9-4 感触
夜も更けてきた頃。
城の客間に私たちは集まっていた。
ヘビ子が焼いてきた黒焦げの、どう見ても失敗作のパンケーキを頬張る。
「何でなんだろう...あのニンゲン、リョーリチョーみたいに柔らかいのが作れないんだよなぁ。炎魔法の威力なら私のほうが上のはずなのに...」
ガリガリと炭のようになったパンケーキになるはずだったものを咀嚼する。
人間だった前世ならとても食えたものじゃなかったはずだろうに、魔獣となってしまった今であれば割と問題なく食べられはする。
「...料理長さんは本当に威力だけを重視してた?」
「どういうこと?」
「お手本は見せてもらったんでしょう。その時、料理長さんは炎の威力を上げようとしてた?」
「...!!確かに!肉や魚を焼くときみたいに強い炎じゃなかった!!」
「きっと作りたい料理に合わせて炎の威力を調節してるんだろうね。魔力のコントロールにも役立つから、明日はそこも聞いてみたら?」
「うん!!今から聞いて......」
「今日はもう遅いからまた明日。」
扉に駆け込もうとするヘビ子を呼び止めて座らせる。
「いいなー、ヘビ子ちゃんも楽しそうでいいなー。」
私の正面、ムスッとした顔で王女様が拗ねている。
「る、ルカもお茶会楽しかった?おいしいお菓子とか出てきたんじゃない?」
「べっつにー?いつもと同じー。」
拗ねていて訳分からない行動を取っているのか、ヘビ子の持ってきた人間的には確実に不味いであろうパンケーキのなり損ないを齧る。
「ほ、ほら、貴族たちが相手なんだし、きっと優雅なお茶会だったんでしょ?」
「そうだよー?街や酒場のワイワイにぎやかなお祭り騒ぎじゃなくて、マナーに礼儀に立場がくっついてくる退屈で優雅なお茶会だったよー?」
「...ねえお母様。何でルカは自分の好きなことが出来ないの?」
「ルカ王女様、ね?」
「いいよ、ルカで。ヘビ子ちゃんとそんなに年変わらないでしょ。」
「こっちは魔獣でそっちは王族だよ?示しが付かないんじゃ...」
「今この場にいるのは私たちと私が一番信頼してる人たちだけ。それに、呼び方一つで揺らぐような王女の立ち回りしてないし。」
扉のそばに控えているルキウスとミルザは苦笑いでため息をついている。
それでも彼女の言っていることは本当だろう。
今は遊びに行けなかったことに愚痴をこぼす子供でも、一度公の場に立てば一国の王女としての立ち振舞を完璧にこなす。
賢王の娘として、求められるハードルも高いはずなのに。
「...明日は何も予定はないの?」
「夜に舞踏会。」
「それじゃ、明日は朝から私と街に行こうよ。」
その言葉を聞いてソファにだらしなく寝転がっていた彼女は勢いよく起き上がった。
「ほんと!?明日も街に行くの!?」
目を輝かせて身を乗り出し、今日一番大きな声で話す。
「実際今日の日中は住民への挨拶でほとんど街を見れなかったから。明日はルカが案内してよ。」
「ミルザ!!」
彼女はミルザの方を向き何かを目で訴えかけている。
ミルザは少し困ったように笑うと。
「夕刻の鐘が鳴るまでですよ。」
と告げた。
「やったーーー!!」
「ヘビ子も来る?」
「私はこれが上手にできるようになるまであのニンゲンを観察する!」
「そう。料理長さんに迷惑かけないようにね。」
すっかり料理に夢中だな。
前世基準にはなっちゃうけど森で作れる料理も何種類か教えてみよう。
「...ミルザ、明日の護衛はお前も参加できるか?」
ルキウスが口を開く。
「...?どうしたの?ルカ様が一人増えたからって、あなたならどうということはないでしょう?」
「いや、少しな...」
「...申し訳ないけど、明日は朝からメイドの集まりがあるの。魔法師団に戻ったといっても、姫様にお仕えするのなら参加しないと...」
「そうか...分かったよ。」
彼は何かが腑に落ちないといった表情をしていた。
当然、ルカがそれを見逃すはずもなく。
「ルキウス?今日街で何かあったの?」
「...明確に何かが起きた、というわけではありませんが、少し気になることがありまして。」
「...話して、ルキウス。」
「......はっ。」
ルカの命に従い、ルキウスは片膝をついて報告する。
「ウサギ様と訪問した冒険者ギルドの支部ラビオネアで気になる冒険者と出会いました。」
ラビオネアの名を聞いてミルザの表情も変わる。
「ロックと名乗る魔人族の冒険者でしたが、ウサギ様に過度に接触を試みているように見受けられました。」
「接触?触りに来たってこと?」
「うん。人当たりのいい好青年って感じだった。」
「そんな好青年が怪しいの?」
「私も明確には言葉にできないのですが、何と言いますか、興味や物珍しさ、愛玩対象としてウサギ様に触れようとするのとは少し違ったような気がしまして。」
「ウサギ的にはどうだったの?」
尋ねられて改めて彼のことを思い出す。
チームメンバーに慕われていて、気さくで、誰とでもすぐに話せるようなあの笑顔が浮かんでくる。
「...コミュニケーション能力の高い冒険者?」
「うーん...本当にルキウスと同じ人のことなのか怪しいレベル。」
「いえ、ウサギ様の仰ることも正しいのです。少なくとも私が感じた違和感を除けば、人望のある冒険者には違いありません。」
「人望もある好青年の冒険者が怪しい、ねぇ...」
「彼の触りたい、は触ることそのものに目的があるように感じました。」
「何か触ることがきっかけになるスキルを持ってる、とか?」
スキルの発動条件は様々だ。
ルカの【天啓眼】は相手を視界に収めなきゃ発動できないし、私の【思念共有】も相手に会話が成立する知性がないと本能的なイメージしか送られてこない。
触ることが条件になるスキルがあったって違和感はない。
「だとしたら、次は触られたタイミングで感知系のスキルで探ってみる。」
魔法に起因したスキルなら魔力感知で発動を探れる。
「スキルで感知できなかったとしても、私ならある程度の状況だったら後手に回っても対応できる。」
「本当に大丈夫なの?」
「森での対応なんて後手がほとんどだよ。魔獣より知能はあったとしても、昨日あの酒場で私のスキルに反応できた人に少なくともロックはいなかった。」
防御系のスキルを持っていないだけかも知れないが、だとしても街中で使われるスキルくらいなら大した問題にはならないだろう。
「それに、明日はルカがいるから先に【天啓眼】で見て貰えば問題ないでしょ?」
「それはそうだけど、もし晩餐会の時みたいに………」
ルカは言葉を途中で止めた。
多分先に続く言葉が転生者に関連するものだからだ。
「阻害系のスキルを持ってたらどうするの」とかかな。
「そっちも大丈夫だよ。そのときこそ全力で逃げれば良い。ルキウスさんもいるんだし、状況的にはこっちの方が有利のはずだよ。」
「そこまで言うなら、まあいいか。」
ルカは渋々納得という感じではあったがそれ以上は聞いてこなかった。




