対策が招いた油断
【宝玉の転移門】を経由すること三回。
ウサギの告げた宿屋の裏口に接した路地に身を潜めていた。
【聴覚強化】のスキルで中の音を探り、やはりここにロックがいることを確信した。
あとはウサギからの合図を待つ。
しばらく呼吸を整えていると、建物の中が騒がしくなってきた。
「聖獣が来たぞ!!」「正面入り口だ!!」「ロックを守れ!!」
大通りに面した正面口に人が集まり始め、そして冒険者の怒号が聞こえてくる。
ほんの一瞬駆け抜けるウサギの分身が見えたが、分身だと知っていなければ軽く見た程度では本物と見間違えるほどの人形だった。
複数人の冒険者がウサギの分身を追いかけて行き、その騒ぎに乗じて裏口から宿屋の中へ。
「あの冒険者の言ってたこと、本当だと思うか?」
「聖獣様が手を上げたってヤツだろ?」
「あの聖獣様がそんなことするとは思えないけど…」
「でも、やっぱり魔獣なのかな…」
宿屋の中の人たちは困惑していた。
前日にウサギがルキウスと一緒に街の人たちに挨拶をしていたのが効いている。
それが無ければもっと疑念が広がる速度は早かっただろう。
物陰に隠れるようにして進み、宿泊部屋のある二階の廊下へ。
一応魔力感知を先ほどから弱めに発動しているが、どうにも上手く感知できない。
【宝玉の転移門】を繰り返し使った疲労…?
四、五回使ったくらいじゃ疲れるなんてこと今まで無かったんだけど…
【聴覚強化】も途端に効きが鈍くなってるし…何とかロックの声が聞こえる部屋は見つけられたけど、中のやり取りまで上手く聞き取れない…
…焦るな。
きっと緊張してるだけだ。
私は今から、同郷の人間を殺す。その恐怖にスキルの制御がちょっとぶれてるだけだ。
「…ふぅ。」
一つ大きく息を吐いて、ロックのいる部屋の扉の前に立つ。
…魔法阻害のスキルが掛けられた形跡も無い。
部屋の中には、恐らくロックを含めて三人。
私は【天啓眼】を発動し…
扉を蹴破った。
「……!!」
「きゃあ!!?」
思った通り部屋の中には三人。
扉の左側に一人、武装的に魔道士。
【神経毒】を【風魔法】に込めて、切り裂いた皮膚から注入する。
即効性の毒のはずなのに、やたらと効きが悪い…!!
眠らせるくらいの出力にしたのがまずかった…!?
体は麻痺しているみたいなので続けざまに魔法を撃ち込んで気絶させる。
まず一人…!!
そのままロックを捕えれば…!!
「おー、怖。」
「…っ!!?」
振り返って一歩踏み込んだ瞬間、何かを踏んだ…?
途端に魔力の制御が乱れ、魔法が上手く発動しない…
さらに起動式の魔道具トラップを踏んでしまい、体が縄で拘束される。
でもこの程度問題ない…!!
風魔法で断ち切れば………
「無駄だよ。その縄には『障魔の呪い』が編み込まれてる。触れてる間はどんな魔道士だって魔法をろくに扱えない。おまけに君が今倒れてるその床はあらかじめスキルが発動しにくくなる魔法を掛けて貰っている。」
「ちっ…!!」
「三日もこの宿屋にいるからな。仲間にお願いして俺のいるこの宿屋の二階に弱めの妨害魔法を掛けて貰ってたのさ。」
妨害魔法…!
そうか、それが違和感の正体か…
普段だったら問題なく気づけたはずなのに、ロックのことでリソースを取られて視野が狭くなってた…!!
「で、何しに来たんだよ。学級通信でも届けに来たのか?」
こいつ、普通に前世の用語を使ってくる。しかもこっちの世界の人間語で。
近くにいるもう一人に聞かれたらとか考えないのか…?
しかし、そのもう一人は本人にとって耳なじみが無いであろうその言葉を聞いても全く疑問に思っていない。
…というか………
「……幼女の私の教育に悪いでしょ。まず服を着てくれない?」
彼の姿は魔人族の恵まれた屈強な体格そのままの姿。装甲はおろか、衣服も下着すら着けていない。
良く見たらベッドの方で布団を羽織ってこちらを見ているエルフも服着てないじゃん…
「お楽しみ中邪魔しちゃったって感じ?こんな日の高い時間からご苦労なこと。」
「気にしてないよ。彼女もきっと気にしてない。そうだよね?」
ロックは自身のそれをまるで見せつけるかのように不快に手を広げてベッドにいるエルフに話しかける。
「う、うん…?ちょっと恥ずかしいけど、まあロックが一緒だし。」
「歪んだ信頼だね。反吐が出る…!!」
「そう言うなよお姫様。」
そう言って彼は私の前へと歩いてくる。
右手で触れようとしてくる彼を身をよじって躱す。
「……へえ。右手で触れるのが条件ってのも気づいてんのか。」
「どうだろうね。キモい男に触られたくないっていう本能かもよ?」
「嫌われちまったもんだな。何がそんなに気に入らないんだ?」
「あんたのスキルの使い方が気に入らないのよ。他人を利用して自分は安全な後ろで腕組みってのがね。」
「……?それの何が悪いんだ?」
「…は?」
彼は本当に分からないという表情を浮かべて私に笑いかける。
「…あ、あんたの為に人が死ぬかも知れないってのに、それで平気なの!?」
「…ああ、そういうことか。だってそれは俺も同じ条件だろ?それにあの体育館で見た靄は『最後の一人になるまで生き残れ』って言ってた。このスキルはそのためのものだ。」
彼は左手で右手を撫でながら続ける。
「最初は驚いたよ。気がついたら人間じゃ無くなってたんだからさ。スマホも無い、車も、パソコンも無い、マジの異世界でビビったわ。おまけに魔人族ってのは成長が早いらしくてな。五歳の頃にはもう人間だった頃と同じくらいの体格になっちまった。」
彼の今の姿は人間の大人の男性と変わらない。
だが、転生者の条件的にその肉体の年齢は私と同じ八歳のはずだ。
「六歳になるころには集落の手伝いで冒険者の真似事もしてた。そこでたまたま酒場で俺と腕相撲勝負をした男がいたんだよ。名前はもう忘れちまったが、人間のくせに魔人族の俺とまあまあ良い勝負してな。この手で、あいつの右手を数十秒触れてたんだ。」
能力の、発動条件…
「その後だった。勝負をする以前よりやたらとその男が俺のことを気に入ってくれてな。最初は冒険者なりのコミュニケーションを経たからだと思ってたが、どうも違う。男も女も、戦士も魔道士も酒場の給仕や娼婦に至るまで、俺が右手で触れ続けた相手は例外なく俺のことを無条件で信頼するようになった。それも、自分の身内以上にな。」
能力の正確な内容と発動条件は理解していないように見受けられるが、この男にはそんなことどうだって良いのだろう。
「最初はちょっと奢って貰ったり、家屋の修繕を手伝って貰ったりだった。でもそんなことする必要は無い。こいつらは俺のことを一番大切だと思い込んでる。だから多少の無茶もするし、こっちの要求だってかなりスムーズに聞き入れるんだよ。それが多少無理のある要求でもな。」
「…だから冒険者…この世界で家柄関係なく自分とチームの実力次第でどこまでも稼げる職業って訳ね。」
「俺のことを死ぬ気で守る盾であり、剣……んで冒険から戻れば女達は俺に奉仕してくれる癒やしってことさ。」
「………クズ野郎。」
「………ふふふ…」
彼は顔を押さえ震えだした。
「アッハッハッハッハ!!!何言ってんだお前!?」
「…っ!」
「俺から言わせてみれば狂ってんのはお前やウサギ野郎の方だ…!!こんな世界に意味も分からず飛ばされて、狂わずにいられる方が狂ってんだよ!!!」
「…人の命を軽く見て、狂ってるのはアンタの方でしょ!?」
「俺は生き残るために自分が貰った手札を使ってるだけだ!!お前らだって貰ったスキルで生き延びてんだろうが…!!俺が貰ったものを俺が生き残る為に使う!!その使い方が気に入らねえから俺が悪とでも!!?」
「人の人生を…つながりを何だと……!」
「知った事かよ!!俺たちは生き残れ、そう言われたんだ!!人の人生より俺の命、他人のつながりより俺の精神の安寧だろうが!!!!!!」
次の瞬間、ロックの手が私の顔を押さえつけるように掴む。
魔人族の強力な握力に身動きがとれない…!!
しかも、その手は…右手だ。
「くっ…!!!」
体を動かそうと必死に抵抗するが全く動かない。
スキル無しでもこの肉体の力、これが魔人族と人間の差か。
「…丁度良い。お前にも俺の価値観の中で生きさせてやるよ。あんた王女なんだろ?いっちょ俺の人生のために国を動かしてくれや…!!」
恐らく既にスキルは発動している。感知の魔法やスキルが使えていないが、ウサギが気づけなかったほどだ、本当に発動の兆候など無いのだろう。
今何秒経った?触れ続けることが条件であるとするなら、一度でも手を離せばその時間はリセットされるはず…いや、本当にリセットされるのか?
何秒経った…?
嫌だ…!お父様やミルザ、王国の皆を差し置いてこいつのことを一番にするなんて嫌だ…!!
何秒経った……?
こいつの仲間になってしまえば、こんな男のためにウサギと敵対してしまう。そんなの嫌だ…!!!
何秒……………
「たす、けて………!」
瞬間。
何かが私の横を横切った。
コマ送りのように流れていく時間の中で、何故かロックの手が急に私の顔から離れていき。
鈍い音と共に、私の目の前の床へ転がり落ちた。
「ぎゃああああああああああアアアアアア!!!!!」
手首から先を切り落とされ、溢れる血と痛みに悲鳴を上げるロック。
そのそばに立っていたのは、白い、小さな獣だった。
「う、さぎ……?」
脈拍が上がっていて視界がぼやけているが、そこには確かにウサギがいた。
「………」
「な、なな、なんでお前がここに!!?冒険者共に追いかけられてたんじゃ…!!!」
その言葉を遮るようにウサギは一瞬でロックの両足を切り落とす。
「ぎゃあああアアアアアアア!!!痛い…痛いぃぃぃ!!!!!!」
何をしたのか、全く目で追えない。
魔法…?それともスキル…?
いずれにしても、彼の仲間が彼のために仕掛けていた罠など、ウサギは気づいてもいないかのようだった。
「………ひっ!!!わ、悪かった!!!もうしない!!!お前の仲間にも手を出さないし、お前にももう近づかない!!!!!だから頼む!!命だけは助けてくれ!!こっちだって必死で生きてきたんだ!!!死にたくねえ!!!死にたくねえんだよ!!!お願いします!!!お願いします、お願いします…お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします………!!!」
彼は頭を地面にこすり、ウサギに懇願している。
その声はやがて、痛みによるものから死への恐怖へと変わっていく。
「死にたくねえ…!死にたくねえよ!!!俺だって死にたくねえだけなんだ!!!なあ頼む!!同じ高校の仲間だろ…!!?」
「…………………【沈黙空間】」
「…!!?」
ウサギは【沈黙空間】の対象をロック本体だけに絞って発動した。
これでもう、ロックに声や音は届かないし、ロックの声も世界から消えてしまう。
彼は必死で何かを叫んでいるが、もうその声は私たちには届かない。
「………」
ウサギの何かのスキルが、彼の脳天を貫いた。
【沈黙空間】で心音の聞こえない彼の動きが止まるまで、ウサギは最後まで黙ったままだった。




