9-2 感触
聖獣路上握手会が終わる頃には日が傾き始め、街は酒とつまみの香りが漂い始めてきていた。
せっかくならと私はルキウスの護衛で冒険者達の集まる街で一番大きな酒場に連れて行ってもらうことにした。
「念のため注意を、ウサギ様。」
「どうしたの?冒険者ギルドの支部もあるような場所だから?」
聖獣としてこの国に歓迎されているとは言え、本来私は魔獣。
どちらかというと冒険者に討伐される側の存在だ。
当然私自身少なからず自分の討伐依頼が掛かっていることは知っている。
ルカに力を与えて以降は減ったが、それまではそこそこ頻繁に森に冒険者が来ることがあった。
「…そうです。護衛としてあなた様を確実にお守りするため、決して私から離れないでください。」
「昼間の感じなら問題は無さそうに思えるけど…」
「大多数が私の見知った顔だった昼間と比べて、冒険者ギルドの酒場はここを拠点にするもの以外は初対面がほとんどです。危険さも昼間の比ではないと思っていただきたい…街中ではあなた様はお力を使いづらいでしょうから…」
確かに私のスキルの多くは広範囲に影響するものばかりだ。
周囲に誰もいなければ街中でも使える規模のものはあるが、万が一酒場で使うとなれば無関係な人も巻き込みかねない。
「…分かりました。では酒場に入店したら感知スキルを広めに使う程度に留めます。スキルレベルの高い者なら気づいてしまうかも知れませんが、それこそ良い牽制になるかと。身体の護衛は、ルキウスさんにお任せします。」
「承知いたしました。万が一の場合は私を置いて城へ避難を。」
「あなたも一緒じゃ無いとルカに怒られますから、そのときはあなたも助ける方法を探します。」
「……承知いたしました。」
私はルキウスに抱きかかえてもらい、酒場に入店する。
扉の無い入り口を潜ると、そこはまさにファンタジーの世界だった。
酒と料理の香りに、様々な装備の冒険者。一階から二階まであちこちで笑い声が聞こえてくる。
日本の居酒屋のイメージとはまた違った雰囲気だった。
それぞれが会話に花を咲かせているので私という聖獣が入店したことにほとんどの人が気づいていない。
ぶっちゃけそちらの方がありがたい。
私は感知スキルをこの酒場全体に絞って発動する。
その発動を契機に何人が反応するかを確認した。
………二……三、四………五人かな…
私のスキルに反応して意識的に武器を触れた者、自分に防御魔法をかけた者、座っていたが立ち上がり壁に背を向けて寄りかかった者。
それぞれが自分の身を守る対策をしていたが、私に攻撃を仕掛けるような素振りは見られなかった。
それに、この感じなら多分、私の身を脅かせるのは見える範囲にはいない。
一つだけ異常に強い気配が二階から感じるが、宿泊部屋か…?
一応そこだけ警戒しておこう。
ルキウスはそのままカウンターまで歩いて行った。
さすがに王国魔法師団の団長が聖獣を抱えて歩けば振り返る者も何人かはいるようだ。
カウンターに座っているのは恰幅の良い、髭面がよく似合う男。
「久しぶりだな、おっちゃん。」
「全く…ちったぁ気配消してくれよルー坊。ここは荒くれもちょくちょく仕事しに来てんだ。王国の師団長様が来たんじゃ、ビビっちまって商売になんねえだろ?」
「今度から気をつける…ってか俺に目をつけられるような商売を黙認しないでくれよ…」
男と親しげに話すルキウス。
その間も私のことを下ろしたりはしなかった。
「…んで、抱えてるのが噂の聖獣様かい?あんたも豪胆だなぁ。冒険者がどういう奴らなのか知らねえのかい?」
「森で何度かお目にかかりましたが、全員返り討ちにしました。」
「はっはっはっ!!だろうな!!最近の冒険者じゃ聖獣には勝てんじゃろうて。裏の依頼でもあんたらの討伐依頼はめっきり減っちまったよ。」
「そういう依頼は取り締まってくれって去年言っただろ、おっちゃん…」
「取り締まる必要もねえんだよ。ここ数年、ルー坊やミルザ嬢ちゃんみたいな骨のあるやつはこういう場所じゃ無くて国や集落から直接依頼を貰うからな。」
「ルキウスさん、この人は?」
「彼はフラッグ。ここの酒場『ラビオネア』のマスターです。」
「……ラビオネアって確か…」
ルキウスとそしてミルザのファミリーネームだったはず。
「…私やミルザは彼の経営する孤児院で育ちました。冒険者ギルドや酒場の手伝いを通じて、孤児院の子供達は仕事を見つけていくのです。」
「こんな荒っぽいところで育ってんだ。ちょっとやそっとじゃ動じねえガキ共ばっかりだからな。冒険者になるヤツもいれば、依頼をしに来た貴族や資産家に雇われるヤツもいる。」
「私とミルザもかつてお忍びで冒険者としてここに来ていた国王陛下の護衛としてチームに入ったのが今の職に就いたきっかけでした。」
「あんたら二人に関しちゃ俺はマジで何もしてねえけどな。ミルザ目当てのナンパを追い払ったくらいだ。」
「私たち二人はその恩義もあって、今でもラビオネアを名乗っているのです。」
「勝手にな。お前らのせいで客が増えて無駄に売上が上がっちまった。」
「悪かったよ。」
ルキウスは硬貨を数枚フラッグに渡す。
彼は乱暴にそれを受け取り慣れた手つきでルキウスと自分の飲み物を用意し杯を軽くぶつけた。
もちろん、私の分も用意してくれた。しっかり平皿に入れてくれたのでありがたくいただこう。
「それで今日は何の用だ?里帰りって訳じゃねえだろ?」
「聖獣様にこの国をご案内してたんだよ。ついでにここもと思って。」
「昼間の大騒ぎはやっぱりそれが原因か。まあこっちも冒険者が増えてありがたくはあるけどな。」
「最近の冒険者事情はどんな感じだ?」
「クメイジン峡谷で飛竜が大繁殖したって話だ。ここんとこそれに関連した依頼ばっかりだな。」
出された果実のジュースを飲みながら二人の話を聞く。
確かに冒険者の装備も遠距離主体の装備がちらほらと見て取れる。
というかどのチームにも一人はいるな。
流行の依頼に合わせたチームを組んでるのか。
「…飛竜の増加か。厄介だな。魔道士であれば攻撃は届くが、接近されたときの危険が大きい。」
「今のところ被害に遭ってるのはロスフェルマの辺境だけっぽいが、王国の領地も他人事じゃねえだろうな。原因も分かってないみたいだし。」
ふむ、そうか。
人間として生活しているとこういった知識は身につかないもんな。
どれ、聖獣様が助言してあげよう。
「…飛竜の増殖はその地域の草食獣の繁殖に影響を受けます。直近で何かその地域の草花に影響を及ぼすような事案はありましたか?」
「草花…?いや、そこまではギルドも把握してないと思うが…」
「…以前王国へ向かっていた貨物が魔獣の襲撃を受けて渓谷に落下した事件があったな。積み荷の大半が魔素ポーションで渓谷底の魔力濃度が一時的に上がったとか言う。」
「それが原因の可能性はありますね。草花は大気中の魔素の影響を受けませんが、ポーションとなって地中に染みこんだのであれば水分と共に魔素を取り込むことはあり得ます。」
「その草花を食って体質上は魔獣になった草食の獣を飛竜が食ったって訳か!」
「魔力を補充出来れば産卵に対しての危険やハードルも下がる。その結果として個体数が増えたのでしょう。恐らくの原因である地中の魔素は完全に取り除くのが難しいですから、飛竜の討伐依頼と一緒に草食魔獣の駆除依頼も出せば長期的に安定するかも知れません。」
「周辺の山脈からも飛竜が集まっていたらしいからな。ちょっくらギルドに提案してみるか。」
「ありがとうございます、ウサギ様。」
「いえいえ。」
魔獣の性質などは知っているようだったが、草花が完全に魔力を保有できないと思っていたのだから仕方ない。
私だって魔獣と獣の境界に関しては曖昧な部分が多いから。
草食でも魔獣はいるし、逆に草食の魔獣をエサにしているのにその個体は普通の獣、なんてこともある。
大森林で獣として生きてきた知識が少しでも役に立ったようで良かった。
「しかし聖獣様よ。あんたの森では飛竜もいるのかい。俺は聞いたことねえぞ?」
「マルル大森林の飛竜は温厚な種族ばかりですから。人間への影響が少ないからでしょうね。」
「知らねえこともあるもんだな…まあそれもそうか。未だに大森林は外縁以外のほとんどが未知の場所。腕利きの冒険者でも中枢には至れないってのが共通認識だ。」
「聖獣の守護する未知の大森林、私も腕試しで挑む冒険者を何人も見たからな…」
「今じゃマルルに挑むなら大人数で外縁までだったとしてもそれだけで箔がつく。あそこの集団もそのうちマルルに挑むんじゃねえのか?」
フラッグが指さす先の集団はこの酒場でも一際大きな盛り上がりを見せている団体だった。
全員で十四、五人くらいか?他のチームの倍以上の人数だ。
大きな卓を囲んで談笑しているところは他のチームと変わらないが。
するとこちらの視線に気づいたのか一人の魔人族の青年がこちらに近づいてきた。
「うわ、マジか!聖獣様じゃん!マスター、何で聖獣様がここにいるんだ?」
装備は華美では無いが質の良いものを使っている。
彼についてきた何人かの仲間も同様。かなり腕の立つパーティなのだろう。
「街の視察だそうだ。ロック、あんたもそのうち森に挑むんなら挨拶くらいしとけ。」
「討伐するかもしれない相手に挨拶か。不思議なこともあるもんだな!」
彼がそう言うと後ろの仲間達も笑った。
そして彼は親指をぐっと立ててフランクに笑う。
「初めまして、俺はロック!冒険者ロックだ!よろしくな、聖獣様!」




