5-1 人と魔獣の境界線
パリッと乾いた冬の晴天。
吐く息が白くなり、じっとしていると北風が肌を刺す。
絶好の―――
「ホラホラヘビ子ォ!!どうしたどうした!?動き鈍くなってんぞォ!?」
「クッソ!!!」
修行日和。
空中で武器に見立てた木の棒を振り、ドラへの攻撃を繰り返すヘビ子。
しかし、そこはさすがの聖獣。彼女の攻撃なんて全て見切っていた。
「お、今日もやっているな。」
寝転がって空を見ていると、視界の端から輝く羽根が羽ばたいてきた。
「キュア、おはよう。今日は1回くらい当たるといいんだけどなぁ。」
「昨日は惜しかったぞ?ドラの動きが後一瞬遅ければ当たっていた。」
「でもそれって東の魔獣の仲裁したあとでしょ?それじゃあまだまだ遠いかなぁ。」
「厳しい母親だな。」
ヘビ子もここ数年で随分強くなった。
元々のラミアの固有スキルである【石化眼】を持たない特異体質として生まれたあの子。
初めて私と会ったときは群れを追われ獲物を捕らえることができず餓死寸前の子供だった。
それを聖獣になる前の私がキュアの試練の途中で拾い、こうして聖獣4匹で面倒を見ている。
「くっそぉ...!!【身体強化】!!」
「動きが雑だなぁ!やっぱ地面にしとくか?空中はまだ早かったか?お前の母さんは修行始めて二ヶ月で空中戦でも地上と変わらなかったぞ?」
「うるっさいなぁ!!!」
インフェルノドラゴンである彼のスピードに振り切られないだけ並の魔獣よりは強いのかもしれないが、それでも、この森であの娘が一人で生きるにはまだ足りないとすら思ってる。
「...全く...無駄に煽りよって、ドラのやつ...」
「あれはドラなりの愛情だよ。今日だってドラ、まだ1回もスキル使ってないもん。」
「だと良いが...ところで、タートルは?」
「二人の戦闘の衝撃を子守唄にお昼寝。私がいるから何かあったらよろしくだってさ。」
「彼女も丸くなったなぁ...」
上空の戦闘はヘビ子の限界が近く、そろそろ終盤だろうか。
「だったら、これならどうだ!!【人間化】!!」
「おっ?」
彼女の身体、ラミアの特徴である下半身のヘビの姿が瞬く間に人間の足に変わっていく。
ヘビの体より小回りの利く人間の足で空中での方向を変え【空中跳躍】のスキルで空を蹴る。
蹴る時には筋肉の配列がより効率的なヘビの体に戻り、また人間の足へ。
それを繰り返して、ついにはドラの移動先へと回り込んだ。
「ほお!昨日は使っていなかったスキルだな。」
「【人間化】自体はちょっと前に成熟で手に入れたスキルだけど、あそこまでスムーズに扱えるなんて...」
相当練習したんだろうな。
あれは私にはできない、今の彼女にしか出来ない戦い方だ。
空中を跳ね回るようにしてドラの移動先をつぶしていき、徐々にドラの動きが狭まっていく。
このまま行けば、もしかしたら...?
「おぉ...こりゃ、ヤベェな...!!」
「ふふふっ!!どーお!?これが私の考えた新しい戦い方......あ―――」
「「「あ。」」」
油断したことで【空中跳躍】のスキルの発動タイミングがズレた。
勢いの乗った身体が一気に明後日の方向に飛んでいく。
パニックになっているのかスキルの発動がうまくいっていないみたいだった。
「た、助けてーーー!!!ドラおじさまーーー!!!」
「はぁぁぁ...ったく、油断しやがって...」
ドラが翼を大きく広げ、スキルを発動する。
【重加速】
【加速の支配者】である彼が使う、超高速の移動技だ。
瞬きの間に彼の姿が消え、空の彼方へ飛んでいっていたヘビ子にソニックブームを纏って追いつき受け止め、ゆっくりこちらに飛んで戻ってきた。
ヘビ子の体に負担が掛からないよう風船のようにゆっくり着地したドラがヘビ子を下ろす。
バツの悪そうなヘビ子の顔に見かねてキュアが言葉をかけた。
「あー...ほら、初めてドラがスキルを使ったじゃないか!」
「私を助けるためにね...」
「ぬぅ...」
「キュア、下手な慰めはコイツの心を締め付けるぜ。ここは一つ、クソダセェなって言うのが正解なんだよ。」
「不正解だよっ!!」
「いやいや、途中まではイケてたぜ?マジに初めて1本取られるかと思ったしな!あとはマジでダサかったけど!」
「もういいっての!!!」
こんなやり取りももう何度見ただろうか。
私が聖獣の試練を受けてから数年。
ドラとキュアはすっかりヘビ子の良い親戚のようだった。
「...【人間化】を使って小回りを利かせるのはすごく良い戦略だったよ。あとは最後まで油断しないこと。訓練も森で襲われたときと同じくらいの緊張感でやらなきゃだめだよ。」
「はぁい。」
「よしウサギ!!この流れで俺と手合わせしろよ!!今日こそお前に一泡吹かせてやる!!」
「やめておけドラ。今やウサギは聖獣の二番手、それに私とウサギとの間には最早埋められないほどの実力の差がある。」
「さらっと自分を三番手にしてんじゃねえぞクソ鳥コラァ!!」
「やめなって。聖獣は対等、でしょ?何番手とか関係ないって。」
実際実力とか言っても、私はただスキルの量が多いからその総合力で勝ってるだけ。
速度じゃ本気のドラの残像すら触れないし、回復もキュアの足元にも及ばない。
それぞれの得意があるからこその聖獣なんだ。
「...おや?今日の訓練は終わりですか?」
…一匹の別格を除いて。
「ターおばさま!聞いて!ドラおじさまがいじめる!!」
「あらあら、ドラには困りましたね。」
「待てって!ばあちゃん!俺はちゃんと褒めたぜ!?」
タートルは本体ではなく、意識を入れ込んだ土の人形で姿を表した。
最近では私たちの会話の輪に入りたいのかこの姿で出てくることが殆どだった。
私たちが今いる湖の浮島...正確には彼女の背中なのだが、本体が動くと私たちも移動しなきゃいけないからそれもあるのだろう。
「ドラは大人げないからな。だが精神の年齢が近いからヘビ子にはいい遊び相手だろうさ。」
「はぁ!?誰がこんなちんちくりんと精神が近いって!?」
「誰がちんちくりんよ!!私だってこんなテキトーなおじさんと一緒とか嫌ですぅ!」
「仲良しじゃないですか。昨日だって二人でオオミツバチの巣に蜂蜜をつまみ食いに行って―――」
「ちょ!ばあちゃ―――」
…何か、今気になるワードが聞こえたな?
「あら?昨日じゃなかったですか?一昨日...?晩ご飯も入らないくらいに食べてきて―――」
「お、おばさま!!ストップ!!!」
「......インフェルノドラゴン、レッサーラミア、そこに座りなさい。」
私は二人を正座で座らせた。
「あの...お母さん...私まだ【人間化】で居続けることに慣れてなくて...足が...」
「我慢しなさい。」
「はい...」
「私は止めたからな。」
「キュアテメェ...!!お土産持ってきてやっただろうが!!」
「キュア?」
「ち、違う!!私は止めた!!二人してブラックベアーをからかいに行くとか言っていたから良くないなと思って止めたんだ!!」
「美味しかった?」
「この時期の蜂蜜は別格だ。」
「キュアラルフェニックス。座りなさい。」
「......はい。」
「そしてブラックベアーをからかったって何?蜂蜜の件も含めて、私の納得する理由を提示できたら許してあげないこともないよ?」
すると、座っていた二人が一斉に口を開いた。
「違ぇんだって!!ブラックベアーの野郎が最初にヘビ子に落ちこぼれとか言いやがったから!!」
「そうだよ!!だからドラおじさまと仕返ししようってあいつの巣穴に大量の腐肉を投げ込んだだけで!!」
「やめなさいそんなこと...普通に巣穴使えなくなるレベルでしょ...」
「最初に舐めたこと言ってきたブラックベアーが悪いだろ!?」
「ドラ、あんたは聖獣でしょ?森の秩序を守る側の生き物がそんなしょうもないことしてどうするの...」
「けどよぉ......」
分かってる。悪気は、まああったのかもしれないが、ヘビ子をバカにされて腹を立ててくれたのだろう。
「...ヘビ子のことを庇おうとしてくれたのはすごくうれしい。でも方法をちゃんと考えて?」
「...悪かったって。」
「ヘビ子も。私の娘なんだから、もっと凛としてなさい。強さは何も戦闘力だけじゃないんだから。」
「...でも、落ちこぼれって言われて、私悔しくて...」
「悔しいって思うのなら、まだヘビ子の中で自分を認められてない証拠だよ。自分のことを認められるくらいに強くなって。私に認められたいんでしょ?」
「...ねえお母様。」
ヘビ子が【人間化】を解除して、再び半身が蛇の姿へと戻る。
俯くその表情は今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
「......あのニンゲンと私...どっちがお母様にとって強い?」
「...あのニンゲンって、ルカのこと?」
無言のままヘビ子が小さく頷く。
およそ一年前、この娘が初めて王国の人間と出会った日、私も同じ転生者である王国の第一王女ルカ・ロムと出会った。
彼女には私のスキルを分け与え、同じ転生者として互いを危険にさらさないようにしていたが、表向きには彼女が聖獣としての私の試練を突破したということになっている。
事実を知っているのは私とルカ以外には、他の聖獣三体のみ。
王国の部隊や他の森の生き物はルカが本当に私の試練を経て認められたと思っている。
実際その強さや魔法の正確さは7歳...もう8歳だったかな?とにかく幼女とは思えないほどだった。
「...どうだろうね。ルカのセンスはずば抜けてる。単純なスキルや魔法の扱いだけなら、多分私よりも上。」
「...そっか。」
「でもヘビ子だって私より強いところはあるんだよ。」
「...お母さんより強いわけない。」
「本当だよ。今日のあの速度、スキルを使ってないとはいえドラを追い詰めた。私には【人間化】をあんな使い方は出来ない...というかそもそも人間化のスキル私持ってないし。」
「でもあのニンゲンはお母さんに認めてもらった...」
「私に認められるのがヘビ子の目標なの?」
「そうだよ!だってお母さんは私を育ててくれた!強くなって、認められて、その恩を返さなきゃ!!」
「俺らも育ててやってるよな?」「黙っていろ」というドラとキュアのやり取りを横目にヘビ子に向き合う。
「...ありがとう。でも私は恩を返してほしくてヘビ子を育ててる訳じゃないよ。」
「でも...!」
「ヘビ子が自分のやりたいことを見つけて、それを叶えてくれたら私はそれで十分なんだよ。だから、私に認められることだけに固執しないで。もっと広く世界を見て。」
「...はい。」
納得はしていないようだったが、ヘビ子は頷き模造武器を持った。
「どこ行くんだー?」
「素振り...今日の分まだだから...」
「やり過ぎではないか?ドラと手合わせしたあとだろう?」
「大丈夫だよ。」
ヘビ子が浮島から離れ、湖畔の森の奥へ消えていく。
「......どうだった、ドラ。」
「...どうもこうもねぇ。ウサギ、厳しすぎだ。」
「だよね、分かってる。」
「今のあいつの強さは、もう森の魔獣に収まるもんじゃねえ。」
「ブラックベアーとのいざこざにドラが介入したのは、あのまま暴力にヘビ子が走ればブラックベアーがただでは済まなかったからなのだ。」
「分かってるよ...でもやり方は考えて。腐肉は教育に良くない。」
「...婆ちゃんもなんとか言ってくれよ、この頑固なお母さまによ。」
「そうですね...ですが、ウサギの生きてきたこれまでの事を、そしてこれからの事を考えれば、ヘビ子に過剰なまでの強さを求めるのは、頭ごなしに否定は出来ません。」
「だが、あの子はもう十分に強い。」
キュアが羽を広げ、その場に座りなおす。
「もはや手合わせも我々聖獣でしか相手にならん。おまけにスキルを使わないとなれば、ドラでさえ追い詰められるほどだ。」
「しかもあいつ自身気づいてねえが、最近じゃ俺たちの【聖獣覇気】に近いレベルの威圧を使えるようになっちまってる。森の奴らも種族によっちゃあいつが歩くだけで巣穴に帰っちまうレベルだ。これは森の秩序的にまずいんじゃねえのか?」
「あの子は、もう十分に強いです。ウサギ、次にあなたがあの娘に教えるのは生き残り方ではなく、力の扱い方ですよ。」
「そっか。」
知らず知らずの間に、あの娘に私の生き方を強要していたのかな。
そんなつもりは無かったけれど、森は危険だから、強くなってもらわなきゃって。
あー、ひどい親だなぁ、私。
俯く私をドラがわざとらしく覗き込む。
「んーーー?」
「...何?ドラ。」
「いいや?お前ら親子、似たような顔するなって思ってな。」
「殴るよ。」
「お前の速度じゃ当たんねえよ。」
「ウサギもヘビ子も二人とも、自らに与える課題が高すぎるのだ。周りの評価とあまりに乖離するほどにな。」
「お前はちゃんと母親してるし、ヘビ子ももう弱くねえ。自覚しろっつーの。」
「...そう、なのかな?」
「そうだよ。」
「そうだ。」
「そうですね。」
「…そっか。」
私は腹を天に向けて寝転がり両手を伸ばして背伸びをした。
考えすぎてたのかな。視野が狭くなってたかも。
「そういえば、そろそろ行くんだろ?王国に。」
「うん。ルカから招待が届いたからね。早めに来て大丈夫だから色々話そうって。」
「王国へはどのようにしていくのだ?ニンゲンの生活圏でその姿では何かと目立つだろう。」
「それなんだけどさ、たった今決まった。ヘビ子を使者として連れて行こうと思ってる。あの子なら王国の魔導士や騎士たちも見たことがあるから何かあったときの牽制に使えるだろうし、私が一緒に行くから問題はないかなって。」
「良いじゃねえか!あの田舎娘に世界を学ばせてやれ!」
「世界って言っても隣国だけどね。良い経験になるでしょ。」
「あの国であればギリギリ魔力などの感知も届く。何かあれば我らも駆けつけられるな。」
「大丈夫だよ。私も行くんだから。代わりに私の留守中森をよろしくね。」
「分かりました。こちらは任せてください。ウサギも気をつけて。多くの国が来るとのことですから…」
「うん。転生者対策は十分にやるつもりだよ。ルカもそのつもりだし。」
近隣の国だけでなく、私の知らない国の人もやってくるとなれば転生者がくる可能性も今まで以上に高いだろう。
これに関しては見た目や感知スキルでわからない以上ルカの【天啓眼】頼りだ。
当日は王国の人が護衛につくとは聞いているが、最低でもヘビ子やルカと同程度の強さの人でないと、私のスキル数から概算しても壁にもならないだろう。
…あの日ルカの護衛に来てた人…確かミルザさんだっけ?あの人が護衛だったらかなり安心できるんだけどなぁ。
いずれにせよ、明日にはもうヘビ子に王国に一緒に行くことを話すつもりだ。
この訪問を経て、彼女がもっと外をみるようになってくれれば良いなと思っている。




