6-1 邂逅
式典の開始前。
私はルカの横で台座の上に座っていた。
正式な式典の前に各国の使者たちをこうして迎え入れるのだという。
国王と初めてお目にかかる王妃、そしてルカと私。
護衛や王国の要人たちも皆式典服に身を包む。
ヘビ子もルカにお願いしていくつか服を見繕ってもらった。
慣れない服に違和感を感じているようだが、今のところは大人しくしている。
私も昨晩は数年ぶりの水浴びではないちゃんとしたお風呂に入った。
犬用の石鹸で洗われたのは人としての何かを失った気がするが、そもそももう人ではないと自分に言い聞かせた。
その甲斐もあって今の私は転生してから一番ビジュが良い。
毛並みはサラサラでいい匂いもする。心無しか鬼火パサランも艶がいい気がしてる。
もちろん、警戒も怠っていない。
周囲に悟られない程度に各種防御スキルを多重展開済み、鬼火パサランへも違和感がない程度に常に魔力を循環させている。
驚いたのはルカだ。
当然彼女も転生者である以上私と同等の警戒をする必要があると思っている。
彼女には王族としての固有のスキル【天啓眼】があるので視界に入りさえすれば相手のスキルを覗くことができる。
しかしそれには当然として「相手を視界に入れる」という動作が必要で以前までのルカはそれがある種課題だった。
視界に入れるまでは転生者として分からないと言うことは、複数人を相手取る時にスキルの確認にラグが生じてしまう。
それを彼女はこの大広間全域に【危機感知】のスキルを巡らせることで対処した。
【危機感知】のスキルは範囲内に一定の魔力やスキルの発動が発生した時に自動で知らせてくれるスキル。
私があげたスキルの一つだが、彼女はたった一年でこのスキルのレベルを5まで上げていた。
どちらかと言えばセンスや感覚派の彼女だが、その感覚を最大限生かすための努力は惜しまない。
元陰キャとは思えない、と言うのは本人に言うとうるさいので言わないでおこう。
式への参列者が続々と広間に入ってくる。
「お目にかかれて光栄です、聖獣様」「森のお恵みを―――」「今後とも―――」「ぜひ我が国にもお越しになって―――」
そんな言葉を頭を下げて、大手を広げて、皆が口々に話していく。
昨晩の一夜漬けがなければその礼がどれも意味を持つものだと気づけもしなかっただろう。
いくつかの参列者の挨拶が済み、一際少人数の、と言うか、私の見えている範囲では2人しか使者が見当たらない参列者が挨拶をした。
「お招きいただきありがとうございます、カディア・ロム様。並びにロム王族の皆々様。そして―――」
優しい瞳をした初老の女性。
長く美しい白髪を後ろで束ね、マントの後ろに流している。
「...聖獣マルルウサギ様。北方の王国、ロスフェルマを代表して私、レヴィ・アラモスがご挨拶を。」
「...!」
剣豪元帥レヴィ・アラモス。この人が。
…なるほど、強い。
年齢を刻む皺こそあるが、その立ち居振る舞いは凛としていて一片の隙もない。
多くの使者は護衛を引き連れているが、彼女に至っては付き添い一人。
それでもこの場で背後から奇襲を受けても彼女に傷一つ付けられない、そんな気にさせられる程の静かな圧がある。
レヴィが挨拶を終えると横にいた付き添いの者が前へと進む。
子どもだった。
年のほどは今のルカと同じくらいだろうか。
子供用の正装をしているが、どうにも各所のサイズが合っておらず、未熟な印象を与えていた。
「是非ともご挨拶を。この子は私の孫娘、名をロベルタ・アラモスと申します。いずれは我が剣を受け継ぐに値する剣士となるべく、私が各地へ連れ経験を積ませているのです。無礼を承知ではありますが、何卒。」
コツコツコツ。
ルカの座る席から彼女が爪で手すりを叩く音が3回。
合図だった。
【強欲な殺戮】を持っている対象が見えた時の合図。
レヴィの挨拶のときは聞こえていない、と言うことはロベルタが転生者か。
年齢も、ルカと同じくらいなら色々と辻褄も合う。
私たちの警戒度が一気に引き上げられる。
その少女は、私たちの視線の先でたどたどしい礼をしてみせた。
「初めまして。ロスフェルマ王国元帥、レヴィ・アラモスの孫、ロベルタ・アラモスと申します。」
「おお。年のほどはルカと同じくらいか。仲良くしてやってくれ。」
「光栄にございます。是非とも。」
その発言や行動、視線には悪意や警戒は全く映っていない。
普通の子供、そんな印象しか抱けなかった。
(ウサギ、聞こえる?)
突如頭の中に聞こえる声。
ルカの声だ。
【思念共有】による意志伝達を彼女の感知スキルに乗せることで意識のみで会話が可能だった。
とは言え、意識で会話している間は身体の方で声を発することはできない。
生き物の脳みそはそこまで複雑なことを同時並行では出来ないらしい。
(あの子のスキルが見えた。でも持ってるのはまだ3つだけみたい。)
3つ...ってことはまだ誰も殺してない、もしくはスキルの発動条件に気づいてないってことか。
(それでもスキルの詳細が意味不明なんだよね。)
意味不明?つまりどういうこと?
(持ってるスキルは【時空超克】って名前なんだけど、効果が全く見当がつかないの。)
どういう効果?
(自身の肉体を過去と未来から呼び起こす、ってだけ。)
過去と未来って...タイムスリップ出来るってこと?
(全くわかんない。見たことも聞いたこともないスキルだから、間違いなく転生時の特典ではあるんだろうけど。)
恐らく【強欲な殺戮】を発動させたことはない。
ただそれでも得体の知れない何かが彼女のなかに眠っていることは確かのようだ。
次に前に出てきたのはエルフの一団だった。
長い耳に白い肌。前世ではファンタジーに関して一般的な知識しか無かったが、そんな私でも想像していたようなエルフの姿だった。
そんな美しいエルフの中で、一際美しいエルフが前に出て膝をつく。
「お久しゅうございます、陛下。」
「ケルディア殿。ご主人は息災かな?」
「おかげさまで。ここ数年は天候も安定しておりますし、大樹を巡る魔力の流れも大変穏やかですわ。」
…ルカごめん、この人誰だっけ。
(...はぁ。昨日説明したでしょ。ケルディア・ミストレア。大樹に住むエルフ族の族長夫人で、実質的な宰相の役割をこなす人。)
あー、そうだったような気がする。
そんな説明を受けた気がする。
(魔獣としてエルフの魔法は無視できないでしょ?)
正確に言うと私は魔獣ではないんだけど、確かにそうだね。
感知できる範囲のなかでも、異常なほどに魔力が、こう、何ていうんだろ。
(『整ってる』よね。)
そう『整ってる』
通常魔力って体内で保有してても多少は周囲に影響を出しながら漏れ出るんだけど、それがこの人は、限りなく、というか感じる範囲で全く無い。
後ろに控える二人のエルフも相当な手練だろう。
ケルディア程ではないにしても魔力の制御が尋常ではなく安定している。
…ところでさ、ルカ。
(どしたの?)
その、ケルディアさん?がさっきからずっと私を凝視してるんだけどさ...
(...?そりゃウサギが主役の会なんだし、さっきの人たちも皆ウサギに話しかけてたじゃん?)
いや、そうなんだけど、それとは違うと言うか...
ねえ、確認なんだけど、この人転生者じゃないよね?
(【強欲な殺戮】他転生者由来のスキルは見えないよー。その代わりおよそ普通の人間じゃ一生掛かっても獲得できない量の魔法系スキルを持ってるけど。)
転生者じゃないにしても、それはそれで怖いな。
この視線の意図はなんだ...?
ラキオン大樹は大森林とも比較的近い。
森の恵みを収穫することも時折あるだろう。
その森の守護者としての強さを見られているのか?
最悪争いになったとして、私に勝てるかどうかの値踏みをしている、とか?
「......ケルディア様。」
すると、控えていたエルフの一人がケルディアに声をかける。
「......エッタ。心配ありませんわ。」
「いいえ、この場では...」
小さな声だがこの耳にはハッキリと聞こえてくる。
どういう意味の会話だ...?
この場では?心配ない?
襲撃や何かのことか?
…転生者で無いにしても、少し動向が気になるか。
一応警戒はしておこう。
去り際も彼女の視線はずっとこちらを向いたままだった。
一段落ついたらヘビ子にも共有だ。
場合によってはラキオン大樹自体を聖獣として警戒する展開も考えておかないと。
(ウサギ...)
あぁ、ごめんルカ、ちょっとケルディアさんが気になって...
(違う、そうじゃない。)
…?どうしたの、思念伝達だし声を潜める必要はないよ?
(そうもいかないかも知れない。だから、念のためこの後の私の言葉で伝達は切る。)
何?本当にどうしたの?
(さっきまで広間に張ってた感知スキルが機能しない。それだけじゃない【天啓眼】も発動しなくなってる。何かにスキルの発動が妨害されてる。)




