10-2 寝坊
「俺は獣人冒険者モツナベ。転生者だ。」
(この男、転生者だ!!!)
ルカの思念よりも早く、その男、モツナベと名乗った獣人冒険者は自分が転生者だと明かしていた。
「てん、せい…?」
「あ?なんだ兄ちゃん知らねえのかよ。俺は元々魔法なんかちっとも無い世界に生まれたんだよ。」
「は、はあ…?」
「師団長さん、気にしないで良いっすよ。」
「この人仲間になったときから記憶が少しおかしいの…」
「きっと獣人として過酷な幼少を過ごしたからなんだわ……」
「いやちげぇって!!ホントに俺は体育教師だったんだよ!!」
体育教師…
このぼんやりしててだるそうな喋り方…
もしかして、この男の前世って…
(……体育のゴリナベ?)
…うん、だよね。
思いっきり転生者って言ってるけど信じて貰えてないな…
(…うん。でも、アイツが二日酔い…三日酔いで私たち助かったかも…)
…?
何か彼の持っているスキルが見えたの?
(もちろん…しかもあいつ…)
ルカが言いかけたところで、ミルザが防御魔法を気づかれないように展開した。
「お二人とも…念のため、すぐに店の外に出られるようにご準備を…」
(……ミルザも何かに気づいたんだね。)
……ごめん、私全く分からない。
(…昨日とかで分かったんだけどさ、ウサギって多分マルル大森林で育ってきたから自分に向けられる殺気とかには敏感だけど、それ以外の強さには意外と認識甘いよね。)
……そんなことない。…と思いたい。
(まあ多分それもウサギの強さから来るものなんだろうけどさ。)
とりあえず、モツナベの持ってるスキルの詳細教えて貰っていい…?
(そうだったね…!多分この男の転生で貰ったスキルは【極限身体超強化】)
【極限身体超強化】ぁ?
何その名前だけで胃もたれしそうな脳筋っぽい名前のスキル…
(名前だけじゃ無くて中身も脳筋なんだけど、それよりもスキルの数だよ。ゴリナベのやつ、魔獣由来のスキルを何十種類か獲得してる…!!)
…それってつまり。
(【強欲な殺戮】の事を、理解してる可能性がある…!!)
ルカのその発言は私の警戒度を一気に引き上げた。
昨日のこともあり、過敏になったのだろう。
咄嗟の事でつい制御が乱れ【獣の支配者】の覇気が一瞬周囲に広がってしまった。
その刹那に、モツナベの拳が私の眼前に迫っていた。
「…ッ!!?」
ギリギリのところで回避したが、上段から叩き付けられた大木のような腕から放たれる一撃が私の立っていた店の床を下の地面ごと抉り取っていた。
「………ああ。何だよ、俺に向けられたわけじゃねえのか…」
ぼそっと呟いた彼は地面から腕を引き抜く。
顔を見上げたときには、ルキウスとミルザ、それに魔法師団の全員がモツナベに向けて魔法を照射する構えを取っていた。
「…答えろ。内容によっては貴様をこの場で拘束する。なぜ聖獣様に手を上げた?」
ルキウスの顔は先ほどまでより一層険しかった。
ミルザの魔法も範囲こそ小さいが恐らくレベル5相当の魔法だ。返答と次の行動次第では躊躇無く撃ち込むだろう。
「ああ、悪い。アンタが聖獣様だったか。安心しろよ。今んとこ殺しはしねえ。意味ねえしな。でもアンタも落ち度あんだろ?あんなの『今から殺すぞテメェ』って言われたようなもんだ。」
「………少し、警戒していて。」
「なるほどね。警戒は悪いことじゃねえ。むしろ生き物としてまっとうな証拠…俺もお前も警戒してたからこうなった…だから、今は『互いにごめんなさい』だ。」
「…!」
『互いにごめんなさい』
それは前世でゴリナベが良く生徒に言っていた言葉だ。
体罰ギリギリの授業をするような男ではあったが、生徒からの人気は高かった。
それは大人としては珍しい、子供相手でも自分に非があったときは周りの目や立場など関係なく素直に謝罪していたからだ。
互いにごめんなさい、はそんな彼の教師としての象徴の様な言葉だった。
「……申し訳ありません。あなたにいらぬ警戒を与えてしまった。」
「おう。俺もいきなり殴りかかって悪かったな。そこの王女様も破片飛ばねえように殴ったつもりだが、怪我とかしてねえか?」
モツナベの言葉を聞いて地面の大穴を見ると、確かに床の木片は周囲に一切散らばっておらず、全て穴の中に落ちているか彼の腕に刺さっていた。
「え、ええ。私は何とも...」
「そうか。驚かせちまって悪かったな。」
白く鋭い歯をむき出してにっこりと笑う。
顔や姿こそ違うが、それは前世の彼と変わらない笑顔だった。
とはいえ、完全に安心はできない。
一応最低限の警戒はしておこうと思っていた時だ。
「今の音、何?」
「...!?ヘビ子!?」
ミルザの後ろからひょっこりと顔を覗かせたのはヘビ子だった。
「どうしてここに?今日も料理長さんに料理を教えてもらうんじゃなかったの?」
「今日はルカのお父様に料理を出さなきゃいけないからダメなんだって。仕方なく部屋に戻ろうとしたらお母様とルカが街に向かっていったから着いてきたの!」
「おーおー、ずいぶん可愛らしい光景になってきたじゃねえか。」
モツナベはヘビ子を見ると、ほんの一瞬疑問があるような表情を浮かべた。
「...嬢ちゃん、見た目はすっかり人間だが、その目、ラミアか?」
「...!よく分かったね。そうだよ。私はラミア。ラミアのヘビ子だよ。」
「ヘビ子、か......」
そう呟くと彼は私の方を見る。
「お母様、とか言われてたのはあんただよな?」
「は、はい。」
「この嬢ちゃん...ヘビ子ちゃんはラミアとしての能力が使えないんだな。」
「...!どうしてそれを?」
「目だよ。この子の目は片目しかラミアとしての能力を発揮できてない。ラミアの目は両目で見て初めて成立するんだ。」
それは、私も、そして恐らく他の聖獣たちも知らなかった情報だ。
私はてっきり【石化眼】が完全に使えないものかとばかり。
「...その不具合は、成長過程で治るものですか?」
「いや、劣等の目を持ったラミアが成長で能力を獲得できた話は聞いたことがないな。俺が知らねえだけかもしれねえけどな。実はよ、俺こんな見た目だけど、スキルで肉体の最盛期に無理やり押し上げてるだけで、中身は8歳なんだ。こっちでの人生経験はさほどなくてな。」
知っている。
転生者は皆こちらの世界では同じ年齢だ。
「だが......」
モツナベは再びヘビ子を見た。
「この子は劣等種だが、弱くはねえ。それだけは分かるぜ。」
「...」
ヘビ子は不思議そうに、しかし目を輝かせてモツナベを見ていた。
「ねぇ獣人のおじさん!」
「お兄さん、な。それと俺はモツナベだ。」
「じゃあモツナベ!どうして私が弱くないなんて言ったの?」
それは純粋な疑問だった。
「さあな?何となくそう感じただけだよ。」
「何となくで相手の強さが分かるの?」
「ある程度はな。でも本当の強さは戦わねえと分からん。」
「じゃあ私と戦おうよ!」
「嫌だね。理由がない。」
「理由があったら戦ってくれるの?」
「お?そりゃあ、まあ、そうなるな?」
「じゃあ今理由を作ってよ!」
「待て待て、なんで無理やり理由を作ってヘビ子ちゃんと戦わねえといけねえんだ。」
さすが元教師、と言うべきか。
初対面にしてはヘビ子の扱いが上手い方だ。
だが外の礼儀や知能がある者同士の駆け引きを知らない彼女は疑問をすぐにぶつけてくる。
「いいか?戦いなんざやらねえ方がいいんだよ。」
「私は毎日戦ってるよ!」
「そりゃあお前、ヘビ子ちゃんやお母さんの住んでるマルル大森林は世界有数の危険区域だからな。」
「そう!私は毎日戦ってるけど今日は戦ってない!昨日も戦ってない!だから戦おう!」
「その年で戦闘狂みたいなこと言うんじゃありません...」
「何で?何で戦ってくれないの?」
「だから理由が無いんだって!」
「じゃあ理由を作って!今すぐ!」
「今すぐって...」
タジタジになるモツナベを見て彼の仲間の冒険者一行はその微笑ましさに笑っていた。
「勝負してやれよモツナベー」「ヘビ子ちゃんが可哀想だぞー」「女の子のお願いが聞けないのー?」
などとやじを飛ばしているほどだ。
魔法師団の団員やルキウスたちも警戒は解いていないがその微笑ましさに頬が緩んでいた。
「理由ならあるじゃねえかモツナベ!今日の武闘大会!」
一人の冒険者が柱の紙を指さした。
そう言えば、そんな催しがあるってちらっと聞いた気がするな。
「一騎打ちを勝ち抜けば聖獣様と戦える、そんでもって勝てば王国からの冒険支援金が出るんだぞ?」
あー、そう言えばそうだった。
昨日の一件まで頭の片隅にあったはずなのに完全に忘れていた。
「だからそれはこのウサちゃんとの戦いだろ?ヘビ子ちゃんとの戦いじゃねえって。」
「......ウサちゃん、ねえ。」
…何だろうな。
自分で自分のことを最弱種呼びするのは別にいいんだけど、他の人から愛玩動物みたいに呼ばれるのはちょっと違うな?
しかも相手がモツナベ...ゴリナベってのが何か嫌だ。
「......ヘビ子。武闘大会私の代わりに出てくれる?」
「いいの!?」
「ええ。私は昨日の件で少し疲れてしまって。」
(...大嘘じゃん。)
黙ってなって。ゴリナベにバカにされたのが腹立つ。
(思春期じゃん...精神的にはもうアラサー近いんだよ私たち。)
止めて。
「だってモツナベ!!武闘大会に出て!!そして最後まで勝って!!」
「おいおいヘビ子ちゃん...まだ俺は参加するなんて一言も...」
「おもしれーじゃねえか!モツナベが勝ったらチームメンバーでぱーっとやろうぜ!?」
「お前らまで...」
「大会の受付ならここでも出来るぞ?」
フラッグがにやりと笑いかける。
「おやじさんまで...」
「私からもぜひ、お願いします。」
ちょっとこの悪ノリに乗っかってみたくなった私は追い打ちをかけてみる。
モツナベはヘビ子の目線に一瞬たじろいだが、観念したのか大きくため息をついてフラッグから用紙をもらって記入を始めた。
「...やるからには手は抜かねえ。本気で賞金もらいに行くからな?」
「...!!うん!絶対殺す!!」
「物騒なこと言うなって!これはルールのある試合だ試合!森の生存競争じゃないの!」
「そうなの?じゃあ絶対勝つ!」
ヘビ子は私たちの所に戻ってくると「早く会場に行こう!」と急かしてくる。
ミルザやルキウス、護衛の人たちの確認も取り私たちは武闘大会の会場へと向かった。




