5-2 人と魔獣の境界線
「………ねえお母さん。本当に私も一緒に行って大丈夫なの?」
ソワソワと落ち着かない様子でヘビ子が尋ねてきた。
「言ったでしょ?人間は自分と近しいものに親近感を覚えるの。私は【人間化】のスキルを持ってないし、ヘビ子のスキルなら1番違和感なく人間と同じ姿になれるから。」
「でもそれなら森の他の魔獣だって…」
「他の魔獣だと万が一が起きた時に私の【聖獣覇気】で巻き込んじゃったら一緒に影響を受けるから。それに、良い経験になるよ?」
「でも私、ちゃんとできるかな…?」
「何か不安?」
「その…前に王国のニンゲンが来た時に、失敗しちゃったし…」
「あのくらい失敗でもなんでもないよ。それに失敗しちゃったと思ってるんなら、今日直接謝れば良いじゃん。」
「…聞いてもらえるかな…?」
「人によるけど人間はそこまで薄情じゃないよ。さ、そろそろ来るんじゃないかな?」
私たちから少し離れた場所で魔力の流れを感じる。
一年前にも感じた魔力。その魔力が集まっていき、人一人入れるサイズくらいの金色の魔法陣が展開され門が開く。
ずっと連絡のやり取りはしていたけど、会うのは久しぶりだった。
「お待たせ!ウサギ様!!」
快活な金髪碧眼の美少女が門から飛び出してきた。
だが、今『そっち』のモードだとまずい!
私は慌ててわざと作ったように丁寧に話す。
「元気そうで何よりです、王女殿下。」
「あっ…失礼致しました。ご息女の方もご一緒でしたか。」
「…はい。」
「お久しぶりでございます。」
一瞬心配ではあったが、さっと切り替えた彼女は本物の上流階級の礼をして見せた。
ロム王国第一王女ルカ・ロム。私と同じ転生者だ。
彼女のスキル【宝玉の転移門】
王国からここまで繋げてきたのか...
一年で何という成長ぶりだろう。
……あ、違う。これ見栄張ってる!
結構きつそう!表情がどんどん曇ってきてる。
「で、では...お二人とも私の手を持ってください...!この門は私の魔力が触れたものしか通せないので...!!」
正直あと何秒持つのか確かめたさはあるけど、意地の悪いことはするもんじゃない。
私はヘビ子に抱えてもらって、ヘビ子が彼女の手を握る。
ヘビ子を通じてほんの僅かに私のものではない魔力が体を包んでいくのがわかる。
「...この人の魔力、何かお母さんみたい...」
「そっ、そうですかぁ!?あれじゃないですかね?聖獣様からスキルを受け取ってますから、似たような性質になるのかも!!」
ルカ、焦る気持ちは分かる。
私たちが転生者だってことは秘密だもんね。
でもさすがに焦りすぎ。
ほらもう門がブレブレになってきたじゃん。
「さ、さあ!門をくぐってくださいな!!」
ルカに引っ張られるようにしてヘビ子が門をくぐり、私も通過する。
思えば転生してからずっと森の中で生きてきた。
鳥や獣の鳴き声、木々の葉が揺れる音。土の香りと魔獣の咆哮。
今私はこの世界に来て初めて、文明に触れた。
舗装された石畳、人々の声、見上げるほどの高い建物。
こんなに近くにあったのに、この七年とても遠かった。
ロム王国へ魔獣が招き入れられた瞬間だった。
「ようこそ、聖獣マルルウサギ様御一行。王国を代表して歓迎いたしますわ。」
そこにいたのはどこを見ても人ばかりだった。
転移したのは王城の広間。両脇にはたくさんの従者達が頭を下げて私たちを迎え入れてくれていた。
…何だろう。
私も元人間であるはずなのにこれだけの人間に囲まれていると何故か落ち着かない…
前世も込みならまだ人間として生きてきた期間の方が長いはずなのに…
「ようこそお越しくださいました。」
ルカの後ろから現れたのは、森にルカが初めてやって来たときに付き添っていた従者だった。
たしか、ミルザとルキウスだったかな。
女性の方、ミルザは人間にしては非常に強い魔力を持っていたので良く覚えている。
「お招きいただきありがとうございます。」
「式典は明日ですが、ルカ様たっての希望で一日早く入国していただきました。明日以降はスケジュールが詰まっておりますので積もる話も出来ないだろうと。」
まあ話自体はずっと文通してたから特に目新しいものも無いんだけど…
「まずは王国の料理をごちそうさせていただきます!この日のためにシェフにレシピを共有しましたの!」
シェフにレシピを共有…?
そこはかとなく嫌な予感がするのだが…
食堂に着くと、ドラマや映画でしか見たことの無いような無駄に長いテーブルが見えてきた。
これどこに座るのが正解なんだ…?
ヘビ子と二人で恐る恐るルカの正面に座る。マナー的にどこが良いとかよくわかんない…!ごめん!
扉が開き、提供された食事を見て思わずルカを二度見する。
見た目は確かに違う。人間の食事を見るのは久しぶりだから多分こっちの世界の食材なんかを使っているのだろう。
その料理は根菜を軽く焼き獣の肉を合わせ、海藻や魚の乾物からうまみを取り出した汁を使った液体でしばらく煮込む料理。
調味料を使って最後に味を調えて提供するのだろう。
この香り、見た目。
………どう見ても肉じゃがだろこれ!!!
バレたらどうすんだよ!?
いきなり危なっかしいもの出してくるなよ!
「ウサギ殿の食べ慣れた料理とのことで、ルカ様から作り方をお伺いしたのですが、何分初めて作る料理でしてお口に合いますかどうか…」
「…お母様、ニンゲンの料理を食べたことあるの?」
「む、昔の話ね…!ありがとうございます!いただきます!!」
シェフの発言に純粋な疑問を投げかけてくるヘビ子を何とかかわし、出された料理に口をつける。ナイフとフォークを握れる手足ではないのでそのままがっつきスタイルで失礼します。
ふむ。美味しい。
しかし味は肉じゃがとは似て非なるもの。やっぱり出汁や醤油の文化が無いこの世界だと完全再現は難しいんだろうな。
それでも数年ぶりのきっちり調理された味。
皿に盛られた料理というのももはや懐かしい。
「…ヘビ子。大丈夫、食べて平気だよ。」
「お母様…その…私ニンゲンの食べ方が分からない。」
「あはは!大丈夫ですわ、ヘビ子様。森林の食文化にも我々は敬意を払います。食事は美味しく食べるのが何よりのマナーですわ。」
ルカがこちらに気づかれないように目配せをしてくれた。
ありがとうルカ、気を遣ってくれて。
「…そ、それじゃあ…」
ヘビ子は皿に盛られた肉じゃがの具材の一つを手の平にすくい取る。
「温かい…でも、焼いた魚と違って熱くない…」
じっくり手間をかけて煮込んだ芋をゆっくりと口に運ぶ。
「…!!美味しい!!!お母様!!!これすっごく美味しい!!」
「良かったですわ。ツチホリイモなら森にもあるかと思いまして、それを煮込んでもらいましたの。」
「ツチホリイモ…?」
「森にも生えてる、というより埋まってるヤツだよ。キクズシドリの巣の近くの。」
「あの泥だらけの根っこの!?あれってこんなに美味しいの!?」
「料理っていう行程を経るとあの固い根っこもこんなに美味しくなるんだよ。」
「これをあのニンゲンが作ったの!?」
指を差されて少しシェフが驚いていたが、ヘビ子のその目は純粋な興味関心によるものだった。
「どんなスキルなの?その料理って!」
「な、生の植物や動物の肉、木の実や時には草花の汁を使って、人間が食べやすいように変換するスキル、とでも申しましょうか…」
「凄い…変換系のスキル…!!このニンゲン、変換系のスキルが使えるの!?」
思わず笑ってしまう。
そうか、変換系のスキルか。料理を知らないとそう映っちゃうよな。
ヘビ子は皿を持って椅子から飛び降り、シェフにあれやこれや聞いている。
まるで親が子供に質問攻めに遭うような光景だ。
料理のことも教えられて良かった。
たったこれだけでも、彼女が興味を持つきっかけになれたのなら連れてきて正解だった。
「さてウサギ様。この後は私の部屋でお茶にしませんか?」
きた。
ルカのこの一言は文通で事前に決めていたやり取りの合図だった。
「...喜んで。ですが私は獣の身。水分を摂取するのに品の無い姿でしかいられないので余り見られたくなく...」
「では、私の居城に通じる道をミルザとルキウスに警護させましょう。よろしいですね?」
「...?はい。」
ルキウスがわずかに首を傾げる。
「元より警護は行う予定でしたが、よろしいのですか?部屋付きの警護でなくて...」
「万が一の時は聖獣としての力を使います。その時に周りにいる人間は少ないほうが良いですし、王女殿下であれば私の攻撃の巻き添えになることも無いでしょう。それに...」
私はシェフにまとわりつくようにして料理についての質問をしているヘビ子を見て苦笑する。
「どなたかシェフの護衛をして差し上げていただきたいです...あのままではヘビ子の質問で今日の業務が終わってしまいます。」
「お母さん!この人間、水を使った料理の錬成も出来るんだって!!」
出汁とかコンソメとかに近い何かのことなんだろう。
このまま使者の魔獣に纏わりつかれてはシェフも気が気でないだろう。
「...では、私がヘビ子様をご案内いたします。」
そう言ってミルザが立ち上がる。
「厨房......彼の『ナワバリ』にご案内します。そこでしたらより詳細に料理のことをご覧いただけるかと。」
「このニンゲンのナワバリ!?行きたい!!!」
ありがたい。
ヘビ子に分かりやすい言葉に変換してくれたのか。
…彼女ならもしヘビ子が暴走しても大丈夫だ。
ヘビ子には申し訳ないけど、まだあのミルザって人の方が強い。
「それでは、ウサギ様。アフタヌーンティーと参りましょう。」




