていた私達の姿を見た千鶴が驚いていた。七瀬君と話す時間は本当に楽しくて、人見知りをする彼が私に心を開いてくれたことも嬉しくて、私達の距離はどんどん縮まっていった。環境委員の仕事をする時も七瀬君が手伝ってくれたり、初めて話したベンチに座って沢山の話をした。
私が彼への恋心を自覚するまで、そう時間は掛からなかった。
ある日、いつもと同じように二人で花壇の水やりをして、今日はもう帰ろうかとなった時。本当はこの後彼と話をしたかったけれど、どこかソワソワしている彼が気になって、何か予定があるのかと思い言い出せなかった。少し残念に思いながら、じょうろを片付ける為に中庭から出ようとする。すると突然、私の視界に一輪の花が現れた。
どうやら七瀬君が私の隣に回り込んで、私の目の前に花を突き出したらしい。急なことに驚く私と、固まっている七瀬君。プルプルと震えながら俯いている七瀬君と花を、順番に見比べる。その間も七瀬君は一言も発しなくて、私は少し困惑した。困惑しながらも、七瀬君が持っている花の美しさに目を奪われる。
その花は、赤色のゼラニウム。前に七瀬君と話した時、私が好きだと言った花だった。
私の好きな花を覚えてくれていたことが嬉しくなって、いつもの癖で花言葉を考えると、頭に一つの言葉が浮かぶ。それに対しての彼の想いに気付いた時、私の中で言葉に出来ない程の感情が溢れ出た。
意図せずぼやけた視界の端に映った彼が、ゆっくりと静かに口を開く。
「……ここで藤咲さんと出会って、話すようになって…自分の中で何かが変わった いつの間にか僕の中で、藤咲さんがかけがえのない存在になってた」
時折詰まりながら、一生懸命言葉を紡ぐ彼。髪の毛から覗く耳は真っ赤に染まっていて、花を持つ手も震えていた。
「僕って性格も大して良くないし、飛び抜けて運動が出来るわけじゃない でも、藤咲さんを想う気持ちは…… 誰にも負けない だから……」
そこまで言うと、彼は私の前に立った。
「僕と、付き合って下さい」
涙でぼやけた視線の先の彼はとても恥ずかしそうだったけれど、しっかりと私の目を見つめてくれていた。零れそうになった涙を拭って、彼に想いが伝わるように、私も満面の笑みで応える。
「私の方こそ、よろしくお願いします」
こうして私達は、沢山の花に囲まれながら結ばれたのだった。
ー***ー
「あの時の宙、格好良かったなぁ」
デートの時に何気なく思い出した告白の話を宙にすると、案の定恥ずか死にしそうになっていた。
「なんだよ急に……! 思い出すだけであの時の自分がキザすぎて恥ずかしいんだから、掘り返すな!」
掌で顔を隠しながらあああと悶えて照れまくる宙。確かに今思えばキザだったかもしれないけれど、私はとても嬉しかった。
「そう言えば、どうしてあの時ゼラニウムをくれたの?他にも色々、花の種類あったのに」
「……まぁ、ベタなのはバラとかカーネーションだけど……ゼラニウムの花言葉が、僕の気持ちにピッタリだったんだよ だからどうしても、贈りたかった」
真面目な顔でそう言う宙。思わず笑顔が零れて、隣の宙の手を繋ぐ。それにまた照れた宙だったけれど、しっかりと手を繋ぎ返してくれた。
あぁ、幸せだな。
この幸福がいつまでも続きますように、と願いながら、宙と目的地への道を歩いた。
赤色のゼラニウムの花言葉ーーー『君ありて幸福』。
12.Despair
「なんで、今更になってこんな夢見たんだろ……」
勝手にあふれていた涙を拭って僕は外に出る。
あの屋上での襲撃から無事に逃走に成功した僕たちは、未来の雪が示した場所に辿り着きそこにいた葉山由梨さんという女性に匿われることになった。
雪の上司と名乗る彼女は、とあるアパートの一室に僕たちを招き入れた。
数十分後に雪と遥も到着し事態の把握とこれからの計画は明日練ろうということになって僕たちは眠りについた。
家への連絡は何故かする気になれなかった。
そして、僕がその日見た夢は花純と出逢えたあの日の記憶だった。
興味があった花がクラスでいつも綺麗に咲いていて誰が手入れをしているんだろうと気になっていた。
とある日の放課後、花の世話をしている人を見かけて思わず声をかけてしまった。
その世話をしている人物こそ花純で彼女は自分の持っている花の知識を僕に教えてくれた。
その日、帰宅するときまた花の話をしようと僕は花純にお願いをした。
「もちろんだよ! また、明日ね!」と笑う彼女に僕は、「落とされた」。
身も蓋もない話をしてしまうとするならば僕は彼女に惚れたのだ。
そこから僕と花純は毎日他愛のない話をするようになった。
そして、ある日僕は彼女に告白した。
彼女は泣きながらも受け入れてくれた。
あの時の自分のキザな発言には今も悶えてしまうほど後悔しているけれど。
でも、それからの花純との日々は間違いなく幸せで。
昨日だってその一環のはずだった。
なのに、わけのわからない現象に巻き込まれて自分の子どもと名乗る少女が現れてその少女の生きる時代では花純は死んでしまって……挙げ句の果てに全く知らない人間を亡くす運命にあって。
その運命を消したければ自分の子どもを消さなくちゃいけない。
なんで、こんな事になったんだろう。
自然と涙が溢れてきた時、隣に誰かが立った。
「ごめんね、」
「なんで謝るのさ」
「自分のことに精一杯で大切な人が苦しんでいるのに気づけなかった……ううん、目を背けようとしていたんだと思う」
「そんなことない、手を握ってくれた時本当に嬉しかった すごく安心した 花純がいなかったらって考えるとすごい怖い それに……」
涙を拭った僕は花純の方を向く。
花純も何も言わずに僕を見つめた。
その目は真っ直ぐ僕のことを射抜いていて、でも今はその感覚が救いになって……。
「僕が勝手に苦しんでることなんだよ、これは」
それから、僕は深呼吸してからゆっくりと告げる。
これだけは言わなくちゃいけない気がした。
「ありがとう、僕を選んでくれて」
「私こそありがとう、辛い選択だったはずなのにそれでも私を選んでくれて」
そう言って微笑む彼女を見て僕はきっとこれから先何度も思う……思いたい感情を抱く。
「好き」
「……」
そして、だんだんと自分が口から発した単語に気づき熱が上がるのを抑えられなくなる。
きっと、とんでもなく赤面してるんだろうな……。
何も答えずに顔を真っ赤にする花純に「今の忘れて!」と必死に訴えるが段々とニヤけていく顔を見ていると諦めがついてきた。
きっと、今後もネタにされるんだろう。
もしかしたら、千鶴ちゃんにでも言いふらすのかもしれない。
「絶対に誰にも言うなよ」
「えぇ、どうしよっかなぁ 千鶴に惚気話待たれてるから」
「やっぱり千鶴ちゃんか! あの子絶対広めるからやめてほしいんだけど!」
「そういえば、雪くんから聞いたよ? 宙って主人公っていう位置に立たされているんでしょ? だからあんなキザな告白できたんだね」
「やめて!? マジであの話だけは掘り返さないで!?」
僕の必死の命乞いを花純は小悪魔のような表情で眺めていた。
あぁ、これもうダメかもしれない。
絶対に言いふらされる。
そんなくだらない事で絶望している自分に笑える。
僕たちは、どんなに非日常なことが起きたっていつもみたいに笑えるんだ。
こんな風に花純と話せるんだ。
でも、それでいい。
そんな関係でいい。
どんな形であっても笑い合えているなら、冗談を言いあえるならそれでいい。
その時、「よくこんな朝からイチャイチャできるよねぇ」とからかうような声が聞こえてきた。
声の主は黄緑色のショートヘアの少女、遥だった。
「この子……って」
「あっ、今日は見えるんだね……」
なんて一人で納得していると遥は楽しそうに笑う。
「私の名前は遥、よろしくね!」
「えっと、うん……私は花純 よろしくね」
そこまで花純が言うと遥は笑い出した。
突然、お腹を抱えながら笑い出す遥に僕と花純は戸惑う。 しばらくして遥は、落ち着くと「ごめん、ごめん」と謝った。
「それでね、私が見えるようになったのは道が決定したからだよ」
「決定?」
意味深に告げる遥に疑問符を浮かべる僕と花純。 でも、本当に何の道が決定したんだろう。
考えていると遥は昨日みたいに空中に浮きながら「どこかでお話ししない?」と聞いてきた。
朝の5時半。
確か会議まで30分くらいあるはずだ。
「僕はいいけど……花純は?」
「あっ、じゃあ私は部屋で待ってるよ」
そう言ってその場から去ろうとする花純。
けれど、それを遥は拒んだ。
遥は静かに花純の腕を握っている。
「えっと……、」
困惑を隠せていない花純に遥はゆっくり口を開いた。
「あなたとも……お話ししたい、そう約束したから!」
「私と……?」
「うん、三人でしたい!」
寂しそうに笑う遥は以前に何処かで見た気がした。
そうだ、瞳夏と同じ……。
「私、未来から来たんだ 雪と同じ時間から」
「どうして?」とは花純は尋ねかった。
その代わりに「雪さんとはどんな関係?」とか「未来はどんな風な世界なの?」とか。
今回の件に直接的に関わるようなことは聞かない。
意図的に避けているに違いなかった。
「雪は、私を引き取ってくれている会社でバイトしているんだよ」
そう言うとゆっくりと歩き出す遥。
やがて空を掴むように手を握る。
「未来は、堂園なんかよりももっとスケールの大きい組織が壊滅させたの だから葉山さんを中心として私たちが集まってその組織に抵抗していた」
「それ、結局どうなったんだよ」
僕の問いに遥は静かに笑う。
「組織は潰せたよ、けれど私たちはとんでもないものを発見してしまったからその世界を追放されたの」
「追放って……どういうこと?」
「強制的に並行世界に追い出されたの そこでなんとか暮らし始めたけれど あと一歩遅かったら私たちは消滅していた」
現実味のない回答に花純は俯く。
「平凡なんて一瞬で崩れ去るんだよ、私たちは偶然物語が始まったけれどそもそも、人生なんて偶然の塊なんだから こんな事が起きた以上現実なんて概念は捨てた方がいい」
「って、葉山さんが言ってた」と遥は付け足した。
それはそう考えられて割り切ることが出来たら楽だろう。 でも、人間はそんな都合よく出来てない。
「ところで」と花純が何かを思いついたかのように遥に質問する。
「遥ちゃんたちは、何を見つけたの?」
遥は途端に真面目な顔つきに戻ると唇をかんだ。
だが、やがて意を決したのか次のように教えてくれた。
ー***ー
この世界はね、いくつもの世界が平行線上に並んでいるの。 それを堂園は見つけたわけなんだけど その並行世界はほぼ無限にあって私たちは、√と名付けていた。
例えばこの世界は√Cの1番。
√Cという世界の基本というか……一番安全なルートなんだよ。 この番号が1から離れていくごとにこの世界とはかけ離れた世界に変わっていく。
例えば、100番辺りなんかは七瀬 宙という人間の存在そのものがない世界かもしれない。
瞳夏ちゃんだっけ? 彼女が生きていた未来も√Cの割と1という番号に近い数字の世界なんだと思う。
そんな無数の世界がある中で唯一、その世界しかなくて似たような並行世界がない世界線があるの。
それを私たちは、こう名付けた。
世界の中心。
その世界だけは決して消えることのない完璧な理想郷。 〈√0〉と呼んでいた。
やがてこの√0を堂園は手に入れようとするの。
だから、それを阻止するために……私はこの時代に来たんだ。
ー***ー
そんな遥の話を聞いていた僕はある疑問が浮かんだ。
なんで、√0と呼ばれる並行世界を見つけただけで追放されるんだ……?
そんなに人に見つかってはまずい世界なのだろうか。
そんな僕の疑問を読み取ったかのように遥は首を振る。
「√0は本来、世界から消された者が集められるの」
「世界から消えるって……じゃあ、瞳夏は!」
「彼女は、自分が死ぬだなんて甘い考えだったみたいだけど現実はもっと悲惨 √0に送り込まれるのだから」
なんか、√0が最悪みたいな言い方だな……。
それは花純も思ったらしく「√0はどんな世界なの?」と疑問を口にした。
「√0に、子どもは存在しない」
「えっ……?」
「あの世界は子どもが生きることを許されない 送り込まれた子どもは大人たちの奴隷になることを強いられる」
「全ての意味を含めた奴隷ね」と付け足した遥は感情が抜けたかのように虚ろだった。
「私の大切な人もその世界から逃げてきたの だからなんで堂園がその世界を狙ってるのかは分からない けれど、あの世界だけは間違いなく関わっちゃいけない」
そこまで聞いた花純は俯く。
「じゃあ、瞳夏ちゃんはそんな世界に送りこまれることを知らないで……」
「そうだよ、でもどうしようもできない 彼女の運命はもう決まってる もう終わってるんだよ」
吐き捨てるように呟く遥に花純は我慢の限界だったようで声を張り上げる。
「そんな言い方しなくてもいいじゃない! 瞳夏ちゃんだって……!」
「じゃあ、あなたは瞳夏っていう子に死ねって言うの? その場合、堂園の計画の一つは達成されるわけなんだけど」
「……私は、瞳夏ちゃんに生きてほしい」
「それは無責任だよ」
遥は、空中に浮遊すると太陽を睨む。
ゆっくりと掠れるような声で何かを呪うような口調でこう呟いた。
「あの子に課せられたのは犠牲 世界が決めたことに抗うことはできない」
瞳夏の寂しそうな笑顔が頭に浮かぶ。
自分を慕ってくれようとした優しい年下の女の子は、死ぬか生き地獄を見るか。そんな未来しかないのか……。
何も喋ることができないまま、時間だけが通りすぎていった。
13.Determination
それからしばらく時間が経って各自で朝食を済ませ終わった段階で僕と花純、それに瞳夏は葉山さんたちが待つ会議室に向かう。
部屋の扉を開けるとそこには、葉山さんに雪、そして遥がいた。
「集まったところでもう一度簡単な自己紹介を始めようか まず、私は葉山由梨 未来でとある仕事を受け持っている」
「んで、その仕事のバイトをしているのが俺 未来……三年後から来た来栖雪だ」
「三年前、雪と友人だったこの時代の七瀬宙です」
「彼女の藤咲花純です」
「七瀬 宙の子どもです、18年後からきた七瀬瞳夏です」
「訳あって、葉山さんの会社で過ごしている遥です!」
約一名のみ若干自己紹介にもなってない気がするが今は置いておこう。
「それにしても……宙、まさかこの時代でも会えるとは驚きだ」
薄々感じてはいたが、やはりそうか……。
葉山さんの態度を見て予想が確信に変わる。
「僕が入社するのがあなたの経営している会社なんですよね?」
「あぁ、だいたいあってる お前はいつどの時代でも変わることはないな その特徴の無さ……平凡すぎるところが不気味だ」
「葉山さん」
雪が注意すると葉山さんは軽く咳払いをしてからある資料を渡していく。
「まず、今回の我々はある3つのグループに分かれたいる」
「3つ?」
「そうだ、私と雪の堂園を殺したい派 宙や花純 瞳夏が瞳夏のいた未来を消すことだ そして、宙を守りたい遥……この3つのグループに分かれ……」
「ちょっと待った!! 遥はどゆこと!? 僕を守るって……そのためにあの屋上でいきなり現れたの!?」
「うんっ」
「元気いっぱいで返事ありがとう!? でも、守るって言っておきながら前半応援してただけだよねぇ!?」
「終わりよけれ全て良し」
「ざけるなぁっ!!」
僕の叫びが会議室に軽く響く。
肩で息をするも遥は相変わらずケラケラ笑っている。
雪も苦笑しながら頷く。
「俺もあの時は驚いたな、宙を主人公と認識した時にいきなり見えるようになったんだからな、言っとくけどそいつは、どんなに拒否しても付いてくるぞ」
そんな脅しに僕は頭を抱える。
「大丈夫、次はちゃんとバックアップする!」だなんて言ってくれるけれど本当に信用していいのか……これ。
「話を進めるぞ、そんな私たちだが共通している目的がある それは堂園の計画を崩すことだ」
「そこで、確実に宙の命を狙ってくるであろう堂園たちを迎え撃つためにある計画を立てた」
雪の言葉に葉山さんは頷くと資料の裏ページを見るように告げる。
そこに書いてある作戦についての説明を聞き終えた僕たちは一旦解散してそれぞれの準備をすることになった。 決行は明日。
緊張などという悠長なものは感じずただ若干の恐怖が押し寄せてくる。
若干なのは遥曰く世界がそういう感情を省いて安心させてくれているから……とか。
ちなみに、そこで聞いた話なのだが僕が楽しい時や嬉しい時に笑ってしまうのも世界に強制されているのだとか。
楽しい、嬉しいというプラスの感情をインプットさせるために……。
ちょっと考えすぎじゃない? なんて苦笑したら至って真面目な顔で「そう考えといた方がいい」とか言われるもんだから悩み始めてしまう。
僕は生まれてからどれだけ世界に縛られていたんだろう……?
まぁ、そのおかげで死なずに済んだわけだしポジティブに考えよう。
今はそんなこと考えている余裕ないのだから。
息抜きの一つでもしたら明日のことだけを集中して考えることにしよう。
「花純、お願いがあるんだけど」
「どうしたの?」
深呼吸をしてから僕はゆっくりと告げる。
「この後、瞳夏を連れてデートの続き……しない?」
瞳夏の動きが止まる。
遥が何故か俯き、雪は苦笑している。
花純は……、「いいよ」と快く了承してくれた。
きっと瞳夏と色々話したいことがあるに違いない。
朝に遥から教えてもらってこと、信じたくないけれど何故か僕の心に強く残っている。
それは、きっと花純も同じなんだろう。
こうして、僕は人生で最後になるかもしれないデートをすることになったのだ。
14.Sin
あの日、私は初めて人を殺した。
その感覚は今でも覚えている。
恐怖に怯えながら何故、私が? と言わんばかりの表情。 けれどその顔が変わることはもうない。
心臓を貫かれ絶命した彼女を見て私は強烈な吐き気に負けてしまう。
胃の中にあるものを吐き出した私は涙で顔を濡らす。
人を殺してしまった。
自分の目的のために……、まだ無関係な人を……。
溢れる血が緑色に変色する。
きっと、それは私の目が変わったからだ。
「ごめんね、世界……隠蔽までしてもらっちゃって」
震える身体を押さえつけ私は静かに立ち上がった。
そして、後に母親になるかもしれなかった女性の亡骸に一言告げる。
「ごめんなさい」
俯きながら前を向いたその時目の前に人がいたことに今更気がつく。
「いつの間に……!?」
慌てて先ほど少女を殺した武器を取り出す。
焦るな……。
焦るな……!
慎重に狙いを定めようとするがそれは叶わなかった。
少年の手が私を包み込んだからだ。
「辛かったね……」
「あっ……」
人を殺したというのに、私の目から涙が溢れる。
まだ、私は……正常なままでいられるんだ。
顔も名前も声も知らない男の人の胸で私はただ泣いた。
やがてしばらく経つとごめんと謝りながら少年が身分証明書を取り出す。
「俺は、来栖 雪 君と同じ……いや、違うな 別の未来からやってきた人間だよ」
彼はなぜか私のことを知っていた。
そして、私から全てを奪った時間とその支配者のことも 全部知っていた。
「この駅に向かってみて きっと君の望む人に会えるよ 俺とはその後に合流だよ」
雪と名乗る人物はそれだけ告げるとその場を去った。
後ろを振り返るとすでに少女の姿はなかった。
なかったというのに私は消えていない。
やはり、この時代の母親を殺しても意味はないらしい……。
なら、やっぱり当初の予定通りに事を進めるべきだ。
時間の支配者である堂園を殺し、お父さんを助ける。
別の未来からの協力者もいるんだ。
きっと、大丈夫。
そう自分に言いつけた私は自問自答する。
「じゃあ、私は?」
そして、すぐに結論が出る。
消えてしまおう。
こんな世界から……永久に。
それが一番いい。
私に幸せは似合わないのだから。
15.Comfort
宙の提案で実現した、瞳夏ちゃんを誘ってのデートの続き。近くの綺麗な花畑がある公園はどう? と宙に聞けば、二つ返事で了承してくれた。大変な状況の中でのデートに少し不安も残るけれど、こんな時だからこそ気分転換に楽しまなきゃね! と自分を盛り上げる。荷物を整理したりなどの軽い準備をして、宙と瞳夏ちゃんと3人で目的地に向かった。
公園に着いて、まずはお目当ての花畑に向かう。可憐に咲く花々に私と宙のテンションは跳ね上がって、目を輝かせる私達とは反対に瞳夏ちゃんはオロオロしていた。瞳夏ちゃんの手を取って駆け出す。初めは少し戸惑っていた瞳夏ちゃんも、徐々に笑顔を見せるようになった。
沢山の花それぞれにある花言葉を教えたり、咲く季節を説明したりする度に、瞳夏ちゃんは興味深そうに聞いてくれた。楽しそうに笑う瞳夏ちゃんに、宙は慈しむような目を向けていた。
噴水広場で宙が落ちそうになって大笑いしたり、蜂が飛んで来て瞳夏ちゃんと逃げ回ったり。どんなに些細なことでも一つ一つが楽しくて、私は異常現象が起こるようになってから初めての安らぎを感じていた。そんな中でも瞳夏ちゃんの瞳は時折憂うような色を含んでいて、無理して笑っているように感じる。
時間が経って飲み物を買いに行くという宙を見送って、瞳夏ちゃんと2人きりになった。他愛も無い話をして「今日は楽しかったね」と一日を振り返る。
すると突然、今まで笑顔だった瞳夏ちゃんの顔が泣き出しそうに歪んだ。驚く私の隣で、堪えきれなかったように涙を溢れさせる瞳夏ちゃん。
「瞳夏ちゃん……どうしたの……?」
瞳夏ちゃんの肩に手を回して、出来るだけ自分の方に身を寄せる。その間も瞳夏ちゃんは泣きじゃくるばかりで、一向に泣き止む気配が無い。
心配になってひたすら肩をさすっていると、瞳夏ちゃんはぽつりぽつりと語りだした。
「……私、生きている価値が無い人間なんです」
突然放たれた言葉に、衝撃を受ける私。瞳夏ちゃんは笑顔の裏で、自身が生きている意味を、自身の価値を見出せずに、孤独に悩んでいたことを私に話してくれた。嗚咽をこぼしながら悲痛そうに語る瞳夏ちゃん。そんな彼女の姿がいたたまれなくなって、私は瞳夏ちゃんの正面にしゃがみ込んで両手を握る。
「生きている価値が無い人なんて、誰も居ないよ」
言葉に気持ちを込めて、想いが伝わるように話し掛ける。瞳夏ちゃんの目からは今にも涙が溢れそうで、私を見つめる瞳の奥はユラユラと揺れていた。
「瞳夏ちゃんは今、自分が居なくなっても誰も困らないし、悲しみもしないって思ってるかもしれない
でもこの世界に誰からも必要とされてない人は、一人
も居ないんだよ みんな誰かしらから必要とされてて、
大切に思われてる それに本人が気付いてないだけ」
風に靡く瞳夏ちゃんのラベンダー色の髪の毛に、そっと触れる。
「考えてみて もしここで私が居なくなったら、瞳夏ちゃんはどう思う?」
「そんなの、嫌です……」
「でしょ? 瞳夏ちゃんも同じ 瞳夏ちゃんが居なくなったら、私も、宙も悲しむ 雪君だって」
「違いますよ 私と花純さんは、違う」
「同じだよ」
力を込めて言うと、瞳夏ちゃんはビクッと肩を震わせた。
「そもそも、価値なんて考える必要が無いの 人生は何が起きたって自分のものなんだから、自分の好きなように生きれば良いだけ そこに他人からの評価とか価値だとか、要らないんだよ」
「……私は、お母さんと花純さんを重ねてしまっているんです 花純さんは関係ないのに……甘えたいって身体が叫ぶんです……! こんな奴に生きてる価値なんて……!」
「じゃあ、私がお母さんで良い」
キッパリと言い放つ。
涙を拭こうとせず震える声で瞳夏ちゃんは問う。
「どうして、そんなに私に優しくしてくれるんですか……?」
「相手が誰だろうと関係ないよ 罪悪感に押しつぶされて苦しんでいる瞳夏ちゃんを、放っておけないの」
ね? と優しく笑顔を心掛けて言うと、瞳夏ちゃんが顔を上げた。少し自分語りしすぎたかな、と内心で反省して、最後に付け加える。
「私は瞳夏ちゃんに、生きてて欲しい 瞳夏ちゃんという存在を、覚えていたいの」
それは、残酷な願いだ。
結末を知ってるくせに……。
このままだと瞳夏ちゃんは大変な目に遭ってしまうのに……。 けれど、ついに私はそのことを口に出すことはできなかった。
少しの間を置いて、瞳夏ちゃんは笑顔ではい、と頷いてくれた。頬に流れていた涙を拭って、華奢なその身体をギュッと抱き締める。
3人分のジュースを買って戻って来た宙は抱き合う私達の姿に驚いて、何があったのかそっと私に耳打ちして来た。なんでもないよ、大丈夫。笑顔でそう伝えると、困惑しながらも納得してくれた。瞳夏ちゃんも先程の暗く沈んだ表情から一転、いつも通りの明るい笑顔で宙からジュースを受け取る。
「美味しそうだね、これ」
「あぁ、ベタなのにしたんだけど、瞳夏飲める?」
「飲めるよ!ありがとう」
ジュースのプルタブを開けようと、指を掛けたその瞬間。
「随分と平和な光景だねぇ、こんな状況なのに」
背後から聞こえて来たその声に一瞬にして鳥肌が立って、異様な気配に向かって振り返る。そこには私達の敵である、人口AIが居た。
16.Battle
暗い夜道を僕と遥は静かに走っていた。
遥は僕の方を一瞬向くけどため息をつきながら時間を確認する。
「まだ、4時半なのに……こんな朝早くから向かうことになるなんて」
愚痴をこぼす遥。
そんな遥に僕は問うことにした。
「瞳夏と何を話していたの?」
「気になっていたこと」
なんだ、それ……?
やがて意味を理解出来なかった僕に瞳夏は語る。
「主人公と呼ばれる世界から選ばれた……偶然の産物のような人間がいる……それが私であって宙でもあるんだよね」
「うん、雪から昨日 散々聞かされたよ」
雪は、デートから帰ってきた僕を待っていたかのように葉山さんと二人きりで僕に主人公とは何なのか? を説明した。 説明と言うよりは葉山さんとひたすら議論していただけのように思えるけど。
まぁ、人それぞれ様々な解釈があることは分かったから良しとする。
「ご苦労様、それでね 私は昨日宙と話す瞳夏を遠目から見ていた そしてふと疑問に思ったことがあった
なんで、瞳夏こそ序列のことを知っていたの? という疑問」
私は、未来の主人公だし雪はそんな私に関わっていたから自然と情報を耳にしたんだよね、と付け足す。
「……それで看破できたってことか 瞳夏も主人公ってことに」
ー***ー
昨日、雪と葉山さんの議論の途中に抜け出した僕は、座り込む瞳夏を見つけた。
瞳夏は僕に気づくと話がしたい、と告げた。
断る理由もなかった僕は、瞳夏を外に連れ出しそこで瞳夏が犯したという罪を聞いた。
この時代の薫……つまり自分の母親を殺してその現場を雪に見られたこと。
それを聞いた僕に瞳夏は頭を下げた。
「ごめんなさい」
「謝られても……僕にとってその薫さんは赤の他人だし……どうにもできないよ」
「それでも、何も言わずに明日を迎えたくなかったから」
そう言いながら瞳夏は顔を上げる。
その目は緑色に染まっていた。
「黙っててごめんなさい、私もお父さんと同じ主人公なの だからあの時、トラックからお父さんを守れたし、亡骸になったお母さんを隠せた」
その事実を聞いた僕はよろめきそうになる。
「じゃあ、あの時言っていた未来人だから過去より優先されるってのは……」
「お父さんと花純さんを騙す嘘、私が主人公だったから未来の世界が私を守ってくれたの」
それと、この事は花純さんには言わないで。
そう付け足した瞳夏は再び頭を下げた。
「なんで……? とは聞かないよ 瞳夏は僕の命の恩人だしね」
「お父さん……」
「花純のこと、好きなんだろ?」
僕がそう言うと瞳夏は顔を真っ赤に染める。
「ち、ちが……くないけど! でも違うの!」
「あんな仲よさそうに抱きついちゃってさ なんだっけ、花純お母さ……「馬鹿じゃないのっ!!」
我慢の限界だったらしく瞳夏は僕を殴りつけた。
もちろん、グーで。
痛さに悶えながら僕はその場を去ろうとする瞳夏を止める。
「すっごい他人事みたいで悪いんだけどさ 瞳夏、後悔だけはするなよ」
「うん……、ありがと お父さん」
建物の中に入っていく瞳夏を見届けながら僕は頰をさすった。
心地よい痛みだった。
それは、別に僕がマゾヒズムとかそういうわけじゃなく……。 ただ、ありのままの瞳夏が見れたから嬉しかったんだと思う。
ー***ー
「それで? 意気込みの方はどうなの?」
結局、遥は瞳夏と何を話していたのか答えずにそんなことを聞いてくる。
「最悪だよ、これでも18年間平凡に生きてきたからね 死ぬ覚悟なんて出来てないよ」
「だよねぇ」と笑う遥を睨みながら僕は、作戦を改めて確認することにした。
「まず、花純と瞳夏 それに雪が組織の中に眠っている……えっと……「並行世界のエネルギーを集めた結晶」そう、結晶を壊すんだよね」
葉山さん曰くその結晶を壊すのは雪の方が慣れている。 花純と瞳夏は死なない程度のバックアップをするように とのことだった。
そして、その間陽動するために僕と遥の戦闘要員が先に帝国政府の仮拠点である街の教会に向かっているわけだ。 戦闘要員と言っておきながら護身用として銃は瞳夏に預けてしまっているのだから防戦一方になるのは避けられない。
「そもそも、堂園の序列のせいであいつに銃弾は聞かないしね 愛用している武器よりも当然自分の方が大事だろうから」
遥の冷たい目に少し身震いするも僕は続けた。
「エネルギー結晶を壊し終わった段階で、様子見でしょ? それで世界が直りそうになかったら」
「堂園を潰せばいい」
物騒なこと言う。
ともかく教会の前に着いた僕たちは、葉山さんに連絡する。
今回、彼女は司令塔だ。
「会社の上司が未来から来て働く前から指示したりする……って、どんなホラーだよ」
「それもまた、世界が決めたことなんだよ」
その言葉に僕は思わず足を止める。
以前から聞きたいと思っていたことがあるからだ。
「遥は、全て世界が僕たちを動かしているって言いたいの?」
「うん、」
即答。
なんの迷いもなくただ淡々と告げた答え。
でも、続けてこうも言った。
「なんか、世界に悪いイメージを抱いてるみたいだけど そんなんじゃないよ 世界って」
首をかしげる僕を見て遥は微笑むと手を差し出す。
「今、こうして私が宙に手を差出せるのは紛れもなく世界のおかげなんだよ 世界は私たちに色んな出来事や機会を与える でも、それを選択することはできるよね だって……」
世界って私たちのことなんだから。
告げられたその言葉が頭の端から端まで駆け巡って僕を混乱に陥れる。
世界が僕たち……?
「世界は現象だろ? なんで僕たちなんだよ」
「多くの人はそう思っている だって自分のせいにしたくないから 何かを間違えた時に自分じゃなくて世界のせいに出来たら楽でしょ?」
「じゃあ、世界に好かれてるって……」
「あなたは自分を信じてこの世界を生き抜こうと決意した もちろん、あなた以外にもそんな人間はたくさんいる その中から偶然選ばれたんだよ 私も宙も」
だからね、と告げる。
「そんな風に奇跡的に選ばれた人間が自ら命を絶つっていうのが癪に触るんだ 自己犠牲は嫌いじゃないけれどそれをして残された人がどんな思いで生きるか……考えたくもない」
あくまで、そういう一説だけどね。
そう付け足した遥はケラケラ笑う。
最後まで言い切ったその言葉に一体どれだけの決意と信念が隠されているのだろう。
僕は思わず俯く。
真逆のことを言っていた瞳夏との会話を思い出したからじゃない。
それを思い出さなかったことも問題なんだろうけど。
僕が今一番、自分自身に困惑していた理由は遥の言葉が僕の考えていることと一致していたからだ。
遥の言っていることは全部同調したくなるようなものばかり。 だから、瞳夏の考えを嫌と言える遥をカッコいいって思ってしまったんだ。
だから、僕は俯いたんだ。
瞳夏よりも僕は遥を選んでしまっているのだから。
しばらくして僕たちは教会に辿り着く。
遥が葉山さんに連絡する。
すぐに返信がくる。 その内容は、作戦開始の合図だった。
「行くよ」
「アイアイサー!」
鍵を壊し僕たちは中に入る。
そこにいたのは40代くらいで少し小太りの中年男性。
「まさか、この世界でもお会いできるとは思っていなかったよ 七瀬 宙」
どこか煽るような口調でゆっくりと喋る男。
「一応、聞くけどさ お前が堂園 征一でいいんだよな?」
「間違いないよ、この男が全ての原因だよ」
堂園ではなく遥が男を睨みながら告げる。
男は笑いながら首をひねる。
「さぁ、どうでしょう? もしかしたら別人かもしれないなぇ」
「喋るな、豚が」
瞬間的に男の懐に潜り込んだ遥はそのまま男を蹴り上げる。 よろめきながら倒れる男。
けれど、男は不自然に立ち上がるとニヤニヤ笑ったままポケットから取り出して銃でステンドガラスを割る。
銃弾の音が教会に静かに響き渡った。
「まぁ、隠しても意味はありませんしお答えしましょう 私こそ堂園 征一で間違いありません あなたを殺すためにわざわざこんな原始的な時代に訪れたんです」
スタンドガラスを割ったことが合図だったのかどこからともなく現れる黒い服を着た男たちの集団。
以前、学校に来襲した奴らによく似ている。
「その前に一つ聞いておきましょう あなたのその力を私に譲る気はありませんか? その力は私にこそ相応しい」
「うーん、お前さ 自分のことを何だと思っているの?」
僕の問いに堂園は目を見開きながら即答する。
「決まっている! 私は神だ! 時間と並行世界の頂点に立つ神以外、何があると言う!」
……。
やばいよ、この歳にもなってここまで厨二病拗らせる奴そういないぞ……?
遥も毒気を抜かれたように呆れていた。
「やる気失せた……、こんな奴が宙の命を狙うってどんな茶番?」
嘲笑う遥に堂園はワナワナと身体を震わせる。
「殺してやる! お前は俺の研究を否定したんだ! 何が主人公だ! 絶対に許さないぞ」
「知らねぇよ」
僕の言葉に動きを止める堂園。
「お前が作った人口AIにも言ったけどさぁ、お前の都合なんて知らないんだよ 勝手にほざくのは構わないけど……押し付けるのだけは迷惑なんだよ!」
「……黙れ! やれ、この時代だけじゃない 全ての世界のお前を殺してやる!」
銃を構え一斉砲撃を始める堂園たち。
「なんだっけ、帝国政府って言うんだっけ? やっぱりしょぼいよね これだけの兵力集めてこんなんしかできないんだからさ」
銃弾を軽く避けそのまま男たちに殴りかかる遥。
相変わらずケラケラ笑いながらやっている辺り狂気が滲み出してる。
一方、僕はというと防戦一方。
ただ、銃弾を避けるだけに徹している。
というより、これ以上何もできない。
武器も何も持ってないんだし近づいてきた敵ようにナイフくらいは持っているけれどそんな余裕あるだろうか……?
いつまでたっても攻撃してこないことに気づいたのか男たちが増援を呼び次々に僕に射撃する。
こうなった場合は……。
視界を緑色に染める。
瞳夏に教わったおかげである程度 この力の使い方が分かった。
どうやら、世界に生きたいとか死にたくないと願うのだとか。
強い生存意欲があれば世界は僕たちに力を授けてくれる。 視界に現れた矢印。
それを辿るように僕は走り抜ける。
途中、ナイフを振るうのも忘れない。
「ふぅ……」
部屋にいた男たちのほとんどを撃退し堂園の方を向く。 顔に血管が浮き出るほど怒っていたのか吠えるように叫ぶ堂園。 銃を乱射し始める。
それをさっきと同じように避けていく。
弾が尽きても補給し続けて撃つことを繰り返すうちに男たちにも誤射し始め次々と人が倒れていく。
「暴走してるね」
遥が呟くが僕はそれ以上に堂園の行動が謎だった。
てっきり、時間を奪いに来ると思っていたのに……。
堂園は手に入れた力を使わずに銃を使うのみ。
どういうことなんだ?
「あぁ、その心配はしなくてもいいよ」
そんな僕の考えをまたもや読み取ったのか遥が笑う。
「どうして?」
「だって、私が世界にお願いして堂園からその概念を奪ったんだもん」
何かとんでもないことをサラっと言ってるけれどこの子本当に何者……?
ってか……。
「遥……さっきと言ってること違くない?」
「世界の話は一説だって言ったでしょ 自分に都合のいいように解釈を変えるのもまた人間らしくていいじゃん 世界は自分でもあって現象でもある 本当の姿なんて誰も知らない」
……。
なにそれ……、滅茶苦茶じゃんか。
やがて、銃弾が尽きた堂園はナイフを取り出して僕に襲いかかってくる。
避けながら僕は、質問する。
「研究仲間、なんで殺したんだよ」
「私の邪魔をする奴は消えるべきだからだ!」
「人を次々に殺してって何にも思わないのかよ」
「所詮、奴らは私が力を得るための駒にすぎん、考えるわけないだろう」
堂園は僕の腕を掴むと強く握った。
「ッ!?」
僕を襲う脱力感。
これは……?
「お前の時間を奪ったんだよ、未来のお前と同じようにな!」
続いて堂園は手に力を込める。
地面を揺らすほどのエネルギーが堂園の手に集中する。 あれを食らったら消滅でもするのだろうか?
「ん……?」
おかしい、なぜ最初からソレを使わない?
そうだ、堂園は時間を奪う力なんて必要ないじゃないか。 だってその並行世界のエネルギーで瞬殺すればいい話だ。
自分の力を誇示したい……とかそういう訳でもなさそうだし。
「エネルギーって本当に並行世界のエネルギーなのか……?」
堂園は相手を瞬殺できる力が欲しいと願った。
その願い自体おかしな話じゃないだろうか?
堂園の研究テーマは時間の掌握だ。
人命を奪う力を狙うなら最初からソレを狙えばいい。
支配欲に塗れて命を奪いたくなったのか?
預言者は殺人鬼になりたかったのか……?
だとしたら、序列とはなんだ?
時間の掌握にそんなもの必要か?
何か僕は勘違いをしているんじゃないか?
そして、ある疑問が浮かぶ。
堂園は時間を奪ったと言った。
先ほど、その概念とやらを消したと言っていた人物はまさか嘘をついてきたのか?
遥の方を向くと彼女はケラケラ笑っていた。
「二つ前提が違ったんだ」
僕の呟きに遥は頷く。
ソレを確認した僕は、立ち上がり堂園を睨む。
堂園の時間を奪う力は健在だ。
そして遥は僕を騙し僕の時間を堂園に奪わせた。
案の定、僕の時間を奪った堂園はエネルギーを集め僕たちを消そうとしている。
でも、もしそのエネルギーが並行世界の力ではなく時間を奪ったことによるエネルギーだとするならば……。
「瞳夏のやつ……」
「そう、だから私はそれを確認したくて昨日 瞳夏と話をしたの すぐに瞳夏は正解と呟いて誰にも言わないように念を押してきた」
要は、遥は世界の概念なんて変えていなかった。
あれは、正真正銘 嘘。
僕の力を奪わせるために遥が仕掛けた罠なのだ。
おそらく瞳夏は未来で世界にこう願った。
堂園が並行世界の力を手に入れていると勘違いするように。 そして概念が書き換わった未来の堂園は、存在しない力でエネルギーを作ろうとした。
その代償としてどんどん奪った時間のエネルギーを消費していった。
「やっぱり、お前は神なんかじゃないよ」
「は?」
「お前はただの人間なんだよ それでいいじゃんか 特別な存在になりたがってどうするのさ?」
「人は高みを目指さなければ成長しない! そして、私はその結果として神の力を……「違うな」
堂園の言葉を遮って僕は否定する。
遥も薄く笑いながら僕に駆け寄ってくる。
「気づけよ、お前は力を失っているんだ」
「!?」
その瞬間、堂園は倒れこむ。
集めていたエネルギーは自身の腹部にあたり上半身と下半身を分断した。
弾け飛ぶ堂園。 もはや痛覚では表せない激痛を彼が襲うことだろう。 そして、一番最悪なのは集めていたエネルギーは奪った時間の塊。
その塊を身体で受け止めたのだ。
堂園の身体の寿命は、普通では考えられないほどに伸びる。 この激痛を永遠とも思える時間の間味わうことになる。 堂園の顔は絶望に歪む。
「そして、もう一つの間違っていた前提 それは瞳夏がわざわざ過去にくる必要なんてなかったこと」
「そゆこと、概念が変化したってのに自分の力を過剰評価した故にまんまと私たちの作戦に引っかかる阿保に主人公が負けるわけないじゃない」
嘲笑う遥に「作戦だと!?」と血反吐を吐きながら怒鳴る堂園。
「私たちは囮だよ おそらくお前が倒れた原因 それは集めていたエネルギーが急激に増加して身体が受け止められなかったんだ」
「急激に増加……だと、仮に私が並行世界の力を手に入れてなかったとしてどうして時間の力だけでそこまで……!」
「簡単なことだよ、僕の仲間がお前の集めていたエネルギー結晶を破壊したんだよ」
それは、堂園が国を支配するために必要不可欠だった時間の掌握という力の根源でもあるエネルギーの塊。
それを破壊すれば溢れた時間というエネルギーは放出される。
「んで、集めていたお前に全て流れ込んだってわけ」
「陽動作戦にも気付かずまんまと引っかかったモブキャラの堂園 征一を瞳夏が倒さなかった理由 それは……どうでもいいと思った そんなことに興味がなかったことに繋がる」
「瞳夏の目的は、そんなことじゃなくてただ寂しかった 僕や花純に会いたかった そして、何よりこんな未来は消さなくてはいけない というものだった だから、薫を殺した段階で目的は達成できていたんだ」
先ほどから耳に入る阿保 どうでもいい 興味がないといった自身を馬鹿にする言葉に我慢ができなかったのか堂園は最後の力を振り絞って再び時間のエネルギーを集めようとする。
身構える僕を制し遥はゆっくりと堂園にちかづいていく。
「私も、目的を達成したいしね」
堂園の腕を掴み僅かに集まっていたエネルギーを取り上げ握り潰した。
掠れた声で悲鳴をあげる堂園。
「お前の敗因はまだあと二つある」
初めて聞いた遥の怒った声だった。
堂園の顔が青ざめていく。
「それは、見逃してもらった立場だというのに七瀬 瞳夏をしつこく追いかけてこの世界に来たこと」
「やめてくれ……やめてくれぇ!」
殺されると思ったのか醜く命乞いする堂園。
だが、それに遥が答えることはない。
「そして……この世界の父さんを殺そうとしたことだ……!」
大きく振りかぶりそのまま堂園を殴りつける遥。
殴った方も傷がつきそうな鈍い音に堂園は失神する。
肩で息をする遥を抱きかかえ僕は一旦その場を離れる。
「……何かさぁ、とんでもないこと聞いちゃったような気がするんだけど」
「頼むから忘れて それより脱力感は消えたでしょ?」
「うん、バッチリ」
これで、時間を奪われた全ての人々は元の時間生きられる。 もっともその代わり与えられた人々は無残に死んでいくことになる。
確かにその中に多くの被害者はいるかもしれない。
でも、他人の時間を奪ってまで生きたいと願った奴らのことなんて知るもんか。
「私も同意見だよ」
「俺は割と最初からお前の意見に賛成気味だった」
そう言って苦笑すると遥もいつものようにケラケラ笑った。
僕が遥と瞳夏を重ねる理由がなんとなく分かったような気がした。
外に出るとすでに花純たちはいて全てが終わったことに安堵していた。
「絶妙なタイミングで結晶を破壊してくれたよな」
「……こいつのおかげだよ」
雪が、隣にいた少女の肩に手を置く。
「私は、もうマスターの命令で動くことをやめた だからお姉さんを守るために協力しただけ」
不貞腐れた顔で人口AI……七瀬 愛華がぼやいた。
17.Fortune
人口AIである私に自我というものが存在し始めたのは、藤咲 花純という少女を知った時からだった。
私を作った堂園 征一が命を狙う七瀬 宙の恋人。
確か、テロ事件に巻き込まれて亡くなってしまう運命だった。 そんな人に興味が湧いたのは偶然以外の何者でもない。
様々な時間を眺め、いつしか藤咲 花純という悲劇に巻き込まれる女性を救いたいと思うようになった。
マスターは、あくまで七瀬 宙を殺したいだけなので特に彼女の心配をする必要はない。
状況を見て私が彼女を救えばいい。
最初はどうして、こんなに彼女に惹かれるのか私には分からなかった。 けれど、段々とその理由が見つかってきた。 一目惚れだ。
私のコピー元である七瀬 瞳夏も同じように花純に惹かれるのだろうが私も彼女の儚さを守りたい 側にいたいと本気で願うようになった。
そして、過去に飛んで彼女に忠告をした。
けれど、七瀬 宙とこれからデートに行く彼女は資料で見たことのない綺麗さを兼ね備えていて……。
そして、本当に幸せそうだった。
だから私は……きっと嫉妬したんだ。
「これからデートでしょ? オシャレしちゃって、幸せオーラ全開です! って感じ 羨ましいね! でもさ、一つだけ言わせて? お姉さん、今のうちに彼氏と別れた方がいいよ お姉さんの幸せ、奪われちゃうから」
そんな煽るような言葉を告げ私はその場を去った。
もちろん、これだけで彼女があっさり身を引いてくれるだなんて思わない。
だから、しばらく時間を開けてから彼女を助けに再び姿を現すことにした。
けれど、私という存在を許さないかのように七瀬 宙は私の行動を邪魔するのだ。
最初は冗談交じりに殺す だなんて言っていたけれど段々、その言葉は本気になっていった。
やがて、主人公というものに覚醒したらしい七瀬 宙は私の腹部に銃を撃ち込んでから勢いに乗った。
誰かの指示で動いているかのように私の振りかざした刀を避け的確に攻撃してくる。
痺れを切らした私は、花純だけでも救おうと彼女の元に向かった。 七瀬 宙がこちらに来ることは分かっていたので何の躊躇いもせずに刀を振りかざす。
しかし、またしても七瀬 宙に邪魔され私の刀は木っ端微塵に破壊された挙句に見えない誰かに地面に叩きつけられた。
「人口AIは死なないよ」という少女の声だけは聞こえてくる。 確かに痛くもないし死にもしない。
けれど、悔しかった。
花純に弱い私を見られたくない……!
自然と涙が溢れてくるのを必死に堪え顔を上げる。
上空からはマスターの組織の一員が降りてくる。
「ご無事ですか!? アイカ様!!」
私を心配してくれているというのに私の耳にそんな声は聞こえずただ手を伸ばして懇願していた。
この場を去ろうとしている花純に震える手をかざす。
「待って……! まだ行かないで……! あなたとまだお話したいの!」
震える声でそう綴った声も彼女には届かずに手も空を切るだけに終わる。
屈強なみんなを倒した黒髪の少年と私を地面に叩きつけた少女もその場を去る。
「助けられなかった……」
自分の無力さが嫌になる。
初めてお話できて……でもその会話もあんな煽りで好きだったはずの人を怒らせてしまって、その後も脅しで終わり。
馬鹿だ、私。
本当にしたかったのは……私が憧れていたのは……。
他愛もない話をして好きな人と笑い合う、そんな幸せな日常。
そこにもはや七瀬 宙への憎しみなど欠片も無かった。
「お願い……神さま、一度だけでいいから あの人と……」
けれど、それが無理な話だと分かったのはそれからすぐだった。 急いで手当てを受けた私はすぐに復活したので、マスターに事情を説明するように言われた。
私はありのままの事を告げマスターも特に何も言わずに頷いた。
「ところで、マスター 確認なのですが七瀬 宙の命を奪うことは理解できました 特に他の者は奪う必要はないですよね?」
その質問が自分の運命を覆すことになるとは思いもせずに。
ー***ー
マスターのいる部屋を出た私は自分の部屋に入りベッドに潜り込む。
身体は恐怖で震え頭は混乱する。
「何を言っている? 藤咲花純も芝崎薫もお前のコピー元の七瀬 瞳夏も全員殺すに決まっていろだろう」
平然と淡々と告げられた冷たい言葉。
マスターに逆らえば殺される。
そう判断した私は、
「あっ、そうだったんだ すみません勘違いをしていたみたいで!」
「ん? あぁ、分かればいい しっかり休めよ」
マスターの言葉を背にすぐに部屋を出たのだ。
このままじゃ、花純は殺されてしまう……!
でも逆らえば……、私の命は無い。
吐き気と涙が止まらない私を温かく包んでくれるのは自分の体温だけだった。
しばらく泣いて、そして私は一つの答えに辿り着いた。 迷う必要なんかなかった。
私の原動力は、あの時花純を助けたいと思ったの彼女があまりにも儚くて可哀想だと思ったからだ。
余計なお世話かもしれない、けれど恋人のために庇って命を落とす彼女を助けたい。
「自分の命なんて……惜しまない!」
マスターを裏切ることになるというのに不思議と後悔はなかった。
まだ一度も触れられてない大切な人を守るためなら私は何だってしてみせる。
静かに決意した私は朝になってから花純を探しに出かけた。
お昼前にとある公園に立ち寄った私は、偶然にも花純を見つける。
嬉しさで飛び跳ねそうになる身体はやがてすぐに落胆に変わった。
花純は、隣にいた私のコピー元である七瀬 瞳夏に抱きついたのだ。
これが、私と彼女の違い。
決して超えることは許されない壁。
虚無感と悔しさが私を襲う。
あそこにいたかった。 けれど、これじゃ前の私のままだ。そう自分に言い聞かせて溢れそうになる涙を拭う。 もう嫉妬になんか囚われない。
軽く深呼吸をした私は三人の前に立つ。
「随分と平和な光景だねぇ、こんな状況なのに」
違う、もっと別の言い方あるのに……。
謝りたいのに……!
私の口は素直に出来ていないらしく皮肉げな口調になってしまう。
「そっちから仕掛けてくると思わなかったよ」
言え……。 言え……!
自分はもう戦う気は無いって!
ただ、大切な人を守りたいだけなんだって!
「違う……」
「え?」
拭ったはずの、涙が溢れてくる。
自然と私は頭を下げていた。
「ごめんなさい……、私はただ大切な人を守りたかっただけだった でも、それしか考えることができなくてあなたたちを傷つけてしまった」
嗚咽をあげながら話す私を三人は黙って見ていた。
「許されないことは分かってる……でも、あなたたちに協力させてほしい もうこれ以上大切な人が傷つくのを見たくない」
自分のものとは思えない言葉。
そっか、これが本心だったんだ。
なのに、私は花純の大切な人を……危うく殺すとこだったのだ。
自分の不甲斐なさに腹が立つ。
頭を下げたままでいると優しい手のひらが私の頬を撫でる。
大好きだったあの笑顔が目の前にあった。
「あっ……」
「勇気を出してくれてありがとう、あなたのことを全部信用することは出来ないけれど……それでも その大切な人を守りたいっていう思いは信じるよ 私も同じだから」
きっと、その大切な人に自分は間違いなく入ってない。 なのに……それなのにありがとう、と私は呟いていた。
そんな私の頭を撫でた花純は戻ろっか。 と他の二人に告げる。
二人は頷くと帰宅の準備を始める。
呆然としている私に花純は「行こっ」と手を伸ばしてくれた。 素直になれてよかった、自分の本心を言えてよかった。
これ程そう思ったことはない。
ー***ー
七瀬 宙たちの拠点はとあるアパートの一部屋だった。 私と同じ未来から来たという二人の青年と少女はすぐに私が嘘をついているとは思えないと言ってくれた。
そして、当然といってしまえば当然なのだがマスターの拠点の情報を強要された。
隠す意味もないので一から十まで全て答えたがそれはこの人たちにとっては既に知り尽くした情報らしくつまらない表情をされた。
その時の恐怖はあの時マスターから与えられた恐怖をも超えるものだったことを忘れない。
それから、夜は七瀬 瞳夏と私 そして花純で色んな話をした。 主な話の内容は花だった。
正直に言ってしまえば、私にとってはどうでもいいことなのだけれど でも花純と話をできたこの時間は本当に有意義なものだった。
そして、最後に花純が私に名前を付けてくれた。
それは、コピー元の七瀬 瞳夏の名前の漢字を変えただけで読み方は全く同じものだった。
けれど、私は……七瀬 愛華はこの名前を絶対に忘れない。 胸に刻み込むことを誓った。
翌朝、いよいよ最終決戦の当日になった。
私は花純たちと同じ 時間のエネルギーの塊である結晶を壊す作業に取り掛かることになった。
刀という武器を無くした私は体術で対応するしかなかったのだけれど見方であるはずだった私の裏切りというのはかなりのアドバンテージになったようで簡単に結晶のある地下広間に辿り着いた。
「この結晶は、決して硬くない だから簡単に壊れる けれど……作戦の通りなら壊すのはまだもうちょっと先の方がいい」
私の案にみんな頷く。
しばらくして地面が揺れるほどの振動が私たちを襲う。 マスターがエネルギーを集中させたに違いない。「 今っ!」 と叫んだ私の声を聞いて瞳夏は銃の引き金を引いた。
ガラスの割れる音ともに黒くモヤモヤした煙のような物質が上の階に流れ込んでいく。
きっとあのエネルギー全てを取り込んだマスターは無事では済まない。
「ごめんなさい、マスター」
俯く私の手のひらを花純は握ってくれる。
それだけで彼女の温もりが伝わってきた。
「ありがとう、お姉さん もう大丈夫」
笑顔でお礼を言う。
きっと、その顔は真っ赤だろうけれど。
状況を確認するために外に出た私たちのところに七瀬 宙と少女が歩いて来た。
「絶妙なタイミングで結晶を破壊してくれたよな」
「……こいつのおかげだよ」
雪と名乗る青年が私の肩に手を置く。
「私は、もうマスターの命令で動くことをやめた だからお姉さんを守るために協力しただけ」
いつものように素直じゃない言葉が出てくる。
でも、こんな私の憎まれ口を花純や瞳夏は笑って「素直じゃないなぁ」と返してくれた。
自然と笑顔になる私の顔。
心の中が温かくなって嬉しくなって。
あぁ、私 今……。
けれど、そんな時間は突如として終わりを告げる。
「許さないぞ、貴様ラァ!」
上半身だけで這いずりながらマスターがこちらに向かって来たのだ。
その手のひらには黒いエネルギーの塊があった。
「お前、生きてたのかよ……!」
雪の言葉に七瀬 宙は嫌、と首を振る。
「遥はもともと、とどめをさしていなかったんだ もう動けないだろうって高を括った俺らのミスだ……」
「ごめん、みんな 終わらせてくるから待ってて」
そう言いながら七瀬 宙と少女が立ち向かおうとする。 しかしそれを止める者がいた。
「駄目! お父さん! 堂園の持っているエネルギーの塊は触れた者の時間を増やすだけじゃなくてその場に止めようとする時間の縛りがあるの! お父さんはともかく遥は元の時間に戻れなくなる!」
その言葉に青ざめる二人。
「どうしたぁ? 来ないのかぁ? だったらこのエネルギーを街に当ててみようかなぁ」
口調だけでなく雰囲気まで変貌したマスターに戦慄を覚える。
「そんなことしたら……!」
「あぁ、俺も死ぬだろうな 正確には死なないか ただ地球は跡形もなくなるだろうから 宇宙空間で永遠と生き続けることになるなぁ!」
「ふざけるな! なんで他の人を巻き込んでまで!」
「なら! 七瀬 宙 俺と心中しようぜ?」
「は?」
「俺はお前が本当に大嫌いなんだよ! お前と一緒に死ぬなんて癪に触るがそれでも俺だけが死ぬよりはマシだ さぁ、来いよ!」
抱えていた少女を地面に下ろすと七瀬 宙はゆっくりと歩いて行く。
「宙……! 待って!」
泣きそうになりながら叫ぶ花純を見て心が痛む。
このままだと間違いなく七瀬 宙は死ぬ。
七瀬 宙が死ねば……花純は……。
そんなの、生きてるよりずっと辛いじゃないか。
大切な人の幸せを奪われるくらいなら私は……。
ゆっくりと歩き出した私に最初に気づいたのは瞳夏だった。
「残念だなぁ、私のコピー元がこんなに腑抜けてたなんて」
鼻で笑うと少し怒ったように睨みつける瞳夏。
「嘘だよ、ごめんね 私の分までたくさん生きてよ? 瞳夏」
目を見開く瞳夏。
全てを察したらしく待ってよ! と叫ぶが私はもう止まらない。
走り出した私に呆然としてそして私が犠牲になろうとしていることが分かったのか止めるよう呼びかけてくれる。
昨日まで敵対していたはずなのに、この人たちはこんなにも優しいんだ。
「待って、あなたが消えればあなたという存在は世界から追放される……そうなったらあなたのことを記憶している人間は誰もいなくなってしまう!」
あぁ、そっか……。
私のこと覚えてくれる人いないんだ。
せめて、花純には……ちょっとでもいいから覚えて欲しかったなぁ。 なんて、欲張りすぎだろうか?
「七瀬 宙 お姉さんをよろしくね」
「お前……、本気なのかよ」
「うん、大切な人の幸せを奪われるくらいなら……」
私は、いくらだって死んでやるっ!
そう叫んだ私は走り出す。
マスターも突然、私が走り出してきたことにより咄嗟に構えたのかエネルギーを放つ動作を遅らせた。
「ごめんなさい、マスター 最後にあなたのこと裏切ってしまいました 許してくれだなんて言いません でも、私は後悔してないんです もし、来世ってのがあるのだとしたらまた会いましょう……!」
悲鳴をあげるマスターと違って私は、嬉しくて楽しくて泣きたくて寂しくて……でも、幸せで。
自分が機械だということを忘れるくらいには安らかに死ねそうだ。
エネルギーの塊を私のお腹に押し付けながらマスターに抱きつく。
「や、やめろぉ!」
マスターの悲痛な叫びが耳元で流れる。
なのに、私には花純の「愛華!!」という叫びの方がよく聞こえた。
ー***ー
エネルギーによる衝撃波は凄まじい者だった。
これでも機械の私は人間よりも丈夫なんだと思っていたけれど……。
下半身は持っていかれ機械に時間などないことから何となく死を予感していた。
「なんで……、」
そんな私の前にとある女性が座り込む。
その泣きそうな顔に私は戸惑う。
「なんで、泣きそうなんですか? 私はあなたにとって……」
「分からないよ! 分からないのに……何故かあなたを失いたくない……! 死なないでよ!」
私の顔に花純の流した涙が零れ落ちる。
そんな姿も綺麗に思えてしまうのだからもう病気だ。
「忘れていいんですよ、こんな奴のことなんて
あなたはただ幸せに……」
「よくない!」
その強い口調に思わず私は固まる。
すぐに我にかえった花純はゆっくりと告げる。
「嫌だよ、せっかくあなたと……仲良くできそうだったのに! こんなのって……!」
あぁ、嬉しいなぁ……。
こんな、幸せなことあるだろうか?
この人は、こんな私にそれでも手を差し伸べてくれるというのか……?
私はそっと、花純の涙を拭う。
「泣かないでください、あなたが例え私を忘れてしまっても私はぜったいにあなたという存在を忘れません
ただ、一つだけお願いがあります」
「……?」
「どうか、どうか……、幸せになってください そのために私は過去に来たんですから」
やっと素直になれたこの喜びを噛み締めながら私は自分の思いを告げる。
「……うんっ、約束……するよ」
「ありがとうございます……、あなたと話せたあの時から私、幸せでした……!」
涙でぐちゃぐちゃになりながらも私は笑顔を絶やさない。 絶やしたくない。
だって、こんな幸せなのだから。
花純は静かに私を抱きしめてくれる。
「汚れちゃいますよ?」
「お願いだから……! そんなこと言わないで」
強く抱きしめられることに嬉しくなりながらも、もう時間がないことを悟った私は花純の顔を見つめる。
「ありがとうございました、大好きでしたよ 花純お姉さん……!」
意識が薄れていく。
でも、そんな中でも私は最後の最後に想いを告げられたことに安堵した。
最後に見たあの顔を最後まで思い浮かべながら
私は保ち続けてくれた意識を手放した。
どうか……、私の名前を叫びながら悲しんでくれたあの人に幸あれ。
18.Emptiness
花純に抱きかかえられ安らかに眠りながら生き絶えた少女は、その身体を段々と透けさせながらやがて消えてしまった。
少女を一人殺してしまった。
僕は、泣き叫ぶ花純を後ろから抱き締める。
僕の腕を掴みながら涙を拭き花純はか細く「ごめん」と呟いた。
「私、気づいてあげられなかった……あんなに慕ってくれていたのに……」
「大丈夫だよ だって本当に幸せそうな顔をしてたじゃん 花純だからこそできたんだよ だから……」
「うんっ」
深呼吸をしてから空を見つめる花純。
愛華、多分お前の想い 花純は無駄になんかしないよ。 花純だけじゃない。 僕もお前のこと絶対に忘れないよ。
心の中で埋まっている空虚感に押しつぶされそうになりながらも僕たちは一人の少女のために祈りを捧げた。
19.Termination
おかしい。
確かに堂園の命は途絶えた筈なのに、起こっている異常現象に何一つ変化は見られない。禍々しい空気は相変わらずで、空間全体が歪んでいた。しかもいつの間にかおびただしい数の飛行物体が上空を飛んでいて、遠目からそれらが堂園が率いる組織だということに気が付く。
「どうして……?もう終わったんじゃ……!」
「並行世界の堂園だよ、自分が消えることを恐れたんだろうね」
「でも、あいつらは並行世界の力は持っていなかったんだろ!?」
宙の戸惑いに雪くんは項垂れる。
「持っていなくてもそう錯覚させている段階でアウトなんだと思う……並行世界の力を持ってないって分からせたのはあくまでこの世界の堂園であって他の世界は関係ないから」
「それに、並行世界のどこかには本当に力を持っている堂園がいるかもしれない……これは計算ミスだ」
「そんな……! これじゃ……愛華の死は!」
その宙の言葉は私の心に強く突き刺さる。
訪れない平和に、絶望の2文字が頭に浮かぶ。隣に居る宙も、何が何だか分からない、そんな表情をしていた。思考が止まりかけて、考えることを放棄しそうになる。目眩すら感じた時、瞳夏ちゃんが呟いた。
「……なら、私が消えれば良い」
強い決意を感じさせる声。頑なに握られた拳を見て、咄嗟にそれは違うと反論しそうになる。けれど私は、口を閉じるしか無かった。
瞳夏ちゃんが生き続ければ、再び来襲した堂園達が何をするか分からない。
瞳夏ちゃんが生き残れば、世界は瞳夏ちゃんを不要な存在として√0へ追放されてしまう。
咄嗟にその考えが頭によぎって、自己嫌悪に陥った。自分で彼女に「生きて欲しい」と言いながら、彼女が居なくなる結末を選ぼうとしている。これではまるで、ただの偽善者だ。矛盾しか無い自分の行動に、吐き気さえ感じる。
それだけじゃない……。
私はついさっき、目の前で1人の少女を失った。過ごした時間は短かったけれど、確かにあの少女は私を慕ってくれていて。これからもっと仲良くなれる、仲良くなりたいと思っていたのに、結末は想像よりも遥かに残酷だった。一度ならず、二度までも。妹のような、娘のような存在が居なくなってしまうだなんて、とてもじゃないけれど耐えられない現実だった。心が悲鳴を上げて、胸が張り裂けそうになる。上手く息を吸うことさえ出来なくて、私は浅く呼吸をした。
そんな私の思いを読み取ったかのように、瞳夏ちゃんは話し出した。
「元はと言えば、私が招いた結果です あいつらに並行世界という概念を植え付けた私に責任があります ……それに、実は私、お父さん達の会話を聞いていたんです」
驚きで目を見開いた宙は何かを言おうとしていたけれど、躊躇った末、悔しそうに口を閉じた。宙を横目に見ながら、何もかも全てを知った上で、3人で出掛けたのだと語る瞳夏ちゃん。
「そしてもう一つ ずっと隠していた事があります」
じっとこちらを見つめていた瞳夏ちゃんの瞳は、いつの間にか緑色に変わっていた。それを見て、納得したように「だから僕が覚醒した時も、すぐに理解していたのか」と呟く宙。静かに頷いて、瞳夏ちゃんは真っ直ぐ私を見つめた。
「自分が死ねば、私の居た世界は主人公を失って、花純さんが死ぬという未来に興味を無くす それだけじゃない、
私 愛華に言われたんです 腑抜けてるって 悔しいじゃないですか! だから証明してやるんです 私を信じてくれたみんなのためにも」
微笑みながら、瞳夏ちゃんは言った。その顔はいつか見たどこか寂しそうな笑顔ではなく、とても穏やかな、優しい笑顔を湛えていた。
そんな彼女を見て、私は公園での会話を思い出す。瞬間的に瞼の裏が熱くなって、思わず下を向く。宙は、世界という現象が無理矢理悲しみの感情を抜き取ろうとしたせいで、涙が出ずに苦しんでいるようだった。
私達の様子を見ていた瞳夏ちゃんは、宙に向かってこう告げた。
「……ごめんなさい お父さんと過ごせた16年間、幸せだったよ」
やっと言えた! と微笑む瞳夏ちゃんに宙は俯く。
そして、と私を見る瞳夏ちゃん。瞳夏ちゃんが言わんとしていることを理解したくなくて、続きを言わないで欲しくて、私は「嫌だよ、」と零してしまう。涙は今にも溢れそうで、視界がぼやけて瞳夏ちゃんの姿がよく見えない。するとまるで私を安心させるかのように、彼女は私の両手を握った。
「ごめんなさい、花純さん 公園で生きていて欲しいと言ってくれたのに、こんな形になってしまって……花純さんには、感謝してもしきれません 本当に、ありがとうございました」
とびっきりの笑顔を浮かべる瞳夏ちゃん。反対に私の目からはとうとう涙が溢れてしまって、地面に水滴がパタパタと落ちた。いつか私が彼女にしたように、瞳夏ちゃんはそっと涙を拭ってくれる。感情を上手く言葉に出来なくて黙り込む私の手を離して、瞳夏ちゃんは最期の願いを未来へ祈った。小さな呟きを聞き取ることは出来なくて、気が付いた時には瞳夏ちゃんの手には一輪の花があった。
それを見た途端、蘇る一つの記憶。
瞳夏ちゃんが持っていたのは、赤色のゼラニウムだった。
「……受け取って下さい」
瞳夏ちゃんは、哀しいほどに可憐に咲いているその花を、私の手を取って掌に乗せた。そして一歩離れ懐から未来の銃を取り出し私達が叫んだその瞬間、彼女は自身のこめかみを銃で撃ち抜いた。
彼女の身体が崩れ落ちていく光景がスローモーションに映って、私は声にならない悲鳴を上げる。途端、世界から堂園達の組織は消滅して、徐々に周りの景色が元の世界へと戻っていった。
瞳夏ちゃんの身体を抱き、私の腕の中で瞳夏ちゃんは小さく静かに呟いた。
「そんな悲しい顔、しないでください
〈人は、死ぬ為に生きている そして、生きる為に死んでいく〉……未来で、お父さんから言われた言葉です 例え私という存在が消えても、あなた達の心の中で、生き続けます だから花純さんが本当に忘れない限りは……」
ずっと、一緒です。頬から一筋の涙を流し、安らぎに満ちた笑顔で私達に告げた瞳夏ちゃんは、私の腕の中で息絶えた。
赤の他人だった、1人の少女。その少女の命の灯火が目の前で絶えたことに、どうしようもない悲しみと喪失感が私を支配した。これは夢なのかと疑うほど現実味が無くて、けれど腕の中の冷たくなった身体が、現実であるということを容赦なく突きつける。自分の感情をコントロール出来なくて、次から次へと涙が零れた。ぼやけていく視界と意識の中で、それでも鮮明に赤色のゼラニウムはそこに存在している。
「……ありがとう 私も、幸せだったよ」
きっと瞳夏ちゃんに届くと信じて、紡いだ言葉に沢山の想いを乗せた。
20.Farewell
瞳夏の身体が透けていき、ついには消えてしまった。
その瞬間、空気の歪みと変色も元に戻っていく。
「終わったのか……」
雪の呟きに僕は頷く。
でも、その終わり方は酷く残酷で納得のいくものじゃなかった。
愛華を亡くして、瞳夏まで消滅させてしまった。
分かっていたはずの結末なのにどこか軽く考えていた自分がいた。
やがて花純は泣き疲れたのかその場で眠ってしまう。
僕も座り込み花純の髪を撫でていると突然激しい頭痛に襲われる。
「なんだよ……これ!」
「多分、記憶が消されるんだ 瞳夏だけじゃない 俺たちの存在も」
おもむろに僕は立ち上がる。
頭を抱えながら僕は叫んだ。
「ふざけるなよ……、忘れてたまるか! 瞳夏は僕たちのことを覚えてくれるって言ってたんだ ここで僕たちが忘れたら……」
報われない、そう続けようとした時だった。
突然、自分の視界が真っ白になる。
あの緑色への変色ではない。
なぜなら、先ほどまで自分が立っていた場所とは全く違う何もない白い空間に放り出されたからだ。
強制的に意識ごと移動された感覚とどこまでも真っ白な世界も相まって吐き気が込み上げてくる。
「報われなくたっていいじゃん」
突然、自分の目の前に黒い影の塊が現れる。
それが一目で自分の影だと分かった。
根拠もなければ確証だってないというのにも関わらずだ。
「君と藤咲 花純さえ生き残っていればいいじゃんか 違うのかい?」
きっと、ここで選択を間違えたらずっと後悔する。
そんな予感に襲われた僕は言葉を選びながら、そして今まで見てきた瞳夏や遥の言っていたことを思い出しながら告げた。
「違うよ、僕はそんなの望んじゃいない」
「そう、それは残念だ」
世界は敵なんかじゃない。
しっかりと自分の意思で思いを告げれば一先ず納得はしてくれなくても理解はしてくれる。
「なら、僕はどうすればいい? 言っとくけど七瀬 瞳夏と七瀬 愛華を生き返らせるのは無理だよ」
「生き返るも何も死んだなんかない、瞳夏も愛華も生きてるよ、僕たちの心の中に」
僕の言葉に一瞬固まる影。
だが、表情はなくても分かるくらいクスクスと笑いだした。
「あぁ、そうだったね それじゃあ記憶を消すにはいかないね 主人公の願いだ 叶えよう」
影はゆっくりと僕に近づき方に手を置いた。
「君を選んだこと正解だと思うよ ありがとう主人公 この世界を選んでくれて」
もし、瞳夏を止めていたらこの世界に未来はなかったかもしれない。
その事を言っているのだろうか?
「僕だけじゃない、僕を選んでくれた人のおかげだよ」
そう言って微笑むと影は頷いた。
瞬間、自分の視界は再び街を写していた。
「宙!」
遥と雪が近づいてくる。
僕は笑顔でごめん、と呟いた。
それだけで何故察したのか僕には分からないけれど遥は世界と話してきたの? と質問した。
「どうして分かるの?」
「だって、宙の目 緑色だもん」
その言葉に僕は困惑を隠せない。
だって、いつも目が緑色に染まった時は決まって視界の景色も緑色になっていた。
「世界がお前を認めたんだよ、きっと」
今までは選んでいただけだからな、と続ける雪に頷いてみせる。
多分、僕は記憶を失わない。
他のみんながどうなるか分からないけれど……僕だけでもあの二人を殺しちゃいけない。
「……世界が戻ってきてるな、完全に」
雪の呟きに寂しそうに俯く遥。
それだけで二人がこれから何をしようとしてるのか分かった。
「帰るんだろ?」
「あぁ、」
「うん」
「いつまでもここにいちゃ、この時代の俺に迷惑かかるからな こっちの俺にもよろしく言っといてくれ」
葉山さん連れてかないとなぁ。とぼやく雪。
僕は自然と頭を下げた。
「なんだよ、いきなり……」
「ありがとう、お前が来てくれてなかったこんな未来は訪れてなかった」
「友人としてお前に死なれちゃ困るんだよ、それだけ」
そっぽを向きながら答える雪に自然と笑みがこぼれる。 こいつはやっぱりどの時代でも変わらないな。
「宙、私と話をする必要は……もうないよね?」
遥が呟く。 僕は静かに頷いた。
「うん、遥もありがとう お前がいなかったら僕は選択を間違えてた」
「世界は自分ってこと忘れないでね あなたが世界を心の底から信じて選んでいる限り世界もあなたを裏切ることはないのだから」
今なら、遥の言っていることも理解できる。
確かに世界はまるで……もう一人の自分だった。
影という闇が世界を通じて僕に確認したんだ。
お前はそれでいいのか? 後悔しないのか?
そして、僕はこの未来を選んだ。
「でも、世界はあくまであなたを認めただけに過ぎない 多分花純さんや他の人はこの現象を知らない」
「うん、」
「そして、あなたは誰にもそれを言ってはいけない 忘れるってことは忘れてもいいってことなのだから」
「じゃあ、僕が忘れなかったってことは忘れちゃいけないってことなんだよな 瞳夏や愛華だけじゃない 遥のことも未来の雪のことも 僕は忘れないよ」
遥はケラケラ笑った。
僕も自然と微笑んだ。
「また、未来で会おう お前が産まれてくる日を楽しみにしてるよ」
「さぁ? そんな未来が来るといいんだけどねぇ」
じゃあね、またいつの日か。
そう残して遥と雪は目の前から消えた。
未来から僕を助けに来てくれた来訪者はこうして去っていった。
*Ending
「お兄ちゃん、いつまで寝てるの?」
「……は?」
次に気がついた時、僕は自分の家にいた。
慌てて日付を確認すると現象のあった当日だった。
「戻った……?」
「何を言ってるの……? ってか、今日花純さんとデートなんじゃないの?」
あぁ、そっか……。
そういえばそうだったな。
すぐに身支度を済ませて駅に向かう。
その最中で携帯を見ると5時半に花純からメールが来ていた。 「おはよう。」とあの時と同じように返しながら走り続けて地元の駅に着いた僕はあの街路樹に向かう。
そこには、ラベンダー色の彼女がまた笑って……。
なんて事はなくてその街路樹に目を向けている人なんていなかった。
よく見ると木の種類も変わっているようだった。
あの時、瞳夏が世界に願って僕に危険を教えるために植えてある木を変えたのかも……。
今考えたら、あの時瞳夏がどんな行動をしようと未来は変わってはいなかったのに なんだかすごく可愛らしく思えた。 そういえば、あの時ってもう薫を殺し罪悪感に囚われている最中だったのかな。
だったら、僕は声のかけ方を間違えている事になる。
あんな不審者みたいな感じじゃなくて……もっと。
「何考えてんだろ、僕……」
待ち合わせの時間までそんなにない。
僕は急いで電車に飛び乗った。
「おはよう、」
「あっ、宙! おはよう!」
かつてのぎこちない挨拶はもうこなかった。
愛華と出会ってないのだから当然なのだろうが。
「水族館だよね、いこ!」
「うん、ねぇ花純」
「どうしたの?」
キョトンと首を傾げる花純。
僕は意を決して一つだけ尋ねた。
「あの事って覚えてる?」
「あの事?」
その目は本当に何も知らないようで……僕は知っていたはずのことなのに少しだけ寂しくなった。
「亜紀に彼氏できたこと」
「えぇ!? おめでとう!!」
大袈裟なリアクションだな……。
まぁ……。
「嘘だけど」
「……怒っていい?」
「ダメ、花純は笑顔が一番だから」
そう言いながら僕は後ろから抱きつく。
ちょ……!? と戸惑う花純。 けれど決して拒んだりしない その事に僕はどうしようもなく嬉しくて幸せでだった。
手を繋いで一緒に並んで歩いていると花純が突然「あっ!」と声を上げる。
道端に咲いている花を眺める花純。
「赤いゼラニウム……」
「そう、宙があの時にくれた花ね あの時の宙カッコよかったなぁ……」
掘り返すな、っていつかのように言おうとした。
けれど僕は思いとどまる。
花純が涙を流していたから。
「あれ……、私この花……誰かから……」
瞳夏という名前は忘れても存在は忘れることなんてなかった。 それだけで瞳夏は花純の中でまだ生きていることになる。
涙を拭った花純はごめんね、と告げる。
僕は首を振って行こっかと前を向いた。
「人は、死ぬために生きているんだよ」
「何その極論」
少し引きながら笑う花純に僕は微笑む。
「でもさ、同時に誰かの心に生き続けるために死ぬんだよ だから僕も花純の心の中でも生きられるようになりたいな」
「それは宙の自論?」
「ううん、僕だけじゃないよ この考えと同じじゃなかったとしてもみんな気づかないうちにそれを成し遂げようとしてる 繋がってるんだよ」
そうでも言わないと瞳夏と愛華に申し訳ない気がして。 僕は噛みしめるように言い終える。
「なんか宙、変わった?」
「そう?」
そうだとしたら嬉しいかな。
でも、と花純は続ける。
「嫌いじゃないよ、そういう考え」
「ありがと」
僕と花純は再び歩き出す。
今日もこの世界を選ぶために。
「頑張って、」
微かな声を連れて風が吹き抜ける。
とても温かくて安心する風だった。
「うん、またいつか」
そんな呟きに答えるかのように僕たちを温かく包んでくれた風は、青空の広がる新しい世界に舞い上がっていった。
本編自体はこれで終了です。
ですが物語はまだ少しだけ続きます。




