9-3 感触
ロックと名乗った青年は手を前に出して握手を求めてきた。
私は手を差しだそうとして止まった。
人間の感覚で握手をしようと思ったが、今の私はウサギだった。
「あー、ごめんなさい、私ウサギだから握手できないです…」
「おー!気にすることないって!聖獣様も昨日から大変だったろうからな。」
握手に応じることが出来ず申し訳無いという気持ちになるが、そんなこと全く意に介さないように笑う青年。
私の全身を見ているようだが、まあこれは別にいつものことだから気にしていない。
「なあ、その耳のふわふわってどうなってんの?」
「こ、これは私の魔力を扱うための器官で…」
「へー!それって実体あるの?触れんの?」
彼の手がすっと私の頭の上に伸びる。
日中から撫でられっぱなしだったのでつい咄嗟に頭を下げるが。
「すまない。聖獣様は今日はお疲れなのだ。触るのはご遠慮いただきたい。」
「おっと、あんた護衛だったのか。悪い悪い!配慮が足りて無かった!」
「ちょっとロック~、あんた聖獣様にダル絡みしてんじゃないよ!」
「聖獣様を困らせるなよ~?」
周りの人たちに笑われて「悪かったって!」と本人も笑っている。
やけに慕われているんだな。
見た感じ彼を中心にして回っているチームなのだろう。席に座っている他の仲間もロックに愛のあるヤジを飛ばしている。
「聖獣様は人間の街は今回が初めてか?」
「ええ。それまではずっと森で生活していましたから。」
「なるほどなー。実は俺も里を出たのはここ四、五年でよ。ちょいちょい都会と田舎のギャップにビビっちまうんだよな。」
「分かります。ですがあなたは大丈夫でしょう?見たところチームメンバーからはかなり慕われているようですし。」
「ははっ!昔から愛嬌だけは良いからさ。聖獣様も気軽に接してくれて良いんだぜ?」
「あなたは冒険者でしょう。いずれ私と相まみえるかも知れませんよ?」
「だからそのときに手心を加えて貰おうかなって!」
どういうことだ全く…
彼は持っていたグラスを差し出してきたので私もすっと平皿に手を添えて乾杯する。
前世にもこういうすぐ人の輪に入って中心になれる人っていたなぁ。
異世界でもこういう人は得をするんだろうな。
「なあ聖獣様、俺たちと一緒に飲もうぜ!酒っていける口?」
「た、試したことはありませんが、解毒のスキルがあるので問題は無いかと…」
確かに、ちょっと気になる。
この体で酒やタバコをたしなむとどうなるんだ?
……一瞬未成年飲酒が脳をよぎったが大丈夫、前世の年齢込みでほぼアラサーだから!それに未成年飲酒は人間だから適用されるってだけだからね!
「…申し訳ありませんがウサギ様。本日は護衛が私しかいません故、私から離れるようなことは……」
「護衛のアンタも一緒にどうだ?一杯くらいいけるだろ?」
「…職務中だ。酒を飲むわけにはいかない。それに聖獣様への接触も許可できない。」
「…なるほどね!さすがは王国の魔導師団様か。」
「…分かっていたのか。」
「さすがにね。しかもあんた、師団長のルキウス・ヴァン・ラビオネアだろ?『生還将軍』『酒場育ち』冒険者でも有名な話だ。」
「……であれば、理解してくれ。君も一つのチームをまとめるリーダーなのであれば、その責任は分かるはずだ。今の私は王国魔法師団を背負って、この方を護衛している。君がウサギ様に害をなさないとしても。私は可能性が低いからといって見逃すわけにはいかないのだ。」
「ひゅー。こりゃ今日は聖獣様と一杯飲むのは厳しそうだな。分かった!今日は諦めるよ。けど最後に撫でさせてくれよ。昼間の行列、何の行列か分からなかったから並ばなかったけど、聖獣様に触れるんだったら俺も並んでたってのに。」
「ルキウスさん、私は問題ないですから…」
そう言って彼を見上げるとその目は今までに無いほど真っ直ぐロックを見ていた。
……警戒している?
そう見えるだけか?
でも何だかいつもの彼とは雰囲気が違って見えた。
「……申し訳ありませんウサギ様。今この場で彼の挨拶を許すと昼間のように酒場の皆が集まる可能性があります。酒に酔った冒険者がもし万が一ウサギ様の近くで暴れれば、その冒険者だけで無く、騒ぎを起こした場所としてこの酒場も王国から目をつけられてしまう。個人的な感情も込みでそれは出来れば避けたいのです。」
「……分かりました。ロックさん、申し訳ありませんが今日は…」




