9-5 感触
「早く早く!!次は私一押しのパン屋さんを紹介するわ!!」
「姫様!!お待ちください!!!」
走り回るお姫様とそれを追いかける護衛。
なんとも絵になる光景だが私の脚の短さを考慮してくれ。
結構全力で走らないといけないんだぞ。
こんな街中で【脚力強化】なんて使えばタイル舗装が砕け散っちゃう。
「ここよここ!!私がお稽古を抜け出してよく買ってるの!!」
「あら、ルカ様。今日は師団長様も一緒なのかい?」
「そうなんですおばさま!それに聖獣様も。私の大好きなこの街を案内したくて!」
パン屋の店主と親しそうに会話をするルカ。
常連といった感じで、パンを眺めている。
「聖獣様、昨日は大人気だったからねぇ。今日はルカ様の貸し切りなんですね。ちょうど焼きたてが出来たから聖獣様もどうぞ。」
「申し訳ない。お代はいくらだろうか。」
ルキウスが懐から硬貨の入った袋を取り出そうとすると。
「いいのよ、サービスサービス。」
「そういうわけには……」
「ルカ様にはいつも贔屓にして貰ってるからねぇ。師団長様も、いつも街の見張りありがとうね。」
「……ありがとうございます。」
私は店主から貰ったパンをかじる。
……懐かしい味を感じた。
味覚が人間とは異なっているとしても、そのふんわりとした麦類の甘さは確かに本物だった。
店主の心を感じる、とでもいうのかな。
私にパンを差し出すときも下に一枚布を引いてくれた。
王女であるルカが何度も通っているのも納得だ。
「……ところでルカ姫様。」
「なに?ルキウス。」
「『お稽古を抜け出して』の部分ですが、ミルザは把握していますか?」
「………………」
パンを頬張ったまま、ルカの笑顔が引きつっていく。
「……私もこんなこと言いたくは無いですが。」
「ルキウス待って。」
「この件は念のためミルザに報告させていただきますね。」
「お願いルキウス!!お願いだからミルザには言わないで!!」
「駄目です!少しは落ち着きを覚えてください!昨日の茶会も伯爵家のご子息に【宝玉の転移門】使ったって聞きましたよ!?」
「だってヒヨワ子爵家の令嬢がいじめられてたんですもの!!貴族の魔力保有量が少ない奴は黙って従えーとか言ったから!!」
「だからって中庭の植木をそのまま転送したんですか!?本当に何やってるんですか!!」
「ミルザは許してくれたもーん!!」
「謝罪して回ったのはミルザなんですよ!?」
私の知らない所でそんなお転婆なことやってたのか。
話を聞く感じ正義感でやってるみたいだけど、やられた方は驚くだろうな。
ルカのスキルは魔力の扱いや視認に慣れてないと急に空間から存在するはずのないものが現れるのと同じだから。
そりゃ転生の意識復帰の頃からミルザさんの訓練を受けてる王家の人間と普通の貴族のご子息様じゃ魔力の練度が違いすぎるって...
「全く!やはり今日の視察は中止です!しっかりお仕置きを受けたほうが―――」
ルキウスが残酷な宣告を告げようとした時、大通りの先で悲鳴が聞こえた。
「なんだ!?」「ケンカだとよ!」「冒険者同士が取っ組み合いだ!」「こんな時間から喧嘩?」
街の野次馬の会話が次々と頭に入ってくる。
「......ウサギ様、大変不躾なお願いと存じますが、姫様をお願いできますでしょうか?私は状況を確認してまいります。すぐに戻りますので、どうかここを離れませんよう。」
「分かりました...!」
ルキウスはすぐに騒ぎの方向へ向かっていく。
「冒険者同士のいざこざか...大丈夫かな。」
「頻繁にってほどでもないけどたまにはある事だから心配しなくて平気だよ。」
ルカはさほど気にしていないようだった。
パンを頬張り、また次のパンを物色している。
まあ昨日の酒場でも多少の言い合いは起きていたし、血の気の多い仕事ではあるからそういった衝突は起きてしまうんだろうな。
街の人に何事もないといいが、と思いながらふと視界の端の路地を見る。
気のせいか、何かが動いた気がした...?
奥を確認しようとして一瞬足が止まる。
…ルキウスにはここを動くなと言われたけど、彼が戻ってくる前にルカと一緒なら問題ないか。
ルカはご機嫌にパンを食べてるし、一人でちょっと見てこよう。
日陰になっていて日中でも少し暗い路地を進むと。
「あれ?聖獣様じゃん!ぐーぜん!」
「ロック...さん。」
「名前覚えててくれたのか!嬉しいねー。今日も街の視察かい?」
路地奥の木箱に座り、異国の果物を食べる魔人族の冒険者。
ロックは昨日と変わらぬ調子で話しかけてくる。
「今日は...また別件で視察を。」
「へー。護衛は今日はいないのか?」
「います。ただ、少し問題が起きたようでそちらの対処に。」
「そりゃ大変だ。」
彼は果物を食べきると、懐からハンカチを取り出して手を拭く。
冒険者にしては清潔感があるな。
「でも、俺からしたらラッキー、かな?」
彼はにっと笑う。
私の警戒指数が少しずつ上がっていく。
護衛が外れてラッキーだと思うなんて、やっぱり彼には何かあるのか?
彼の次の発言を待つ。
「ラッキー...?」
「ああ...」
彼はゆっくり立ち上がり、こちらに向く。
気づかれないように防御用のスキルをいくつか使用し、こちらも警戒を崩さない。
次の一手で何かが来れば速攻で対応する...!!
「頼む!!やっぱりその耳のもふもふ、触らせてくれねえか!?」
「...は?」
予想外の発言。
気が抜けてしまい、思わずスキルの維持が乱れて消えた。
「いや分かってる!あんたは聖獣様、城の人間からしたら要人だってことも分かってる!でも俺はそのもふもふを触りたいんだ!!」
…何なんだ。
やっぱりただ触りたいだけか?
その、ケルディアさん的な感じなのかな...?
もう何だか警戒も疲れる...
私は後ろ足で立ち上がり前足で長い耳を触る。
「......分かりました。護衛の彼が戻ってきたらまたあなたが怒られますから、手短に。」
「おお!!まじか!?すぐに、すぐに終わるよ!!」
彼は大げさなほど勢いよく膝をついて私に目線を合わせて耳に触れる。
…やっぱり。
一応感知系のスキルを発動はしているが、彼からは何も感じない。
警戒のし過ぎだったか?
でも、何だろう。
この人は別に撫でるのは上手じゃないな。
撫でるというよりは、何か別の...
逃げないように掴んでる?
小さい生き物だから触り方が分からないのかな。
「ウサギー?ウサギ様ー?どこー?」
ため息をついていると表からルカの声が聞こえる。
「ルカ、こっち。」
「ウサギ?何やってんのよ。どっか行っちゃったかと思ったじゃない。」
「ごめん。路地でたまたま昨日酒場で会ったロックがいて。」
「お、これはこれはお姫様。ウサギさんちょっと借りてるぜ。」
「へー、この人が―――」
彼女が一歩路地に入ってくる。
その瞬間だった。
「...!!?ウサギ!!!今すぐそいつから離れて!!!!!!」




