2-1 聖獣との出会い
森の中を草木をかき分けて慎重に進む。
目的の物は…まだこちらに気づいていない。
安全圏まで尾行するのにかなりの時間を使ってしまった。
狙いを定めて…飛び掛かる。
すぐにその長い体を私に巻き付けて抵抗しようとする。
私は力強く標的の首元に噛みつき、引きちぎる。
「くぅ…何回やっても嫌な感触……」
頭と胴が分かれたその蛇の体はしばらくみちみちと動いた後に、やがて静止した。
【意思介入を含む絶命を確認 強欲な殺戮発動 スキルを移行】
【移行対象 レッドサーペント】
【識別名 無し】
スキルのアナウンスイメージが殺した蛇からスキルを移動する。
とは言っても、私はすでにこの種類の蛇は何匹か狩っている。
ので…
【毒耐性 が レベル3 へ上昇】
【神経毒 が レベル3 へ上昇】
【血液凝固毒 が レベル2 へ上昇】
既に獲得していたスキルは同様のスキルを得るとレベルが上がることがある。
その成長の度合いはまちまちで、というのも、どうやらスキルの上昇はモノによっては食事でもレベルが上がることがあるらしい。
神経毒と毒耐性だけレベルが3なのは…
先日いけるかなって思って食べたキノコが毒キノコだったみたいでして…
サーペントから毒耐性を事前にとってなければ多分キノコの毒で死んでた。
食べたキノコが丁度神経に作用する毒を持ってたみたいで、そこから毒耐性と神経毒のレベルが上がったのだ。
「綱渡りが過ぎるでしょ…この生き方…」
記憶がウサギに上書きされてから、約2週間。
この世界の1日が何時間かはわからないけど、大体十回ちょっと夜が来たからそれくらいだと思う。
二週間も経てばある程度このウサギの体にも慣れてきた。
人間の体とはまるで勝手が違うが、そこは便利な上書き前の記憶。特に意識しなくても本能と習慣で動けた。
水辺に行き、喉を潤す。直湧きの水なんて人間だったら腹を壊すだろうが、さすがに毒耐性を貫通してくるような水ではなかった。
水面に映る自分の姿を見る。
森林によく映えるビビットピンクの体毛、ふわふわで真っ白な耳、愛くるしい瞳。
本当に…
「…よく今まで種族として生き残ってこれたよな、先代のネザーランドウサギ……」
森林で生き残るにはあまりに目立ちすぎるその姿。
土にも紛れられない、草木に隠れても当然色で見つかる。
表参道くらいだよ、この色が目立たないのは…
そして私の体毛の擬態度合いと同じくらいに、役に立たないスキルというのも分かってきた。
そのうちの一つ【鱗粉】
【鱗粉 レベル5】
自身に鱗粉を纏わせる。接触された際に接触対象に鱗粉を付着させる。
…だから何?って感じのスキル。
そんなスキルのレベルがどうしてこんなに高いのか。
ある日何の気無しに森を散策してたら、私にスキルの獲得方法を教えてくれたブラウンバタフライが群生している木を見つけた。
その時、何を思ったか私はその木をアリから手に入れた【営巣】のスキルを使って根元から伐採した。
当然複数の蝶が倒れた木の下敷きになった。
その蝶たちに何となく止めを差したら、このスキルのレベルだけこんなに上昇してしまったのだ。
…まあ、どれだけレベルが高くなったとはいえ、本当にだから何?ってスキル。
そして、もう一つの役立たずスキル。
【動物言語理解】
所有生物と異なる生物の言語が理解できる。ただし、コミュニケーションを取れる種族以外の言語は本能的なものしか聞き取れない。
まず、コミュニケーションが取れる種族というのがこの森に少ない。
つまるところ一定の知能を持っている種族、ということなのだろうが、そんな生き物はこの森では大抵が捕食者側だ。
今のところ一回クソほどデカい鳥に捕まりかけたときに全力で命乞いをしたときに使ったぐらいだ。
その鳥には嘲笑された。なんともみじめな気分だった。
しかも【動物言語理解】はユニークジャンルというレベルの概念が必要のない、所謂レアスキルらしい。
「…今のところ、価値だけ高くて中身スカスカだけどね…」
転生の特典で貰えるスキルってもっとこう、剣術とか、超回復みたいなやつなんじゃないの?
私がたまに見るアニメとかだとそんな感じだったよ?
もしかしたら、今後使えるスキルなのかもしれないけど、少なくとも今は明日を生きるためのスキルが欲しいんだよ。
「...何で冷静に分析出来ちゃってるんだろ。」
たまに思ってたよ。
アニメや創作で異世界に行く人って大体無職の人とかなのに、その転生前とは似ても似つかないような言動をとるの、おかしいなって。
引っ張られるんだ。今の状況に。
この記憶も、視界も、今の思考も、この身体を動かしてるのは確かに私だ。
それでも、今の私はウサギ。
生存しなければ、肉食の獣から逃げなくては、種を残さなければ。
そんな本能が常にどこかにつきまとっている。
人間としての前世の記憶は、あくまでウサギの側の中に入れられているだけだった。
目の前の雑草。
人間の私からしてみれば雑草でしかない。
でもウサギの私からすれば、何よりも美味しそうで身を隠すのに最適だと考えてしまう。
人間がウサギになったんじゃない、ウサギの体に人間の記憶が貼り付けられている。
「...もう暗くなるし、帰ろう。」
私の種族は主に明け方と夕方に活発に活動する。
日光の下だとこの体は目立ちすぎるが、夜目が利かない。
そのデメリットを少しでも軽減するための本能なのだろう。
私もまだ夜目が効くようになるスキルは持っていない。
おまけに肉食の獣には夜行性が多い。
私は住処にしている洞窟を目指して木々の間を駆ける。
やたらと森の音を拾うこの大きな耳。
毛の一本一本が音を振動として捉えるのを補助し、天敵が近づくのをいち早く察知できる。
森で生きるのにあまりに不利なこの種族が身を守るために手に入れた身体的特徴なのだろう。
他の同族よりはスキルが多いと言っても、所詮はウサギ。被捕食者であることに変わりはない。
私の今の拠点は断崖に空いた水辺の近い洞窟。
拠点に到着すると、入り口からはちらほらと同居人のコウモリ達が外へ餌を探しに出ている。
ケープバットと呼ばれる種族の彼らは洞窟の天井を主な住処としていて、私は彼らが使っていない洞窟の壁に営巣のスキルで留まれるスペースを作って間借りしている状態だ。
洞窟で雨風は凌げるとはいえ、地面にそのままでは危険だ。
私は同居人たちに挨拶をしながら、自分のスペースに戻った。挨拶と言っても一方的なコミュニケーションだが。




