6-5 邂逅
「情報貿易は等価交換が原則。互いの欲しいものを差し出せなければ交渉は成立しなくてよ。」
「…このおてんば王女め…俺から情報抜き取ろうっての?今【無限魔力】の情報渡しただろうが。」
「ええ確かに。【無限魔力】の情報をウサギ様にお話ししておりましたわね。」
「アンタも聞いてただろうが!」
苦笑いで会長が突っ込みを入れる。
「あら。その情報のお話をしたときの会話に私が参加しておりましたか?相づちも返答もしておりませんでしたのに、どうして聞いていたと確定できるんですの?」
「いや、この距離で聞こえてませんはさすがに無理ゲー…」
「聞いてませんわ。私の異議を覆すだけの証拠が貴方にあって?」
「…………くっそ。」
会長は少し頭を抱えて、何かを観念したかのようにため息をつき、両手を挙げた。
「分かったよ、王女様。アンタの勝ちだ。俺から情報を先に話す。何が聞きたい?」
「……会長のその姿。なんで?」
彼女の質問は至ってシンプルだった。
「…ああ、これ?」
彼は両手を広げてくるりと回ってみせる。
どこからどう見ても高校二年生だった当時の姿そのものだ。
「転生したタイミングは全員同じ。その種族のある一定の成熟度合いになったら記憶が上書きされる。その理屈なら人間の会長は私と同い年のはずだよ。」
現に、今日の日中に広間で転生者だと分かったロベルタの見た目はルカと同じくらいの少女だった。
確かにその原則が崩れていないのなら彼の姿も八歳相当のはずで。
「それに…なんで前世の姿なの?」
「一個一個答えるから待てって………」
そう言って彼は顔を覆うように手を当てる。
すると、彼の体がみるみるうちに縮んでいき、顔も元の会長の日本人顔からはかけ離れたこの国になじみの深い造詣へと変わっている。
「ユニークジャンル【変身】文字通り自分の思い描く姿へ変身できるスキルさ。」
声色も変声期を終えた男子高校生である会長の凜とした声じゃ無い。
幼さの残る男児の高音だった。
「骨格、筋肉、内蔵から血液型まで、自分の知ってる姿だったら何にでも変身可能。その代わり、変身先に関しての記憶が曖昧なほど変身の強度が落ち、些細なことで解除される。まあだからぶっちゃけ前世の俺の姿以外は顔くらいしか真似できねえんだけどな。」
彼の姿はスキルによって再現された姿だった。
そこで残ったのは別の疑問。
出来れば、考えたくない。
だがルカも同じ事を考えているようだった。
「………そのスキル、どこで手に入れたの?」
「ああ。教頭先生が持ってた。」
「……教頭先生は今どうしてるの?」
「分かんねえよ。ここがそもそも本当に異世界なら死んだ後どうなるかなんて俺にも分からん。」
言葉の意味を理解するまでほんの少し時間が掛かった。
いや、本当はすぐ理解したくなかったのかもしれない。
「殺したの?」
「殺しちまった、が正しいかな。隣の領地に住んでてさ、同じくらいの貴族の息子だった先生と遊んでたときだった。互いに転生者だって事は知ってたからさ、ちょっと言い合いになってカッとした時に魔法を脳天にぶつけちまった。死んじゃえってな。感覚あるだろ?前世の自分じゃ無い、こっちの世界の自分に感情や行動が引っ張られる感じ。」
会長の姿が戻っていく。
服の襟を正し、髪をかき上げる。
「こっちの俺はどうやらかんしゃく持ちの悪ガキだったみたいでさ。気に入らないことがあると何でもかんでも壊して泣き叫んでたみたいなんだよ。とは言えそんなバカな俺のお陰で俺はスキルに気づけたってワケ。」
その感覚には覚えはある。
ルカも同じようなことを言っていたし、転生した記憶としての自分が器に軽く引っ張られる感覚はどうやら転生者特有の、いわゆる不具合のようなものなのだろう。
「俺のことを最初から警戒してたって事は聞いたことあるだろ?『意思介入を含む絶命を確認』ってやつ。その後に俺は【変身】を獲得した。最初はワケ分かんなかったけど、分かんないなりに色々試してたんだよ。そこからいろいろあって【強欲な殺戮】の発動方法に気づいたって事。」
「…それ、何歳の頃の話よ…」
「…さぁて何歳でしょう?知りたかったら、相応の情報を話すんだな。」
会長はにやりと笑うと両手を軽く叩いた。
「さて、今度は俺の質問に答えて貰うぜ、王女様。アンタの持ってるユニークジャンルは何だ?」
まずい…
ルカの【宝玉の転移門】は私と違って彼女の戦略や生存力に直結するものだ。
いくら情報を引き出すためとは言え答えるにはリスクが見合っていない…!
「ルカ待って―――」
「私のユニークジャンルは【豪速治癒】だよ。」
「…は?」
それは確かにユニークジャンルだ。
ユニークジャンルの強力な回復系スキルではあるが、それは確か…
「ウサギから貰って、私が一年かけて進化させたスキルだよ。」
「お、おう…そうじゃ無くて、俺はあんたの転生特典のスキルをだな…」
「あれ?会長。私さっき言ったじゃん。」
彼女は仕返しのように笑うとわざとらしく頭を上げたままお辞儀をして見せた。
「情報は等価交換だよ。」
「いや、だから俺はお前の望む情報を…」
「私は『その姿何で?』としか言ってないよ?教えて、とも聞かせて、とも言ってない。何も言ってないのに会長が勝手に喋りだしたんじゃ無い。」
ルカが子供のように…というか事実子供なので子供としてケラケラ笑う。
「だ、だから喋った情報に見合う情報を渡せって言うのが等価交換なんだろ!?」
「そう。喋った情報に見合う情報を話さなきゃフェアじゃ無い…だから私も話したじゃない。『他人から貰ったユニークジャンルのスキルの話』を。」
会長の笑顔が引きつった。
反論の言葉を探しているようだったが、こうなったルカは無敵だ。
外交、社交、貴族との関係…
転生してからの数年とはいえ、賢王カディア・ロムの娘として、王族としての英才教育を受けてきた彼女と会長では、広いくくりで同じ貴族でもレベルの差が違いすぎる。
交渉に関してルカを相手取るのは、下手をすればあの森でキャッスルタートルを相手にするよりも避けたい争いかも知れない。
掴んだと思ったものが囮と気づいたときには、すでに逃げられない彼女の罠だ。
「この野郎…!」
「手の内がバレちゃったんだもん、脅しても良いよ?でもそんなこと出来ない…あー、もしかしたらさっきの話聞いた感じだと器の方は違うのかな?でも会長ともあろう人が器のかんしゃくに二回も負けちゃうの?」
「…状況分かって言ってるんだよな?」
「もちろん。二対一だよ。はじめっから最後まで。人数差はこっちが有利。バルコニーのスキルを解除して仲間を呼ぶよりも、私の魔法が、ウサギの近接が届く方が早いよ。」
「ルカ、ダメだ…!会長の腕には…」
「簡易魔法陣だよね。それなら確かに私たちごと城を吹き飛ばせるかも。威力は知らないけどそれくらい【無限魔力】なら出来ちゃうんだろうね。でも多分使えないよ。その理由は、最初に会長が自分で説明してくれたもんね?」
ルカと私に危害を加えれば王国と帝国の戦争を意味する。
さらに大森林も彼らに敵対することになる。
現実問題陸路を森に覆われている帝国にとっては死活問題だ。
「それにウサギ。心配しなくてもそっちの手札を会長が切ることは万に一つも無いよ…そうでしょう?」
会長は窓を背にしたまま動かなかった。
「目先の果実よりも数十手先の黄金を取る。変身のスキルでわざわざ前世の自分になって危険に身をさらしてでも、そういう択を取る人でしょう?」
「…」
「だからいまここで感情に…まして器のかんしゃくに身を任せて魔法を発動する人じゃないよ。」
会長は何も言わず、ぐっと唇を噛んでいる。
器に引っ張られる感覚は年々弱くなっていくものだ。
それは転生前の自分と器の感覚が溶けて混ざり、やがて一人の自分となっていくようなものだろう。
そこに器としての、幼体の頃しか存在しない記憶はほとんど介入しない。
しかし彼ら人間は私のような獣と違って、まだ意識が戻ってから五年ほどしか経過していない。
誤差にも等しい年数かも知れないが、三年というのは人間にとって修練や物事に慣れて実力差が出るのには十分な時間だ。
そのうち彼も完全に器を飼い慣らすだろう。だが今は、少なくともこの瞬間は器が僅かに表に出てきてしまっていた。
「…っ!!!」
会長は後ろ手に窓を開ける。
その瞬間、向こう側の音がまた私たちのバルコニーへと流れ込んできた。
「カワサキ殿!ここにおりましたか!…おや?王女殿下と聖獣様もご一緒で?」
帝国の外交官ベルマが顔を赤くしてふらふらと歩いてくる。
「…お二人と魔法やスキルに関しての意見交換を少し。騎士団長として得られる知識は得ておきたく。」
その張り付いたような笑顔は先ほどよりも少しぎこちなかったが、祝いの雰囲気に飲まれるこの会場ではその変化に気づけるものは少ないだろう。
「なるほど!!いやはや、さすが我が国の英雄殿は勉強熱心でございますな!是非とも聖獣様のお話を私めにもお聞かせくだされ!」
少なくとも、同じ国の外交官には気づかれていないようだ。
こちらにまで酒の匂いが漂ってきそうなベルマに絡まれて彼は人々の中へと消えて行く。
カワサキ・シュン。
今後確実に私たちと接触して行くであろう人物との邂逅だった。




