2-5 聖獣との出会い
「三日ほど前だ。いつもと違い、群れの様子が慌ただしかった。息子が護衛を連れて狩りから戻ってきた時だった。」
トラは少し間を開け、言葉を探すように話した。
「息子とその護衛が、群れのメスや子供を殺し始めたのだ…!!」
「…!」
「俺は問いただした。何故このようなことをするのかと…しかし息子は聞く耳を持たず、護衛と共に長である俺に牙を向いたのだ。」
「…三対一なんて…」
「並みの奴らなら俺もどうと言うことはない…だが、皮肉にもあいつは俺の息子…俺の強さをしっかりと受け継いでいた…」
群れの長だとトラは言った。
本来であればその息子の成長はどれだけ誇らしいことだっただろうか。
「……歯が立たないと踏んだ私は、タートルや他の聖獣に協力を呼びかけることにした。だが、受けた傷が深すぎた…彼らの元にたどり着く前にここで力尽きる寸前だったというわけだ。」
「じゃあ、傷が癒えたらそのタートルって魔獣のところに行くの?」
「彼女は聖獣の中でも最も力のある魔獣だ。俺たちファントムタイガーは聖獣ではあるが、それは個体ではなく種として聖獣なのだ。もはや俺だけの手に負える問題では無くなってしまった…森のためにも、他の魔獣や獣たちのためにも、彼らの力に頼るしかなかった…情けない話だ。」
彼はふいと私から目線を逸らした。
…気高い人…魔獣なんだろうな。
息子に罪の全てを背負わせようとしていない。あくまで彼の種族として、森の他の種族のための問題として扱っている。
どんなに苦しい決断を強いられただろうか…
「…」
私は四つの足で彼に近づいた。
前足で彼の大きな前足に振れる。
ざらざらとした毛の奥で彼の血流が流れる鼓動を感じる。
爪を出されたら一発で殺される距離。まして相手は体力が落ちてエネルギーが必要な捕食者。
でも、私は不思議と恐怖は抱いていなかった。
「………私さ、転生してきたんだ。」
言うつもりなんて無かった。
その言葉は自然と出てきていた。
「…転生か。世界は未知で溢れている。そういった事もあるのだろうな。」
「飲み込み早すぎでしょ…」
「そうだな。少しでも死が近づくと、案外突拍子もないことを受け入れてしまうのかもしれないな。」
「…死ぬなよ。」
その言葉は言うつもりはなかったが、私の本心だった。
「こっちに来て初めてまともに会話できたんだよ。普通にこの時間が楽しいって思ったんだよ。だから、だから死ぬなよ、トラ。」
「…」
トラは黙って、ゆっくりと首を持ち上げた。
「…さあ、俺は身の上を話したぞ。」
「…え?」
「分からんか?お前の話を聞かせてくれ、ウサギ。お前の故郷はこことは異なる世界なのだろう?」
「…私、説明下手だから長くなるかもよ?」
「構わん。どうせ俺もしばらく動けんからな。聞きついでにこの世界のことを、俺が知りうる限りで良ければ教えてやろう。」
その日は空が暗くなってからも私は巣穴に戻らず、トラに元居た世界のことを話した。
空を飛ぶ鉄の塊、人間が繫栄していること、魔法やスキルなんて無ければ、当然魔獣なんていないこと。でも、ウサギはいること。
そして、このデスゲームのこと、私たち転生者が持っているスキルのこと。
私の話をトラは時折質問を挟む程度であとはただ静かに頷いて聞いていた。
まるで、前の世界で私たち人間がラジオでも聞くかのように、ただ聞いていた。
私が一通り話し終えると、今度は彼がこの森について教えてくれた。
私の今いるこの森は【マルル大森林】という場所らしい。
北側を山脈、南側を海で、そして東西を人間の領地で周囲を覆われている。
南北はそもそも国を作れるような環境ではなく、小さな集落の人間が時折森の恵みを収穫しに来る程度。
しかし東西の人間たちは森林にとって無視するわけにはいかなかった。
西の【ロム王国】と東の【ファディオス帝国】
この両者は度々森やその周辺を巻き込んで戦争を行っているらしい。
どうやらこの世界でも、人間は人間だった。
「…以上だ。森のことしか話せずすまないな。」
「いや、十分すぎるよ。私の方こそ、話を聞いてくれてありがとう。」
「これからお前はどうするのだ?そのまま生きていても、いずれ寿命で息絶えるか、あるいは他の転生者に殺されてしまうのだろう?」
「分かってる。だからまずは寿命を伸ばす方法を見つける。私からしたら寿命を伸ばす方法なんてあり得ないことだけど、この世界ならもしかしたらって。」
「ならば、俺と共にタートルを訪ねてみるのはどうだ?彼女なら寿命を伸ばす方法も知っているかもしれん。」
「...さっきから時折話に上がってるけど、そのタートルって誰なの?」
「彼女の名はキャッスルタートル。【要塞の支配者】のスキルを持つ聖獣として最強の存在だ。」
「聖獣最強...そんなに強いの?」
「純粋な強さだけではない。知力、寿命、魔力、全てを兼ね備えている。最も、戦闘力だけでも他の聖獣が束になっても敵わんがな。」
聖獣。森を守る魔獣の支配者。
その中でも最強の存在、キャッスルタートル。
たしかにトラがここまで言うのであれば、寿命を伸ばす方法も知っているかもしれない。
「...よし。それじゃあトラが復活したらそのキャッスルタートルのところへ行こう!」
「ああ。だが...そうもいかんかもしれぬ。」
「え?」
トラはゆっくりと夜空を見上げた。
「雨が...来る。」




