優しい人
優しい人は損をする。
いつだって、どこだってそうだ。
他人のことを思い、自己を犠牲にして動ける人が一番最初に割を食う。
たった一回だけ。
小中学生当時のあまりにも、あまりにも小さな自己犠牲。
その一回で私は他者と関わるのが怖くなってしまった。
そして、二次元へ逃げた。
外との関係すら絶とうとも思ったがそれは私の両親が許してくれない。
私は他者との関わりを持たないまま進学した。
そして、転生した。
『ルカ・ロム』はそんな前世の私とは真逆だった。
活発で人との関わりが大好きで、誰にだって手を差し伸べ、誰にだって甘えられて。
私の記憶が上書きされてからもそんな彼女の人格はずっと私の背中を押してくれている。
だから私も明るくあることが出来た、王女としてルカ・ロムとしてあることが出来た。
ルカは私に自信と勇気をくれた。
「ロックを、殺そう。」
ああウサギ。だめだ。その目はダメだ。
あなたは優しいから私に同郷を殺させないようにしてくれてるんだよね?
そんな優しいウサギに辛い思いはして欲しくない。
「………分かった。その役、私が引き受ける。」
「…!?いや、ルカは…!」
「今、ロックの仲間の冒険者達に目をつけられてるのはウサギ。」
私は路地横のタイルの剥げた砂利の部分に簡単に絵を描いた。
「ウサギが動くだけで、きっとやつらは目の色を変えて追いかけてくる。でもその場にきっとロックはいない。あの一瞬で分かった事だけど、あいつはそこまでのリスクを背負ってウサギにスキルを使ったりはしないと思うの。」
ロックの顔の絵を描き、その周りの丸からウサギの絵に矢印を延ばす。
「ウサギのことをあいつの仲間が追いかける瞬間。そのとき、必然的にあいつの周りは手薄になる。数人残ったとしても、今の私のスキルなら無力化することくらい出来るって。」
「でもそれなら私がまとめて引き受けて…!」
「ウサギのスキルの威力じゃ街に被害が出ちゃうでしょ?私の大事な街をぶっ壊すつもり?」
「い、威力の調節くらい出来るって!!」
「………ウサギ。あんたはもうちょっと自分の強さを自覚した方が良いよ。」
私は袖で隠していた腕を見せる。
腕表面の魔力制御が乱れ、保持している魔力が意図せず粒子となって漏れ出している。
「それ………」
「…さっき咄嗟にウサギを抱えたとき、【魔法耐性】のスキルを発動し忘れちゃった。大丈夫【魔力制御】でどうにか出来るレベルだよ。」
ウサギの強力な魔力を、ある程度の魔力を扱える者、魔道士や魔力を扱って戦う者、魔力を保持している者が耐性も無く触れば、その強すぎる魔力で保持の均衡が崩れ、流出する。
ロックは魔法系のスキルは持っていなかったみたいだからなんともないかも知れないけど、私は魔力を扱う。
故にこうしてウサギの鬼火パサランによって循環する魔力に影響を受ける。
「ウサギにとって、普段接してるのは他の聖獣やヘビ子ちゃん、森の他の魔獣。人間でも私やルキウス、ミルザくらい。人間からしたら常人を越えたレベルの強さの人ばかりだ。人間にとって、もうウサギは強すぎるんだよ。」
そんな彼女だ。
冒険者ともなれば彼女の魔力やスキルによる威圧も効かない。
そうなれば無力化するには実際に攻撃するしか無い。
例えロック以外の冒険者相手には制御したとしても後遺症が残るレベルのダメージくらいは平気で与えてしまうだろう。
無関係の人間を殺すようなことは彼女にさせたくない。
「……それはルカだって同じでしょ?」
「そうだね。持ってるスキルの威力で見れば私も十分危険。でも忘れたの?私は魔力を制御するって点ではウサギ以上のベテランだよ?」
「それは…そうだけど……」
「私が獲得したとしても、あんなやばいスキルそうそう使わないよ。だから安心して。」
「………」
ウサギはまだ何か言いたそうだったが、私はそんな彼女を笑顔で見つめた。
「…分かった。絶対に無茶だけはしないでよ?」
「もちろん!!!逃げ足には自信のある王女様ですから!」
殺させない。
絶対に。
「そうと決まれば作戦会議だね。ここもいつまで見つからないか分からないし。ロック達がどこにいるのか見当がつけば良いんだけど…」
「任せて。」
ウサギのパサランが青白く光る。
……ほらね。
これだけの濃度の魔力を平然と扱って。近くにいると魔力だけで目眩がしちゃうようなレベルだよ?
「【空間識別】」
初めて見るウサギのスキルだった。
【空間識別】
自身の魔力を薄く大気に乗せてその流れで周囲を認識するスキル、か。
この感じだと、平気で王国全体を索敵してるな…
確かこのスキルはルキウスやミルザ、王国の魔法師団も一部の人は持っていたスキル。
それでもこのスキル本来の使い方は暗闇や閃光で視界が潰されたときに一時的に周囲を、それもせいぜい半径五、六メートルを認識する程度のスキルのはずだ。
……そういう所なんだよなぁ。
「魔力感知スキルの高い人だと逆探知されちゃうかもだけど、むしろその方が好都合だ………!!」
「見つけたら言って。ここから見える範囲なら転送できるから。」
「もうちょっと……たぶん、これかな?」
対象の特定までは出来るわけじゃ無いこのスキル。
それでもある程度当たりをつけることは出来る。
「…それらしき集団が二つだね。一個は…大通り。」
「そっちは多分ルキウスじゃ無いかな。冒険者同士の仲裁をしてるはず。」
「それじゃあこっちか…さっきの私たちがいた場所から街の外れの方向…宿屋の密集地帯だね。」
案の定人の目が多い場所に行かれたか…
私は【身体強化】のスキルで脚力と腕力を強化し、路地の壁を蹴って上る。
建物の上からでも目的となる場所は他の建物に遮られてしまって目視できない。
「ダメだ。ここからじゃ宿屋の場所が見えない。」
「……ルカ、そこから見える一番身を隠すことの出来る場所はどこ?」
ウサギも跳躍で私の横まで上ってくる。
周囲を見渡し、公園の大木が見えた。
「あの木の上の方、とか?下からだと枝と葉っぱで先端まで見えにくかったんだ。」
「分かった。じゃあそこに転送して。【分身体】に私の魔力をつけて誘い出す。使ってる間は動けなくなるから。」
「分身って…そんなスキルもあったの?」
「見たのに覚えてないの?」
「あんな辞典みたいな量のスキル覚えられるわけ無いでしょ……」
「見る?」
「…一応。」
【分身体】
体細胞の情報を増幅させて土や無機物を覆い自身の姿を模倣させた人形を作る。
意識を送ることで動かすことも可能だが、スキルは使用できない。
「動かしてる間は本体は動けないし、スキルも使えない。おまけに強度も街中で作るとなればせいぜい土人形だから、スキルで補強された私本来の動きをしようとすると一瞬で崩れちゃうけどね。」
「いや、十分だよ。」
何よりこれでウサギ自身は安全な場所にいることが出来る。
どちらかというとその方が私は動きやすい。
「それじゃあ、木の上に送るね。私も何回か【宝玉の転移門】を経由して宿屋の裏口辺りに回る。」
回数を使って移動するので転移門の魔力を辿られる可能性もあるが、今街は先ほどのスキルでウサギの魔力が満ちている。
私の魔力の残滓も薄まるはずだ。
「了解。いい?絶対に無茶はしないでね?」
「大丈夫だって…【宝玉の転移門】」
遠くの公園の上に私の転移門が展開したのが見える。
ウサギを転移させたのを確認して、私は自分の足下にも同じスキルを発動した。




