滅界のミルザ
出立の日はすぐに訪れた。
快晴。気温も丁度いい。ピクニックでもすれば最高の1日になっただろう。
しかし城内広場の空気は物々しかった。
「ルカ様、こちらへ。」
魔道士の案内を受けて馬...では無いんだけど、見た目どう見ても馬の獣が引く籠に乗り込む。
いつもの動きやすい服装ではない式典に着るようなドレスが重い。
聖獣という存在に会いに行くのだから仕方ない。動きやすさを考慮してパニエが入っていないだけマシと思うか...
籠に乗り込む直前、周囲の騎士団員や魔道士がざわつき始めた。
視線の先にいるのは一人の女性。
黒を基調にした控えめな装飾の服装だが、その細部に至るまで全てが一級品。
軽量で動きやすく、魔力の発動を妨げない一般魔道士の服装をベースに、彼女のかつての戦闘服を短期間特注で作らせたという。
私にとってのメイド服に瓶底眼鏡の彼女ではない。
圧倒的オーラを放つ最強としてのミルザがこちらへ歩いてくる。
「ミルザ様...!?」「本当に復帰したのか...!?」「あれが、伝説の...」「【滅界 ミルザ・ラビオネア】」「綺麗だ...」
ミルザが離れた数年で数々の入れ替わりがあったはずだ。
出てくる意見は昔の彼女を見るもの、最強を目の当たりにするもの、その美貌に酔いしれるものと様々だった。
「ルカ様。お待たせいたしました。」
「あ、はい...」
「...?いかがされました?」
「いや、ミルザって本当に魔道士だったんだなって...」
「今さらですか?」
どうしよう、本当にファンタジーゲームとかに出てくる魅力的なお姉様にしか見えない。
見慣れない彼女に謎に緊張していると、隊の前方から一人の男が向かってきた。
「ミルザ。」
「ルキウス......師団長殿。」
「なんだその気持ち悪い礼は。前までのタメ口でいい。」
「...」
「そんな気色悪い対応だとこっちが迷惑だ。気が散って隊の指揮ができん。」
「...じゃあ、今までどおりで。」
「よく戻ってくれた。」
「戻りたくて戻ったわけじゃないわ。姫様の命を守るためだから。」
「それでも、お前が隊にいるだけで戦力が安定するのは確かだ。」
「...魔力量が安定しない子が多いから人員の選別が手間だったわ。指導が行き届いてないの?」
「手厳しいな。」
ルキウスは苦笑した。
「...実際、お前が抜けてから隊の質は落ちている。ゲルズも頑張ってはいるが...若いからな...」
「ゲルズは優秀よ。ただ教えることには向いていない。あなたが教えればいいのよ。」
「よせよせ。これ以上俺の手が回らないんだよ...人材は有限、指導もしなきゃいけない、されど現状でも何とかなってる、その板挟みって結構キツイんだぜ?」
そう言って彼はうんざりしたように肩を落とした。
「この際、この件が終わったらお前が直接指導してくれないか?」
「良いけど、魔道士としてやる以上姫様の組手みたいに手は抜かないわよ?」
「......再考する。何個の大隊が治癒室送りになるか分かったもんじゃない。」
「分かれば良いのよ。」
ミルザは籠に乗り込み私の頭を撫でた。
「私はこの作戦ではルカ様の命を最優先に動く。例え部隊が滅んでも、姫様の命さえ無事なら私にとってはこの作戦は完遂されたのと同義だわ。」
「分かってる。陛下からもそう伺ってるしな。万が一のときは全てを無視して撤退しろ。だが...」
彼はにっこりと歯を見せて笑う。
その屈託のない笑顔はまるで少年のようだった。
「そうならねぇようにするのが俺の役割だ!」
「...そうね。頼りにしてるわよ『ルーにぃ』」
「ははっ!そっちはそっちで懐かしすぎて気持ちわりぃな!」
隊の前方へと戻っていくルキウスの背中を、ミルザは何とも言えない表情で見つめていた。
…ん?
なんだその顔は??
その懐かしいような寂しいような、それでいてどこか嬉しそうなその顔を私は知っているぞ?
私のオタクセンサーが、数多のギャルゲーや乙女ゲーで美男美女を攻略してきたセンサーが反応している!!!
「ミルザ、聞きたいんだけど、ルキウス師団長とはどういうご関係で?」
「...?彼は私の元上官で...って今ももう上官に戻ったんでしたね。」
「そっちじゃない。私が聞いてるのはルーにぃの方。」
「あぁ。彼とは昔馴染なんです。私もルキウスも孤児でしたから同じ孤児院出身ってだけですよ。」
つまり幼き日から互いを意識し合って、その果てにお互い同じ職場に...!!!
純愛!!!なんという純愛!!!
「...お幸せに。」
「何がですか?」
ラブの波動に溺れていると馬車が動き出す。
いけない。切り替えないと。
城から森までは行軍速度で約1日。
大体100人くらいの部隊編成。
私とミルザの乗った籠は食料車の後ろ。隊列の中で一番安全な場所だ。
城壁を出て王国の関所を越えれば平原の先に森林が小さく見える。
ボルシャー平原と呼ばれる森と王国の間にある南北に広い平原。本当に遮るものが何もなく、王国から森の魔獣が安全に、かつ容易に観察できるのはこの平原のおかげだ。
私は籠の窓から身を乗り出し自分の目で草原を見る。
関所の上から見たことは何度かあるが、こうして草原に出るのは初めてだった。
「姫様。」
「分かってる。分かってるけど、私外に出るの初めてなんだもん。」
ルカ・ロムはまだ7歳。
中身との合計年齢が二十代いっているからと言って、皆から見ればまだ子供。
外交などといった場に出るはずもなく、これまでずっと城の敷地や出ても城下町くらいだった。
その私が今こうして外の世界に飛び出した。
新しいゲームの電源を入れたみたいな、胸の奥がむず痒くワクワクしている感覚だ。
遠くの森を眺めていると、馬車が止まり、前線に立つルキウスが部隊に指示を出す。
「魔獣を目視!!6体前方!!!」
伝令から伝えられる簡潔な情報が隊列の緊張感を上げる。
「...ルカ様、籠の中へ。」
「う、うん。」
私を座席に座らせて、ミルザは籠を出る。
防御陣形を隊が取り始め、ルキウスが籠の横までやって来た。
「ミルザ!一応用意しとけ。前衛で押し返せるが、万が一...」
「必要ないわ。」
そう言うとミルザは軽い足取りで馬車の籠を覆う屋根へと登る。
思わず気になって再び窓から顔を出す。
「こんな場所でいちいち戦闘してたらいつまでたっても森へ着かない。危険な場所にルカ様をいつまでも居させたくないわ。」
そう言うとミルザは杖を構える。
紫紺の宝玉が埋め込まれた彼女が愛用する杖。
前にちらっと聞いたことあるけど、あの宝玉一つで一般国民の一生分の生活費くらいはするらしい...
杖を構えたままミルザと目があってしまった。
少し驚いたが、すぐにため息をつかれその瞳は前方の接近してくる魔獣へ向けられる。
「...気になりますか?」
「...!うん!」
メイドとしてのミルザじゃない。
魔道士ミルザとしての魔法が見たかった。
「...籠から出てルキウスのそばへ。そこからじゃ見にくいでしょう。」
「はいはい。ルカ様、こちらへ。」
ルキウスの手を取り、抱えられるようにしてミルザを見る。
魔力が集中されていくのを感じる。
「...では、見取り稽古といきましょう。姫様の得意とする方陣を多重展開するあの戦略。そのさらに先をお見せします。」
魔力が流れる。
無数の魔法陣が展開され、あっという間に空を覆う。
私のレベルの魔力探知でも分かる、異次元の魔力。
天啓眼で見るそのスキルは。
「【アルテマ・チェインマジックサークル】」
【チェインマジックサークル】は魔法陣を多重に展開する技。
そのさらに上。
私の展開する魔法陣は同時に五つが限界。
今ミルザの展開する魔法陣はぱっと見では一つ。
しかし天空に広がる魔法陣をよく見ると、その形成要素の中に無数の魔法陣が組み込まれている。
10や20なんてレベルじゃない。
何千、何百、下手したら何万の魔法陣が重なり、一つの魔法として成立していた。
私のやっている多重展開と理屈は同じ。だから分かる。
分かるからこそ、分からない。
今目の前に広がる魔法を、一人の人間が扱えるような魔法と信じることができなかった。
魔法陣に魔力が流れ、圧縮される。
【滅界】の復活を告げる魔法。
その魔法はどんな魔法よりも強力で、そして静かだった。
放たれたのは、極限まで圧縮された魔素そのものだった。
魔法陣から魔獣に放たれたそれは、魔獣の本能に直接的な警告を与える。
生物的に、魔力的に勝てないと判断した魔獣たちはそれぞれがバラバラに森の方角へと逃げていった。
「......」
「ふぅ...あら?どうされました?」
「いや、どんな派手な魔法撃つのかなと思ったら...今のって魔素を飛ばしただけだよね?しかもわざわざ魔法陣を通して魔力に圧縮したのをまた魔素に変換して。」
「正解です。リハビリがてら大きめの魔力を扱いたかったのですが、この規模で魔法を放つと姫様や部隊もろとも消し炭にしてしまいますから。」
「相変わらず恐ろしい魔力量だな。今の、あのウサギの真似か?」
「...所詮は猿真似よ。多重展開した魔法陣で圧縮して変換して狙いを定めて、それでようやく威嚇として成立する程度。聖獣が使ったものとは根本的に違うものよ。」
遠ざかっていく魔獣を見ながらミルザは呟いた。
「それでもあの魔力操作が出来るのは、王国や帝国でもお前だけだろうぜ。」
「どうかしら。近ごろじゃ向こうさんは『英雄』なんて呼ばれる魔道士がいるみたいよ?」
「ははっ!あっちが英雄なら、こっちはさしずめ『魔王』か?」
「引っ叩かれたいの?」
軽口を言い合い笑う2人。
何か...『いい』ね!!!
「にしてもずいぶん丸くなったな。副団長だった頃のお前なら『あの魔法』で一撃必殺って感じだったのに。」
「物騒なこと言わないで。子どもの教育に悪い魔法を使いたくないだけよ。あんな魔法、知らずに一生を終えられるなら知らない方がいいわ。」
「流石メイド長様だな。新人の良いケツ叩きになると思ったんだがな。お前のユニークジャンル【滅界魔法】」
「やめてルキウス。そういうの聞くと、この人はすぐに興味持っちゃうから。」
ミルザの視線が私に落ちる。
その通り図星。めちゃくちゃ興味ある。
「ミルザ。」
「お断りします。」
「まだ何も言ってないじゃん!?」
「どうせ滅界魔法を見せて、あわよくば教えて、でしょう?」
「そ、そうです...」
「駄目です。ルカ様の魔力量じゃまず扱えないですし、そもそも知らなくていい魔法です。」
「ご、護身用としてなら...」
「駄目です。」
「仕組みだけでも...」
「絶対に駄目。」
「無駄ですよルカ様。こいつは昔から窮地以外で滅界魔法を使いたがらないんです。派手な魔法だし見せてくれたって良いのに…」
「ルキウス。」
「おー怖い怖い。さ、進軍再開しますから籠に戻ってください。」
「はい…」
私はルキウスに抱えられ籠の中へ入る。
遅れて入ってきたミルザが座ると籠は部隊と共に再び動き出した。
「ねえミルザ。ミルザってどうして副団長だったの?ルキウスさんがひょっとしてミルザより強い、とか?」
「…強さ、と言うものを何を持ってするのかという部分はありますが、ルカ様のおっしゃる強さが魔力量や攻撃魔法スキルの数というのでしたら、ルキウスは私に劣ります。」
「じゃあどうしてずっと師団長を任されているの?」
「戦うことしか出来ない私と違って、彼は団の皆を生かすことが出来るからです。その強さは魔力だけでは決して計れないものがあります。だから彼はその指揮能力を認められ師団長となり、私と同じ孤児の出でありながら陛下から爵位を受けたのです。」
ああそうか。
きっとミルザはルキウスのことが好きなんだろう。
でもその好きは単なるラブだけじゃ無い。
同僚として先輩として上司としての尊敬なんだ。
でも…
私はミルザの横に座り直して彼女の肩に頭を寄せた。
「ミルザは戦うことしか出来ないわけじゃ無いよ。戦場以外のミルザの優しさは、ルキウスさんに負けないくらい私だって知ってるんだから。」
「ルカ様…」
彼女の柔らかな手が私の髪を撫でる。
「………だからといって滅界魔法は教えませんからね。」
「ちっ!!!」




