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第五話   中島さん

 夜の心地よい空気を浴びながら歩いていた高見は、家から1㎞ほど離れたコンビニに何かを買う予定もなく入った。

 立ち読みでもしようと雑誌コーナーへ足を向けたとき、ファッション誌らしき雑誌を手にした私服姿の中島を見つけた。

 制服を着ていない中島を見るのははじめてだった。ときめきが胸に広がる。高見はとても得をした気分になった。

 熱い視線を受けていた中島は頭をあげると、佇んでいた高見に気づいた。口が「あっ」という形になっている。

 高見は中島と一年、二年と同じクラスだったが、ただの一度も話をしたことがなかった。

 変に声をかけると、おかしなやつと思われるかもしれない。なにも言わずに立ち去るという選択肢もあるが、印象を悪くする可能性がある。

 攻めて死ぬか、引いて死ぬか迷っていた高見は、ここを逃したら中島と喋るチャンスは二度と訪れなかもしれないと思い、攻めて死ぬほうを選んだ。


「ああ、中島さん………」


 緊張で掠れた声が出る。すぐに咳をしてごまかした。おかしなやつと思われるレールに高見は乗りかけていた。毛穴から嫌な汗が噴き出てくる。


「えっと、えーっと」


 中島は笑みを浮かべていたが、困惑が半分以上を占めていた。

 教室で誰とも話さずに、いつもひとりでいるクラスメートに声をかけられ気味悪がっているのか、もしくはただ単に名前を忘れているのかのどちらかだと高見は予想した。両方の場合は、ダメージが大きすぎて、あの世へ引っ越しすることになるかもしれない。


「同じクラスの、高見だよ、ははっ………」高見は力のない笑みをこぼしながらいった。


 中島の笑顔が100パーセントになる。高見の名前を忘れていただけのようだった。それでもだいぶ心は傷ついたが、立っているだけの体力は残すことができた。


「こんにちは高見くん、お買い物?」


 昔からの友人とお喋りでもするかのような雰囲気で中島が訊いてくる。さすが社交性のある人間は違うなと思いながら高見は口を開いた。


「マ、マンガを買いにきたんだよ」


 用事があってコンビニに来たわけではなかったが、話を広げるために嘘をつく。中島と喋るチャンスを逃すわけにはいかなかった。


「そういえば今日、少年チャンプの発売日だよね、それを買いにきたの?」


 少年チャンプは高見も何度か読んだことがあった。体を伸ばして敵を倒すマンガが人気のマンガ雑誌だ。


「あ、うん、そうだよ、中島さんも読んだりするの?」


 高見からも話をふってみたりする。


「サチとユキが毎週買っているから、たまに読ませてもらっているだけだけどね」


 なにか嫌なことでも思い出したのか突然、中島の表情に影がかかった。

 まずいことでも訊いてしまったのかと思い高見は慌てた。


「ど、どうかしましたか………」

「高見くんってリピドー・クエストやっていなかったよね」中島が訊いてきた。


 俺がリピドー・クエストをやっていないことを中島さんは知っていたのか。今日はニヤニヤしながら就寝につくだろうと、少し先の自分の未来を想像した。

 高見も中島がリピドー・クエストをやっていないことはだいぶ前から知っている。

 異世界ゲームの悪口で盛りあがれるかもしれない。高見は淡い期待を抱きながらいった。


「やっていないよ、現実の世界みたいなところでモンスターと戦うんだろ、なんか危ないよね、犯罪の助長につながるよ」


 高見は針で刺すていどの悪口からはじめた。

 いきなり「あんなゲーム、バカしかやらねぇよ」なんていったら引かれる可能性がある。中島の反応を窺いつつ、悪口のレベルをあげていくことにした。


「………うん、私もそう思う、やらないほうがいいよ………」深刻そうな顔つきで中島はいった。 


 不穏な空気が高見と中島の間に流れる。

 意中の人を目の前にしているというのに、高見は息苦しさを覚えた。ぬめりけのある汗が頬をつたう。

 話を変えたほうがよさそうだ。手当たり次第に頭の引き出しを開け、中島と楽しくお喋りできそうな話題を探したが、この状況を打開するだけの力をもった話題を見つけることはできなかった。  

 このままでは中島さんにつまらない男と思われてしまう。

 高見がおろおろしていると中島が先に口を開いた。そこにはいつもの笑顔があった。


「ごめん、なんか変な感じになっちゃったね、じゃあ私、帰るね」


 それだけいうと中島は、なにも買わずにコンビニから出ていった。

 あっという間の出来事に高見は佇んでいた。

 中島が立ち読みしていた雑誌に目を向ける。ピンクの表紙におしゃれな格好をした女子が、腰に悪そうなポーズをして写っている。

 話題づくりに使えるかもしれない。高見は女性の店員に躊躇いながら雑誌をレジに持っていった。



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