2-3 聖獣との出会い
洞窟の外の光景は異常だった。
崖の側面に寄りかかるようにして倒れているのは、巨大な狼?いや、虎かライオン?
体の構造は猫科の大型獣に似ているが、その体毛の色が前世のどの動物にも当てはまらない。
灰色の体毛に首の周りに生える藤紫色のたてがみ。
森でおおよそ保護色になり得ない体毛だが、それでも問題ないと思わせるほどの迫力。
その要因の1つは大きさ。
大型のトラックにも引けを取らない巨体が圧倒的な圧を放っている。
だが、そんな巨体が先ほどから力なく絶壁に体を預けていた。
「...怪我、してるの?」
どす黒い血を引きずった跡が森の奥から続いている。
後ろ足からの出血が目立つが、それ以外にも体中至る所から出血している。
体の体温が奪われているのか、呼吸が浅く、体が小刻みに震えている。
「......誰か、そこにいるのか?」
「...!?」
その『声』は確かに聞こえてきた。
数日ぶりの、明確な意思を持った言葉として、私の脳が処理した。
「...こ、こんにちは?」
私はいざとなったら飛び退いて逃げられる位置からその獣の顔を覗き込んだ。
「怪我、してるの?...というか、私の言葉、分かる?」
「......ハッ。よもや、今際の際で見るものがウサギと会話する幻覚とはな...」
「幻覚じゃないよ。私ちゃんと今あなたと話してるし。」
「ほう...?ではなぜ、俺はお前の、そしてお前は俺の言葉が分かるのだ?」
「...多分、私のスキルのせい。【動物言語理解】があるから、あんたの言ってることがわかるんだと思う。」
「...スキルを知っているウサギは生まれて初めて見たな。では、まさか本当に?」
「だから幻覚じゃないって言ってんじゃん。」
狼は唸りながらギロリとこちらを見る。
声帯を使って喋ると言うよりは、脳内で直接言葉をやり取りしているような感覚。
まあ私も今は声帯が無いから同じなんだけど。
どういう理屈か知らないけど、まあとりあえずスキルだからってことにしとこう。
「あんた、名前は?」
「...ファントムタイガーだ。」
「種族名じゃなくて...ってかファントムタイガーって。」
なんとも仰々しい名前だ。
「...お前の言っている名前とやらが個体を指す名称なのであれば...あいにく俺はそれを持ち合わせていない。」
「そ、そっか。」
野生の獣だし、そもそも名前って文化がない可能性もあるよな。
「お前は...見たところウサギだな。」
「そ。ネザーランドウサギ。名前は...」
と、言いかけたところで止めた。
これが学校関係者同士で行うデスゲームの形をとっている以上、本名を話すリスクがあまりに大きい。
向こうも名乗っていなかったし、とりあえず。
「...あー『ウサギ』とりあえずウサギで。」
「ウサギか。」
「...何だよ。」
最弱種族である自らへの侮蔑も込めた、自虐ネタにも近い名前だ。
「いや...ウサギは、俺を見ても逃げないのだな。」
「...ボロボロだし。元気なあんただったら、まずこんな正面に立つことすらしないよ多分。」
「ふむ...もはや、ウサギ一匹さえ狩ることは叶わんか。」
「狩るつもりだったの?」
「普段はな。俺たちの群れは肉しか食べることができん。」
獣、ファントムタイガーは口から一筋血を垂らす。
「もっとも...あと数時間もすれば食われるのは俺のほうだろうな。他の獣の匂いがする。俺を食うために集まっているのだろう。」
「...みたいだね。音が聞こえる。」
捕食者たちは距離をとっている。
まだファントムタイガーの息があるからだ。
間もなくこの場所は彼を喰う獣で囲まれるだろう。
方や彼は既に死を受け入れた瞳をしている。
この衰弱しきった様子では、何かしらのスキルを持っていても、そもそも体力が保たない。
「...」
葛藤。
いや、何考えてる。
「...あんた、魚は食べられるの?」
声には出していないが、結論よりも先に言葉が出ていた。
「...食べることもあるな。あまり得意ではないが。」
「わかった。自分の体のことは自分が一番分かるよね?あの光が一番高いところに来るまで耐えられる?」
私は、太陽という言葉が通じないかもしれないという考慮を含めて、日の光を指さす。
「...正午か。それまでなら。」
「お昼の文化はあるんだね。教えてくれてありがとう。」
最後の言葉は聞き取れたかどうか分からない。
私はまだ獣に囲まれていない場所から川へ向かい、流れの穏やかな場所に自分の爪を浸す。
冷たい水が指の間を流れていく。
「...【神経毒】!」
スキルを使うと、指の先から水に毒が滲んでいく。
黄褐色のいかにも科学的にヤバいですって感じの水が下流に流れていく。
やがてその水に触れた数匹の魚が体を麻痺させて水面に浮かび上がってくる。
私はそれらを一度川岸に寄せて、咥えた木の枝に突き刺す。
自分の体の半分くらいの大きさの魚を引きずりながら、ファントムタイガーの元へ戻り、持ってきた魚を彼の口の目の前に放る。
「...何のマネだ。」
「死ぬなら他所で死んでってこと。あんたが横たわってるその崖の洞窟、私の住処なんだよ。そんなところに肉食の獣呼び寄せないで。」
「...川魚か。」
「焼け石に水...ほとんど意味ないかもしれないけど、気休めの栄養にはなるでしょ。」
私はまだ獣がやってきていない周囲の木を【営巣】スキルで切り倒し、またまた【営巣】スキルでそれらを不格好だがバリケードに仕立て上げ、私の巣穴とファントムタイガーを囲んだ。
「これも、無いよりはマシくらいだから。だからさっさと体力回復させてどっか行って。」
「...自分が食われるかもしれないと言うのに...変わったウサギだな。」
「おしゃべりウサギって時点で十分変わってるでしょうが。」
心なしか彼が笑ったように見えた。
その巨体は首を持ち上げ、自分の鼻先ほどしかない小さな魚をゆっくりと食べ始めた。




