王女としてのプロローグ
この国の城は大きく分類して三つの建物に別れている。
一つは外交や日常の公務で使用する北に聳え立つ1番大きな第一の城。
もう一つは騎士団や魔法師団が居住する第二の城。
そして最後に私たち王族やそれに仕える者たち、そして一部の人間のみが出入りを許される第三の城。
お父様の部屋はその第三の城の最奥にある。
常に人の気配や話し声の聞こえる第一や第二の城と違って第三の城は非常に静かだ。
隣に座るミルザの呼吸の音まで聞こえてきそうな部屋の中で、お父様と向き合うようにして椅子に腰掛けていた。
「さて…まずはミルザよ。ルカにどこまでを話した。」
ミルザは少し緊張した面持ちで話し始める。
「聖獣についてと四年前の討伐隊の一件、そしてマルルウサギとの交渉に陛下が応じたところまでです。」
「分かった。では、ルカよ。其方はどう思う。」
「其方はどう思う」お父様のこの言葉は昔からただの質問ではない。
私が答えられると分かっているからこその質問…王族として次期王国の支配者への問いかけだ。
「…まずは【ルカ・ロム】としての意見を。聖獣は恐ろしい生き物で、森林は危険な場所。討伐隊の編成も戦力の調整も国王陛下の采配には納得出来ます。」
「…では、其方の意見を聞こう。」
「…じゃあ【私】の意見。話を聞いただけだったら、ウサギは別に悪いやつじゃないと思ってる。」
そしてこれも私たちのいつもの答え方。
次期国王としての意見と私個人の意見、意味としては同じものだけど本質としては違うもの。
転生先が王族である事ならではの答えだ。
「そうか…では、結論から話そう。聖獣が私に持ちかけたのは『停戦』だ。」
「停戦…?」
「別に争ってたわけじゃないんでしょ?」
「その認識です…確かに我々が向かったのは討伐隊でしたが、見え方的にこちら側から仕掛けたもの…今後その可能性はありましたが、少なくともその時点では…」
「…ミルザよ。そなたの彼のウサギについて知っている情報を述べよ。」
「…通常の個体より一回り大きくはありますがそれでも小動物の域は出ない体躯。膨大な魔力を操作し、それを放出することが可能。予測にはなりますが一個体でこちらの国家戦力を軽く凌駕し得るものかと。」
「うむ、お主が『見た』ものはそうであろうな。そしてそれは間違いではない。」
「……不敬な発言をお許しください…」
「良い。事実だ。では、私が『見た』こと、そして聞いた事を話そう。」
「そっか!【天啓眼】!」
お父様のスキルなら、ウサギのスキルを見ることが可能だ。
「…いや。初めて対峙した時、私は当然【天啓眼】を使っていた。しかしこのスキルも万能では無かったのだ。おそらく、両者間のスキルと耐性スキルのレベル差が大き過ぎる場合、スキルをスキルとして見る事が出来ぬ。人間同士の戦争では決して起こり得ぬ事。私も初めてのこと故に混乱した。だから私は眼で見る事を止めたのだ。」
部屋をぼんやりと照らす蝋燭の火が揺らぐ。
「見えぬのであれば、話せば良いと。」
「魔獣と、会話をしようとしたの?」
「おかしい話であろう。ルキウスも戸惑っておった。だが見えぬからといって判断を遅らせるような真似はせん。」
一国の王が魔獣に話しかけるという行動は、見え方によっては滑稽に映る可能性すらある。
「私は聖獣が未知であるが故の可能性に賭けたのだ。」
これが彼が賢王たる所以だ。
戦場、外交、内政。全てにおいて彼を一言で表すならば『完全無欠の臨機応変』
全ての重要な点でその場における最適解を叩き出し続ける。
状況判断という一点において彼の右に出るものは世界に片手ほどもいないだろう。
「そしてありがたいことに、その可能性は新たな可能性を連れてきた。」
「…意思の疎通が出来た、ということですね…」
「ウサギと?」
「はい。あの時私の耳にも…いえ、耳というよりは頭の中に直接聞こえてくるような奇妙な感覚でしたが、それでも確かにあのウサギの言葉が聞こえてきたのです。」
『国王と話がしたい。付き添いを一人だけ許す』
「魔獣の言葉が通じたって事!?」
ファンタジーな世界だから無くは無いかもしれないが、それでも私が七年生きてきた中では経験のない事だった。
「その言葉を受け、私はルキウスと共に話し合いに応じたのだ。ミルザに隊の指揮と万が一私たちが戻らなかった場合、撤退時の殿を任せてな。」
「…隊の最前まで二人を送り届けたあの瞬間を私は生涯忘れることはないでしょう。」
「私もだ。森林の外縁まで歩いているあの瞬間…一歩一歩が生きている心地がしなかった。」
「陛下やルカ様の【天啓眼】とはまた違う、全てを見通されているかのような瞳。自らを殺しに来た部隊を生かし、話し合いに持っていく得体の知れ無さ…」
「全てをあのウサギの小さな手のひらで掌握されているような感覚だったよ。」
ミルザは言っていた。
「ファントムタイガーの十倍安全で百倍恐ろしい」と。
人間というのは未知のものに恐怖を抱く。
この国のトップが揃っていても分からないほどに、その聖獣は未知の存在だったのだろう。
「…それで、お父様は何を話したの?私を守るってどういう意味だったの?」
「…彼のウサギがまず私に話したことは、『現時点で』敵意はないということだった。」
現時点で…かぁ…
「…私は問いかけた。どうすれば我々は信頼を得られるのかと。」
『殺しに来ておいて、信頼しろと?』
「虫のいい話だということは分かっている、だがその上で情けをもらえないかと。」
『森の何を恐れている。我ら森の生き物が人間に害するのは人間が我らを害しているからではないのか。』
「その通りであった。だが、そなた程の魔獣であれば分かって欲しい。我々は人間。自らに危険が及ぶ可能性があるものは総じて恐ろしいのだと話した。」
『恐ろしいから、実害を及ぼす前に殺してしまえと?』
「そうだ、と。私がウサギに告げた時、今までの反応とは少し違った反応であった。ほんのわずかに、一匙ほどの警戒が薄れた気がしたのだ。」
『では、私から国王に伝えよう。改めて私は現時点ではあなたたちに害する気はない。それを信じて貰うためにはどうすればいい?』
「私は迷わずに私の持つスキル【天啓眼】を伝えた。耐性スキルを一時的に解除してくれるだけで構わないと。どの程度の危険があるのか、それさえわかれば話し合いの未来もあり得ると…その時が最初であったか。奇妙にも、そのウサギにルカ、お前と同じような空気を感じたのだ。」
「私と?」
「お前の時折見せるような表情を、あのウサギがしたような気がしてな…いや、気のせいだとは思っているさ。」
『耐性スキルって解除出来るの………ああ、いや、すまない。承った。今解除しよう。』
「ウサギは耐性スキルの解除を知らないようだった。まあ森で生きていれば解除する必要もない。あれほどの魔力があれば魔力耐性系のスキルを常時発動し続けていても魔力が枯渇することもないだろうしな。」
「常人であれば常に気を張り続けるようなものですが、あれほどの底知れぬ魔力であればそれも辻褄が合いますね…」
「スキルを解除したウサギに対して、私は改めて【天啓眼】を使用したのだ。」
『………見えましたか?』
「言葉を失った。一度見ただけでは処理しきれないほどの膨大なスキル量。その全てが高レベルでユニークジャンルスキルの数も十や二十どころではなかった。」
『…すみませんが、私の都合でスキルの詳細内容は口外して欲しくありません。その時はあなたは私の脅威になってしまうので。』
「私はウサギのスキルを口外しない事を誓った……代わりに一つだけ質問させてくれとも頼んだ。」
「何を頼んだの…?」
『………何故、あなたがそのスキルのことを知っているのですか?答えていただきたい。返答次第では、今この場であなたを殺す。』
「そのウサギのスキルの中に【強欲な殺戮】があったのだ…!!」
「グリーディ…キリング…!?」
「それって…私の…!?」
私の持っているスキルを森の聖獣が所持している。
お父様は確かにそう言った。
「私の質問を聞いた瞬間、周囲にはかつて経験したことのないほどの殺気が満ち溢れた。おそらく、その瞬間にウサギは本気で私を殺そうとしていたのだろう。」
「私と同じスキルを聖獣が持ってたってことだよね…?」
「全身の血の気が引いていく感覚に包まれながらも、私はルカが…娘が同じスキルを持っていることを伝えたのだ。」
『娘が……その娘、年は。』
「当時のお前は三つになったばかりだった。それを聞いた時、ウサギの殺気がほんの少し和らいだ。」
『三歳…であれば、まだの可能性は高いか…』
「一瞬の揺らぎではあったが、今度は私が攻め入る番だ。舌戦において無言はもっとも愚行だ。私はこのスキルがいったい何なのかを問うた。」
『…王のスキルを使った際にも、このスキルは見えていないのか…このスキルは世界が作り出した異物です。』
「異物…」
「ウサギはこのスキルに関して何かを知っているようだった。私は続けて、そのスキルについて知っていることを教えて欲しいと、どうして娘と同じスキルを聖獣であるあなたが所有しているのかと聞いた。」
『…王よ。あなたの心配はもっともで、そして正しい。申し訳ないがこのスキルに関してはあなたに教えることはできない。だがあなたの娘が意思の疎通が取れるようになった時、私が娘に直接このスキルについて教えるのであれば構わない。』
「陛下…!?まさか…!!」
「…条件を提示させて欲しいと、そう答えた。一つ、この場で我々の部隊を帰して欲しいこと。一つ、未来で娘と対話する時も娘に危害は加えないで欲しい。」
『自らの身はどうなっても構わないと…?』
「この国の部隊と娘の命が無事なのであれば。」
『…話に聞いていた通りの人だ…安心して欲しい。約束も守るし、あなたの命も奪わない。ただ、こちらからも条件を提示させて欲しい。』
「私の身で叶えられるものであれば何なりと申せ。」
『娘の命を誰にも奪わせず、七つになったら私の元へ。来るか来ないかは娘の意思を尊重して欲しい。ただし、娘の命を誰かに奪われた時、その時状況によっては私はあなたの国を滅ぼさなくてはならない。』
「…私はそれ以上質問を出来なかった。深く頷き、私は本陣へと戻ったのだ。」
「だから…だからあの時陛下はあのような事を…」
理由は分からない。
でもウサギの発言でお父様はミルザを私の専属メイドにした。それはおそらく、ウサギの私の命を誰にも奪わせるなという条件を守るためだろう。
この国最大クラスの戦力をたった一人につけるほどの事態。
ウサギの発言はハッタリや威圧では無く、本当にこの国を滅ぼせてしまうという事だ。
「私の命次第で、ウサギがこの国を滅ぼす可能性がある...だから停戦ってことね。」
「...ミルザよ、これまでよくルカを守り育て抜いてくれた。まだ7歳という齢ではあるが、魔法の扱いだけで見れば私よりはるかに上手であろう。」
「......ルカ様は確かに、既に魔法師団の見習い以上の実力はあるかと思われます。しかしお言葉ですが、とても聖獣の前に差し出せる程では...」
「分かっておる...あの魔獣相手では、お主でも勝つのは難しいであろうからな。」
「...」
二人の言葉はお互いに相手への配慮が込められている。
お父様はミルザがウサギに負けるとは言わない。ミルザもお父様に勝てませんと訂正はしない。
「ルカよ。これより先、決めるのはお前だ。」
「...」
重たい決断だ。
正直言ってそんな危険な生き物のいる場所なんてオタクとしての好奇心より恐怖が勝る。
でも断れば、ウサギはこの国にとって脅威のまま。
私の決断は決まっていた。
それに対する対応が変わるってだけ。
「...お父様。騎士団の編成にどれだけ掛かる?最低限、私が森まで安全にたどり着ける規模だとして。」
「......2日だな。」
たっぷりと時間を使ってお父様は答えた。
それは編成を考えるよりも、私に伝えるべきか悩むのに時間をかけたように見える。
「陛下!?」
「ウサギは言った。娘の意志を尊重しろと...無論この国の最高戦力の団を編成するつもりだ。」
「ですが...ルカ様、どうかお考え直しください!」
「ミルザにも。魔法師団から最低限の部隊を用意するのにどれだけ掛かる?」
「ルカ様!!」
「ミルザ・ラビオネア。答えなさい。」
「...っ!!」
ごめんミルザ。
でも私が行かなきゃ根本の解決にならないんだよ。
「...4日でございます。並の魔道士は戦闘用の魔力の充填に時間がかかります。規模と状況を鑑みて部隊として編成するのであれば、戦力的にも大隊を任せられる人員の選別が必要です。」
「4日か...なら、5日後に部隊を集めて...」
「ですが、その日付を2日に短縮し、戦力も底上げする方法もございます。」
いつもに増してミルザの声に覇気が感じられた。
「...申せ。」
「はっ。陛下、私をルカ様のお付きから外していただけますでしょうか。」
「ミルザ?」
「王女付きメイド長としてではなく、元魔法師団副団長としてルカ様の護衛に加わらせて下さい。【滅界】の二つ名に恥じぬ働きをご覧に入れてみせましょう。」
【滅界】!?何それ!!?
二つ名とかあるのミルザ!!
しかも【滅界】って!!!
「【滅界】って...なにそれミルザ...!」
「...少し前、ルカが生まれる少し前だ。森林の向こう『ファディオス帝国』が森を越えて進軍してきた。防衛の準備が整っておらんかったこの国の窮地をたった一人で救ったのがミルザだ。」
「昔の話です。ですが、力や魔力は当時から衰えてはおりません。ですので何卒...」
「ふむ...確かにミルザが復帰すれば、魔道士だけでなく騎士団の士気も上がる。了承した。ミルザ・ラビオネア、今この時を持って魔法師団へ復帰せよ。」
「ありがとうございます。加えて一つお願いしてもよろしいでしょうか。私を副団長へは任命しないで頂きたいのです。」
「どうして?ミルザが部隊を指揮するほうが...」
「役職がつけば、その責任を果たす必要があります。万が一あのウサギと戦闘になったとき、命に変えてもルカ様を守るために、私を一般魔道士として復帰させていただきたいのです。隊の指揮はルキウスが適任なのは変わりないですし、現副団長のゲルズも十分役割は果たせているかと。私の命をルカ様をお守りすることだけに使わせていただきたいのです。」
こちらを向いたミルザの瞳が一瞬私のいたずらを苦笑いで見るいつもの瞳に戻る。
しかしすぐに最強の魔道士としての顔に戻り、お父様に向き直る。
「よかろう。ミルザ・ラビオネア、師団での階級は一般魔道士とする。騎士団を含む指揮系統はルキウス、次席指揮権をゲルズとする。そなた、わが最愛の娘、ルカ・ロムの護衛を最優先とせよ。」
「はっ!!」
ミルザは深く頭を下げた。
「この命に代えても。」
「ルカよ。現時点での我が国の最高戦力を持ってそなたを守る。」
「ありがとうございます...陛下。」
深く礼をして顔を上げ前を向く。
「...必ず、帰ってくるから!お父様!」
「...!ああ。」
その一言は、カディアの娘としての心からの言葉だった。
必ず生きて帰る。
生きて、私自身の目で確かめるんだ。
これが私の、本当の意味での、転生者としてのプロローグになる予感がしていた。




